第39話 闘い方
「ま、到着するまで時間はありますしね。少しは闘い方をレクチャーしましょうか」
「こんなところで?」
蓮実は荷台の中を見回す。こんな狭い場所で、どうやって教えるというのだろうか。
「簡単な話、戦闘には二種類あります。白兵戦と銃撃戦です。で、銃撃戦については相応の訓練を積まなければいけないから今回は省くとして、白兵戦についてです。ここで重要なのは、攻撃と防御、どっちだと思いますか?」
「……攻撃?」
よく攻撃は最大の防御とも言われる。頭の中にふとその言葉が浮かんできたので、咄嗟に蓮実はそう答えた。
一馬は頷く。
「正解。防御っていうのは、実質無理です。防御が成立するのは、自分の肉体の強度が相手の攻撃を上回っていないといけない。しかし現実問題、攻撃っていうのはよほどの素人でなければ相当な威力がある。真正面から防ぐのは不可能です」
「だったら、最初にこちらから仕掛けろ、と?」
「ええ。とりあえずはそれをベースに考えてください」
で、と一馬は一拍置いてから、続ける。
「そうは言っても、攻撃と攻撃がぶつかり合うと、やはり威力の強いほうが勝つ。素手とナイフで同時に仕掛けたら、ナイフのほうが致命傷を与えられる。同等の力量を持った相手同士なら、ね。その場合、いたずらに攻撃を仕掛けることが有効と、果たして言えますか?」
「言えない、と思う」
「そうです。ここで問題。ではどうしたらいい?」
「え――」
防御は前提からしてダメ。しかし攻撃を仕掛けるのも必ずしもいいとは限らない。だったら、他に何があるというのか?
「わかりませんか?」
「教えて。私には、見当もつかない」
「答えは――避ける、ですよ」
「避ける?」
「これは全ての白兵戦に通じる考え方です。正確には軸移動。常に、相手の有効打が当たらない位置へと身を置くこと、それが大事なんです」
「ちょっと……言ってる意味がわからないかも」
「たとえば、俺がこうして」
と、一馬はパンチを繰り出した。蓮実の眼前で、拳は止まる。風圧で髪がふわりと舞った。いつ攻撃されたのか、意識する暇もなかった。
「突きを放つ。真正面にいたら、モロに攻撃を喰らってしまいますね?」
「う、うん」
「そこから、横へ体をずらしてください」
言われるままに、蓮実は座った状態で、荷台の上を少しだけ移動した。その間、一馬は拳を突き出したままでいる。
「どうです? 俺の攻撃は、クリーンヒットすると思いますか?」
蓮実はかぶりを振った。一馬のパンチの直線上に、自分はいない。ずれた場所にいるから、当たるわけがない。
「つまりはそういうことです。どんな時でも、その位置にいればいい。そうすれば攻撃を喰らうことはないんだから。基本は攻撃――しかし、もっと基本となることは、避けること。相手と自分を結ぶ軸からずれること、です。その上で、攻撃を仕掛けたら、どうなると思いますか?」
いまの位置からでは、一馬に攻撃は届かない。それは蓮実の動いた方向と距離が一馬から遠ざかるものだったからであり、もしも一馬に近づくように移動していたら、カウンターを当てられたはずだ。
自分自身は身を危険に晒すことなく、一方的に相手へと攻撃を当てることが出来る。
これが、白兵戦の基本。
「ただし、混戦となっている戦場において、いまの理屈は通用しないことだってある。それこそ隘路で敵と遭遇したら、軸ずらしがどうとか言っている場合じゃない。その場合には、やはり先手必勝で攻撃を加えることが必要となる」
「あー、うぜえうぜえうぜえ。もっと手短に話せよ」
ずっと一馬ばかり喋っていたが、ここに来て斗司が割りこんできた。
「要はやられる前にやればいいんだよ。真正面から突っこんだら打ち負けそうなら、サイドから攻める。結局は、そういうことだろうが」
なるほど、と蓮実は頷いた。斗司の説明はシンプルでわかりやすい。もちろん、一馬の丁寧な説明が下敷きにあるからこそ、スッと理解できたわけだが。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。蓮実ねーちゃんなら、誰にも負けないって」
悠人も話に加わってきた。なぜ大丈夫と言えるのか、悠人の考えていることがわからない蓮実は、首を傾げた。
「……なんで、私なら、大丈夫なの?」
「だって蓮実ねーちゃん、『能力』使えるんだろ?」
「『能力』……?」
「あれ? 巴さんから聞いてないの? アムリタ飲んだ人間の中に、ごく稀に特殊な能力を持った人間が現れるんだって。女王ヴィーナも魔法みたいな力を使えたそうだよ」
「そう、なの?」
そんなことを言われても、自分がその魔法みたいな力とやらを持っているとは思えない。持っていたら、これまでの人生で、どうして当の本人である自分がその力の存在を意識してこなかったのか。
いや……。
涼夜は言っていた。自分にはこの日本を滅ぼすだけの力があると。
その力とは、すなわち、いま悠人が教えてくれた「魔法みたいな力」のことかもしれない。父と母をどこかへ吹き飛ばしたという、いまだ蓮実自身が自覚していない能力。
「カズにーちゃんも、数少ない『能力』の使い手なんだぜ」
「よせよ」
迷惑そうに一馬は手を振った。へえ、と蓮実は感心して声を上げる。初めて会った時、まるで瞬間移動のような不思議な挙動を見せていたが、まさかあれが一馬の持っている『能力』というものなのだろうか。
「レクチャーは終わりです。あとは、現地に着くまで、精神を集中させてましょう」
そう言って、一馬は目を閉じた。
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