第37話 暗躍のヤン

 群れないことは正解だ。


 ヤンは中華街の関帝廟通りを歩きながら、夜刀神一族の主戦派のことを考えて、クククとほくそ笑んだ。時刻は夜六時。いまだ観光客が大勢たむろしている。その光景に、ヤンは自然に溶けこんでいる。


 主戦派には、政府(時代によっては朝廷であり、幕府である為政者達)との長きに渡る戦いの中で培われた、数々のノウハウがある。


 そのひとつに、特定の拠点を持たない、というものがある。


 常に彼らは個人主義。仰ぐのは女王のみ。他に仲間がいることは知っているが、特に必要がなければ知ることもない。誰もが全体としての人数を把握しておらず、全てを理解しているのはただ一人、女王のみ。


 だからこそ強い。


 だからこそ今日まで生き延びてきた。


 しかし、それは女王健在であって初めて活きてくる条件だ。


「さて、ここからどう出るつもりだ」


 客将である身分ゆえの余裕の笑み。多くの人でごった返している中華街を、かき分けかき分け進みながら、ある目的地を目指す。


 やがて立体駐車場へと辿り着いた。外壁にはLEDライトで煌びやかな中華風の模様が施されている。そのあざといデザインを、ヤンは鼻で笑った。


 駐車場の中に入り、屋上まで行く。


 縁にセーラー服を着た女子高校生が腰かけている。灯りで浮かび上がる中華街の夜景を堪能しているようだ。ヤンの気配に気がつき、振り向いた。明るい茶色で染めたツインテールの髪がふわりと舞った。


「遅い」

「時間通りだ」

「私より後に来た時点ですでに遅いの」

「それは失敬」


 ヤンは笑いながら肩をすくめた。


「呼び出した理由、わかってるでしょ」

「長峯俊介の手記か」

あんねえさんが見つけてくれたの。地道に、交友関係から当たってったら、わかったんだって」

「結局、夕華の当ては外れた形だな」

「長峯蓮実が持っているなんて、最初から誰も思ってないわよ。あいつが頭悪いだけ」

「それもそうだ。で、どこにあった」

「水沢豪教授の研究室」

「なるほど……案外、シンプルな結果に落ち着いたな」

「だけど、さすがの杏ねえさんも失敗した」


 女子高校生は縁から下りて、ヤンのそばまで歩み寄ってきた。大柄なヤンとは身長差が激しいため、自然、見上げる形で話してくる。


「大学にはアマツイクサの監視カメラが仕掛けられてる。杏ねえさんも顔が割れているから、すでに奴らに動向が知れ渡ったと考えてもおかしくないわ」

「確かなのか」

「監視カメラの件は事実だから。もしかしたら、アマツイクサは手記のありかの目星をつけた上で、あえて私達を泳がせているのかもしれない」

「一網打尽にするためか」

「だけど、そう簡単に事が運ぶと思ったら、大間違い」


 ニッと口の端を歪め、女子高校生はヤンの背後へと回った。ヤンが振り返ると、いつの間にか彼女は5mも距離を離している。


「杏ねえさんに、私――この桐江雪乃がいれば、アマツイクサが総掛かりで来たって怖くないわよ」

「さすが涼夜の妹だな」


 ヤンはかぶりを振った。桐江雪乃。桐江涼夜の妹。スピードだけなら、兄を超えるかもしれない。彼女に負ける気は全くしないが、それでもいざ闘うとなれば十分脅威となりうる。有象無象ではただ蹴散らされるだけ。彼女は敵でなくて良かったと思う。


「だが、アマツイクサを甘く見るな」

「なんでよ。身体能力は私達以下、特殊能力を使えるわけでもない。土方や麻多智以外は並の人間じゃない」

「それが本当に並の人間なら、今ごろ俺が皆殺しにできている」


 と、言うや否や。


 屋上の床を蹴ったヤンは、わずか一足で、雪乃の目の前まで距離を詰めた。


「⁉」

「どうした。これが実戦なら、死んでいるぞ」


 自身のスピードをひけらかした雪乃に対する意趣返し。


 実力は認める。が、この小娘が必要以上に調子に乗るのは、ヤンとしては不愉快以外の何物でもない。だから、そのプライドをへし折った。


「……わかってるわよ、一筋縄でいかないことくらい」


 ふくれ面の雪乃は、ヤンを指差す。


「だから、あんたを呼んだの。これは絶対に落とせない戦い。力、貸してもらうわよ」

杏樹あんじゅと二人で闘えば、アマツイクサなど怖くない――のではなかったのか?」

「うるさい! 揚げ足取るな!」


 屋上に雪乃の甲高い怒鳴り声がこだました。

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