第35話 フォー・マン・セル

 巴から話を聞き終わった蓮実は、自分がこれから住むことになる住居へと案内された。


 二階建て。クリーム色の四角い建物。なんの面白みもない外観だが、安眠さえできれば、見た目の出来不出来は関係ない。


 とにかく蓮実はすぐにでも横たわりたかった。


 だけど。


(おばさんは何か隠してる)


 日本政府と夜刀神の相容れない関係はわかった。でも、まだ腑に落ちない点はある。


 なぜ自分がここまでキーマンとなっているか、だ。


 夜刀神の女王であった母。自分はその娘、すなわち姫。なるほど立場的に重要な位置にいるのはわかる。だけど、それが何になる?


 涼夜は「日本を滅ぼす力がある」と言った。そんな力を持っているなんて信じられない。


 それにアマツイクサ。彼らは無抵抗の自分を躊躇なく殺そうとしてきた。ただ夜刀神の姫であるというだけで、そこまでするだろうか。


(ああ、もう。わからない)


 部屋までの廊下を進みながら、蓮実は頭をかきむしりたくなった。


 考えても結論が出るわけない。実際のところを教えてもらわない限り、無駄に頭を働かせるだけだ。


 だから蓮実は考えるのをやめた。


「ここは一族の中でも若手のために用意した、寮みたいなところよ」

「寮? 学校とかで用意してるような?」


 巴の説明に、蓮実は首を傾げる。なぜここでそのような説明をしてくるのだろう。


「そう。限られたスペースを有効に使うには、相部屋が一番だから。それに、同じ部屋にいる人たちが、そのまま有事の際のフォー・マン・セルになる」

「フォー・マン・セル……?」

「四人一組ってこと。つまりは、チームよ」


 とある部屋の前で、ドアノブに手をかけ、巴は振り向きながらニコリと笑った。


「紹介するわ。これからのあなたの仲間たち」


 巴はドアを開ける。


「いらっしゃーい……」


 若者の気だるそうな声が聞こえてきた。


 室内は八畳一間ほどの広さ。左右の壁際に二段ベッドが設置されている。窓際には簡易なテーブルと、その上に電気ポット。あとはコート掛けくらいか。驚くほど物がない。


 その二段ベッドのうち三床は、すでに人が寝ている。声をかけてきたのは、蓮実から見て左側のベッドの一番上にいる、セミロングの髪の少年だった。仰向けに寝転がったまま、顔を向けようともしない。


「こらっ、一馬かずま。どうしてそんな態度取るの」


 子どもを叱りつけるような口調で、巴はピシャリと言い放つ。


 セミロングの髪の少年、一馬は、渋々といった様子で身を起こした。


「でも巴さん。この部屋に女の子は――」

「いつまでもあーだこーだ言って、四人目見つけないあなたたちが悪いんでしょ。大変なのは蓮実ちゃんだって同じ。私が決めたことなんだから従って」

「はーい」


 一馬は眠たそうに目をこすると、大あくびして、また仰向けに寝転がった。スマートな体型ではあるが、鍛え抜かれてるほどではない。どうにもヒョロッとしてて頼りなさそうな印象だ。


「つーかよぉ、俺らは根拠なくて反抗してるわけじゃねえぞ」


 右側の二段ベッドの一番上から、別の声が降ってきた。


「俺らは三人一組だから全力を尽くせる。半端なやつはいらねえんだ。それも、女なんて」


 むくり、と身を起こした青年の姿を見た瞬間、蓮実はちょっとだけ怯んだ。


 銀色に染めた髪の毛をオールバックに決め、眼光鋭く、耳や唇にピアスをしている。どっからどう見ても、不良だ。それもレトロなタイプではなく、ストリートで悪事を働いているギャングのような。


斗司とうじ、あなたって子は、まだそんなことを――」


 巴が怒ろうとしたとき、斗司の下の段で眠っていた少年が、もぞもぞと蠢いた。


「うーん、うるさいなあ」

「おう、悪ぃな」


 下に向かってひと声謝ってから、斗司は蓮実に向かって指を突きつけて、カァッと吼えた。うるさい。全然謝った意味がない。


「俺らの姫様だかなんだか知らねえけどな、新参者のくせに出しゃばってくるんじゃねえぞ! ここは俺たちのテリトリーだ! お姫様はお姫様らしく、どこかのフカフカのベッドででも寝てるんだな!」

「えっと……あの、ちょっと待って」


 頭を手で押さえながら、蓮実は片手で斗司の罵言を制する。


 なに、このシチュエーション?


 案内されるがままにやって来ただけ。そこに他意はない。別に自分が望んだことではない。それなのに「出しゃばり」と言われた挙句、「フカフカのベッドで寝ろ」と来たもんだ。そんなの言われなくても、寝させてもらえるんだったら喜んで寝ている。


 まったく、この不良はわかっていない。


「というわけで、蓮実ちゃん」


 巴は蓮実を部屋に残し、早くも廊下に出ている。


「甘やかしはしないわ。ご覧のとおり、クセのある同居人たち。でも我慢して付き合ってちょうだいね」

「え、でも巴さん。まさか男の人たちと一緒の部屋で?」


 質問には答えず、巴はドアを閉めてしまった。

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