第34話 新隊長

 第一分隊長 相馬隆平そうまりゅうへい 改め 桐江涼夜

 第二分隊長 波戸明夫はとあきお

 第三分隊長 上条潤かみじょうじゅん

 第四分隊長 長雲ちょううん

 第五分隊長 市井秋咲いちいあきざき

 第六分隊長 西原鉄男さいばらてつお

 第七分隊長 小泉晴比古こいずみはるひこ

 第八分隊長 草埜宏一くさのこういち

 第九分隊長 綾川瑞希あやかわみずき

 第十分隊長 伍島勝巳ごじまかつみ


 なお第四分隊の埼玉方面、第五分隊の千葉方面、第六分隊の群馬方面、第七分隊の神奈川方面、第八分隊の栃木方面、第九分隊の茨城南部、西部方面、第十分隊の茨城県央、北部、鹿行方面における巡察は解除、第四、第五、第六分隊は第一分隊の指揮下、第七、第八分隊は第二分隊の指揮下、第九、第十分隊は第三分隊の指揮下にて活動するものとする。


「申し分ないと思うわ。第一分隊長の人選を除けば」

「それが上からの指示だとしても、か?」


 刀子の頬が引きつった。ありえない。何よりも不穏分子を忌み嫌っているはずの上が――政府側が、夜刀神のアマツイクサ起用など認めるはずがない。


「四面楚歌狙いだとしたら、読みが甘い」

「俺もそれは思っているさ」


 くくく、と土方は楽しそうに笑った。そのどこか若やいだ表情を見て、刀子は少しだけ冷静さを取り戻した。この男がこうやって笑うのは、二つにひとつだ。自分の思い通りに事が進んでいて愉悦に浸っている時か、無益なことに必死になる連中を見て嘲笑っている時か。


 後者だ、と刀子は感じた。


「さて、しかし読みは甘いが、俺としてはあえてその賭けに乗ってみたいと思っている」

「なぜ」

「敵は大して動揺しないだろう。あいつと話していてわかったが、いつ寝返ったとしても不思議ではない状況だった。なにせ女王不在なのだからな」

「原初の四人、の一人なだけに、女王が一番大事というわけね」

「違うな」

「え? そういうことじゃないの?」

「むしろ、女王不在のうちに、姫を安全なところへ待避させておきたかったのが本音のようだ」


 土方は再び歩き始めた。刀子は黙ってついていく。しばらく余計なことは言わないようにしようと決めていた。ここから先の話は、かなり重要なものとなる。


「十年前、長峯俊介と女王ヴィーナは謎の失踪を遂げた。あとに残されたのは娘の長峯蓮実ただ一人。女王不在となり、夜刀神の連中にとってみれば、蓮実は女王の血を受け継いだ大事な姫君、というわけだ」


 廊下の奥、非常口の扉を開ける。非常階段の踊り場に出た土方は、煙草をジャケットの胸ポケットから出し、咥えた。西日の差す高所の踊り場から、JRの操車場が一望のもとに出来る。目を細めてその光景を感慨深げに眺め、煙を吐き出した。


 湿気を含んだ風が通り抜けた。


 いつの間にか夕刻。だが、ようやく夕刻。この闘いに関わる誰にとっても、長い一日。


「桐江涼夜が言うには、失踪事件を引き起こしたのは、長峯蓮実の能力だそうだ」


 煙草をひと口吸い、手すりにもたれかかり、土方は上に向かって盛大に煙を吐く。


「具体的にはわからない。だが、極稀に現れるという能力者、身体能力ではなく特殊能力に目覚めるというタイプ。それは女王も同じだが、姫である長峯蓮実も同じらしい」

「女王と長峯俊介……あの女自身が、両親を消したの?」


 刀子はここで口を挟んだ。


「推測だが、限りなく可能性の高い話だ。問題は、なぜ長峯蓮実がそのような行動に出たのか、だが――」


 そこで土方は言葉を切る。わからないのだ、と刀子は思った。結果のみは残っているが、その原因となった出来事については、誰も知らない。アマツイクサも、夜刀神も、涼夜も。唯一知っているのは当事者である蓮実だが、彼女は記憶を失っている。


「謎は様々な憶測を呼ぶ。その憶測に流された夜刀神内部で各自勝手に暴走を始めたとしても仕方のないこと。徹底して護衛すべし、女王の跡継ぎとして担ぐべし、姫といえど報復の対象とすべし……その中で、桐江涼夜は、長峯蓮実のことを一人の女として守ってやりたいと思い、今回の行動に出た」


 減ってきた煙草の火を手すりで揉み消し、土方は口元を歪めた。


「要は、あの野郎、長峯蓮実に惚れているんだとよ」


 老人らしからぬ物言いに、そこはかとない男の色気を感じ、刀子はぞくりと背筋を震わせた。


「惚れて、る……?」


 なんとなく目を逸らしながら、土方の言葉を反芻する。


「実に単純な行動原理だ。そして、この上なく好ましい。陰謀渦巻く争いに巻き込まれたあの女を守り抜いてやりたい。それが、桐江涼夜の、嘘偽りない本心、だそうだ」

「まさか、隊長はその言葉を鵜呑みにして」

「鵜呑み? 目ぇ見りゃわかる。あれは本気だ」


 肩を回し、コキコキと首の骨を鳴らして、土方は非常口の扉に手をかけた。


「さ、忙しくなるぞ。次の狙いは――長峯俊介の手記だ」

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