第21話 豹変

「だって、そうでしょ。叔父さんは神社の前まで普通に車を運転してきた。その後、私を迎えに行って、また車に乗ろうとした。その時、爆発した。つまり、あの場で爆弾仕掛けられた、ということになるんじゃないかしら。もしも夕華が私のことをずっと見ていたら、叔父さんの車が危ないということもわかっていたはずだよね」

「そんなの、リモコン爆弾だったら、どこで設置しても同じじゃない! それに、私は蓮実が神社に行ったのを追いかけてたんだから、車のことなんて見てなかったよ!」

「二つ目」


 夕華の弁解を無視して、蓮実は中指を折った。


「叔父さんはあなたのことを話していなかった。それはなぜ?」

「それは、だって、別行動を取ってたからだよ。蓮実の叔父さんが出発してから、私にも命令が出されて、あの人、あなたの叔父さんだけじゃ心配だからって、陰でサポートしろって」

「だったら一緒に私の後を追って神社に行ったりせず、叔父さんの車を監視してればよかったよね」

「だから、あの時はそこまで考えが」

「それに、命令されたって言ったけど、それは夜刀神一族の幹部から?」

「そうだけど」

「じゃあ、なんで、パーキングエリアで幹部から電話を受けた時――叔父さんが死んだことを報告しなかったわけ?」


 サッと夕華の顔が青ざめる。もう観念して、と蓮実は言いたかった。昔からこの手の言い争いで、夕華が蓮実に勝ったためしがない。圧倒的に向こうの方が不利だ。


「そして三つ目」


 残る薬指を折る。


「あなたはもっと大事なことを隠している」

「いい加減にしてよ!」


 夕華が耐え切れずに怒鳴った。


「私がなんで蓮実に隠し事をしないといけないわけ⁉ こんな大変な時に、友達を困らせようなんて、考えるわけないじゃない!」

「なら、ニュースになるような何かが起きたことを、教えてくれなかったのは、なぜ?」


 沈黙が訪れた。


 完全に困惑した顔つきで、夕華は目を泳がせている。


「どう……いう……こと……?」

「あなたは、私の過去の話をわざわざ持ち出したりして、直近のニュースに目を触れさせないようにしていた。でもね、もう私は聞いてたの、叔父さんから。『ニュースは見ていないのか』って。見ていない、って私は答えた。その回答が、『戦争が始まった』だった」

「わかる……そう、だと思った……だから、私、あえて説明は……」

「うそ。夕華に、『叔父さんから何も聞かされていなかったの』って尋ねられた時、私、答えたじゃない。全然、何も、って。それなのに夕華は説明してくれなかった。叔父さんの言葉から逆に推理すると、戦争が始まったと言えるような、何か重大な事件が起こっているはずなのに、まるで話してくれなかった。それはなんで?」

「聞いて、蓮実。私は……」

「あなたの性格は、お見通し。要はこういうことでしょ。下手に質問されるとボロが出るから、あえて説明しないことに決めた。それは、自分が戦争に巻き込まれた側ではなくて、むしろ――戦争を起こした側だから――上手に誤魔化す自信がなかったから、何も言わなかった。そういうことじゃなくて?」


 夕華は口を閉ざした。双眸に暗い色を湛えている。胸中に溜まった何かが爆発する一歩手前の様子。その態度が、蓮実の指摘したことをすべからく肯定している。


 エントランスに通じる自動ドアが内側から開けられた。


「あら、長峯さん。こんな所でどうしたの?」


 デラックスが、太った体を揺すりながら、中から出てきた。


 その瞬間、蓮実はデラックスの脇を素早くすり抜け、ドアの向こうへと滑り込んだ。


 夕華は何か怒鳴ったが、立ち止まっている暇はない。


 蓮実は急いで正面のエレベーターまで向かう。ちょうど一階まで下りてきているから、今すぐなら乗れる。夕華は、デラックスの体で邪魔されて、すぐには追ってこれない様子だ。


 ボタンを押すと、すぐに扉が開いた。


「待ちなさい、蓮実!」


 威嚇の声を上げ、夕華はデラックスを突き飛ばし、こちらに向かって走ってくる。


 蓮実はボタンを押して、エレベーターの扉を閉める。閉まりきったところで、ちょうど夕華の体が、扉に激突した。向こう側から咆哮が聞こえる。もはや、自分を守ろうとする人間の行動ではない。


 エレベーターが動き始めた。十階まで上がる間に、警察へ電話をかけようとする。が、繋がらない。モニターを見ると、圏外になっている。都心のマンションで通話不能になるなんてありえない。軽くパニックになりかけたが、部屋に戻れば固定電話もあることを思い出し、気持ちを落ち着かせる。


 十階に着いた。廊下を走って、飛びつくように玄関のドアを開けると、中に入るやいなや鍵をかけ、チェーンもかけ、すぐに固定電話機へと駆け寄った。


 が、受話器を取り上げても、何の音もしない。


「な、ん、で」


 頭の中が真っ白になる。次いで、配線の状態を確認した瞬間、胃の奥から恐怖がこみ上げてきた。


 電話線が切られている。


 もう一度携帯電話を見てみるが、相変わらず圏外のままだ。


「まさか――電波妨害」


 映画や小説じゃないのだし、考え過ぎか。そう思い、引きつった笑みを浮かべた瞬間。


 ベッド脇の窓ガラスが砕け散った。

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