第22話 「ここからは君を守る」

 全身を黒い防護スーツで包んだ人間が二名、室内に飛び込んでくる。ヘルメットをかぶっており、顔は見えない。


 特殊部隊、という単語が一瞬だけ脳裏をよぎる。いきなりのことに悲鳴を上げる暇もなく、反応も出来ない。


 うち一人が、蓮実の足を払い、床の上に組み伏せた。頭から叩きつけられ、クラクラする。


 うつ伏せに倒れているところへ乗りかかられて、身じろぎ出来ないよう押さえつけられる。後頭部に硬いものを押しつけられた。ガチンと何かを外す音。


「標的を確保。ご指示を」


 もう一人のほう、蓮実を押さえているのとは別の男が、無線を使ってどこかへ連絡する。


「……了解。射殺します」


 向こう側からの命令が下されたらしい。その無線連絡をしている男の言葉を聞いて、蓮実は、自分の後頭部に押しつけられている硬いものが何であるかわかった。


 銃口だ。


 悲鳴を上げる。喚いたところで死期を早めるだけだと知りながら、それでも悪あがきせずにはいられない。が、強く押さえられた体は僅かも動かすことが出来ない。


 引き金を引く音が、聞こえた。


 発砲音が、室内に、響いた。


 死んだ、と思った。


 涙がこぼれ落ちた。


 ところが、まだ、生きている。


(……え?)


 急に身が軽くなった。


 うつ伏せの状態から体を動かし、仰向けになる。


 蓮実の上に乗っていた防護スーツの男は、突如現れた平服姿の何者かに、腕をひねられていた。拳銃は狙いを外され、天井へと向けられている。力比べをしているからか、ギリギリとレザー製のスーツの軋む音が鳴る。


「貴様っ……!」


 フリーになっている片手で、太もものケースからナイフを抜き、乱入してきた相手に対して斬りかかった。


 もう一人も拳銃を構えて、カバーに入る。


 フッ、と乱入者は短い呼気の後、腕をひねっていた相手から手を離すと、ナイフによる斬撃をしゃがんでかわした。そのまま相手の脇をくぐり抜け、拳銃を構えているもう一人のほうへと飛びかかる。


 銃声が響いた。


 乱入者がやられたかと蓮実は思った。しかし違った。引き金が引かれるよりも早く、乱入者は相手の懐へと潜り込んでいたのだ。そのまま顎にアッパーカットを叩き込む。破壊音とともに、ヘルメットが粉々に砕け、防護スーツの男は口から血を噴き出し、空中で一回転して、後頭部から床に墜落した。


「う、お、お!」


 残った一人がナイフを持ったまま拳銃を構える。が、乱入者は後ろ廻し蹴りでナイフも拳銃も弾き飛ばした。武器を失った相手は、拳を構えての徒手空拳スタイルで接近戦を挑もうとする。が、容赦なく、乱入者のストレートパンチが、ヘルメットを突き破る勢いで相手の顔面に叩き込まれた。ついでに鼻柱も砕いたのか、赤い血が宙に飛び散った。相手は、がくんと膝をつき、前のめりに倒れた。


「間に合って良かった」


 額の汗をひと拭き、乱入者は、倒れている蓮実に向かって爽やかに微笑みかけた。


 蓮実は言葉を失う。


 乱入者は、涼夜だった。


 すでにわかっていることだった。それでも、この一連の事件に涼夜が関わっているとは思えなかった。思いたくなかった。


 言葉にすれば日常は簡単に崩壊してしまう。だけど聞かずにはいられない。


「桐江君……これ……何が……」


 言ってから、蓮実はゆっくりと立ち上がり、そして後じさりした。


「説明は後で。早くここを出ないと、それこそ部屋ごと爆破されかねないから」


 手を差し伸べられる。蓮実はその手を掴むのをためらう。


「……いや」

「どうして。敵は待ってはくれない。とにかく逃げることが先決――」

「じゃあ、どうして、電話線を切ったの?」


 蓮実の言葉に、涼夜は首を傾げた。ごく自然な態度で、夕華よりも嘘をつくのが上手いな、と感じさせられた。けれども、状況からして、ごまかしは効かない。


「この黒い人達が電話線を切ったのなら、そのまま部屋に隠れてればよかったわけでしょ。わざわざまた窓を破って突入し直したりする必要ないはず。だとしたら、答えはひとつしかない。私を助けるまでバスルームに隠れてた、桐江君以外、電話線を切る人はいない」

「見てたの? 僕がバスルームから出る瞬間」

「見えてなかった。でも、玄関が開いた音はしなかったし、窓から来たわけでもなかった。そうなると、もう、部屋の中に最初からいたとしか考えられないじゃない」

「まいったな。小学校の頃から、よく気が付く子だな、って思ってたけど」


 苦笑しながら、涼夜は頭を掻いた。


 その隙に、蓮実は床に転がっている拳銃を拾い上げ、構えた。涼夜はおどけた調子で肩をすくめる。


「撃てるの?」

「撃ち方は知らない。でも、撃つ。生きるためなら、桐江君でも、撃つ」

「うーん、それじゃあ赤点だな」

「赤、点?」

「そうだよ。だって、まるで現状を把握出来ていない。仮に僕が君の敵で、君に危害を加えようとしているとしても、いまは特に攻撃を仕掛けようとせず、むしろ君を助けようとしている。だったら、君はそんな僕を利用すべきだ。そうだろ。逃げるのはその後でいい」

「変なこと言わないで。撃たれるのが怖いんでしょ」

「怖くないさ」


 嘯きが聞こえた、と思った次の瞬間には、涼夜は体が密着するくらいに接近して、拳銃を持つ蓮実の両手を、片手で押さえ込んでいた。


「⁉」

「落ち着いて」


 蓮実の背中に手を回して、ポンポンと優しく叩き、耳元に囁きかける。


「確かに僕が電話線を切った。バスルームにも隠れていた。そこまでは命令だったから仕方がなかったんだ。逆らうわけにもいかなかった。だけど、僕が従うのは、そこまで」


 涼夜は蓮実から離れると、にっこりと微笑んだ。


「ここからは君を守る。そのために僕は闘う。命を懸けて」


 しばし蓮実は涼夜の顔に見惚れた。やがて冷静さを取り戻し、顔を真っ赤にしながら、プイッと横を向いた。


「そ、そんな、安っぽい言葉に、騙されたりなんか」

「ほら、さっきも言ったでしょ。信じる信じないは自由だけど、いまだけは僕を利用しなよ。とにかくここを脱出することが先決だ」


 蓮実はとりあえず頷いた。涼夜の言うことだから、素直に受け入れたい気持ちもあった。


「よし、行こう」


 涼夜は一直線に玄関へと向かう。その後を追いかける。ドアが開いた瞬間、銃声が聞こえ、室内の壁に穴が開いた。


「下がって。狙撃されてる」


 涼夜は落ち着いた声で指示を出し、蓮実を後退させると、一度ドアを閉め、ジャケットの内ポケットに隠していたナイフを抜き出した。そこから、再びドアを開けると同時に、


「しっ!」


 勢いをつけて、遥か遠くに向かってナイフを投げる。また銃声が聞こえてきたが、今度はどこにも着弾することはなかった。何かが起きて、狙いが外れたようだ。


「よし、倒した。出よう」


 合図を受けて、涼夜と一緒に外へと飛び出す。嘘みたいに平和な青空が広がっている。急いで廊下を駆けていく。一階へ降りるためには、階段かエレベーターか。廊下の壁を飛び越えれば一気に下まで行けるが、あいにく非常用の梯子を取り出しているような暇はない。まさか直で落下するわけにもいくまい。


「どうやって逃げるの」

「階段で行こう。エレベーターは何か仕掛けられているかもしれないし――⁉」


 涼夜は急ブレーキをかけ、足を滑らせながら立ち止まった。


「……それ以前に、退路を塞がれたね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る