第18話 三人の関係

「蓮実には、いまさら説明する必要はないと思うけど」


 と、夕華はライダースーツのジッパーを下ろし、鎖骨のあたりに彫られた三角形の刺青を見せてきた。朱色に染まった三角は、普通の者が見れば、そこにどんな意味があるのだろうと首を傾げたことだろう。


 蓮実は蛇神信仰について調べた時に、それが意味するところも学んでいたので、なるほどと思った。


 古代の民は、蛇を表すのにしばしば三角形を用いた。それは刺青であったり、土器であったり、衣服の文様であったり、あらゆるところに象徴として表れていた。


 脱皮を繰り返す蛇は、不老不死の存在として崇められていた。その力を取り込みたいと願った古代の民が、三角形という記号に簡略化して、擬似的に蛇を身にまとっていたのではないかと言われている。


 つまり、夕華の鎖骨にある刺青は、蛇を表している。


「これは夜刀神の一族であることの証」


 何を思ってか、夕華はフッと寂しげに微笑んだ。


「私がその血を受け継いでいると知ったのは、中学に入る前。蓮実……あなたが、あの事件を起こしたことがきっかけで、自分のルーツを教えられたの」

「あの、事件?」

「話すと長くなるから、続きは東京に戻ってからね。ここもそろそろ追っ手がかかるかもしれないし。さあ、乗って」


 促され、蓮実は後部シートに座った。


 スロットルが回され、バイクにエンジンがかかる。


「あの日、女王はいなくなった」

「え?」

「自分の夫を刺し殺し、姿を消した。一人残った子どもは、その時の記憶を失い、叔父のもとへ預けられた。その子どもというのが――」


 夕華はグッとハンドルを握る。


「あなたのこと」

「女王って、じゃあ、私のお母さん……?」

「そう。私達一族の女王。だから、あなたは、一族の姫。敵に狙われ、そして守らなければならない存在」


 バイクは急発進した。蓮実は夕華の腰にしがみつく。猛スピードで国道を駆けてゆく中、たったいま聞かされたことの意味を理解しようと、頭の中を激しく回転させる。


(どういうこと? 夜刀神は、実在して、現代にもいて、その女王が私のお母さんで、私はその姫⁉ 叔父さんも、桐江君も、夜刀神の一族? 夕華が失踪した時、家に来た二人組は? それに――)


 これは戦争だと、叔父は言った。


 誰と誰の戦争かと聞けば、夕華は、夜刀神の戦争だと答えた。


 では、その相手は?


 夜刀神は、何と闘っているのだ?


 ※ ※ ※


 夕華と友達になったのは、小学校に入ってすぐのことだった。


 隣同士の席になり、自然と交流も多かったから、それほど時間を置かずに仲良くなった。とはいっても、蓮実は幼い頃から人見知りが激しかったので、自分から積極的に話しかけたことはない。いつも夕華のほうからおしゃべりをしてきた。


 小学三年生の頃から、同学年での序列が定まってきた。その中でも蓮実は低い位置にいたが、夕華は人気者グループの仲間入りを果たしていた。男子のほうでは涼夜がトップクラスの人気を誇っていた。女子の夕華、男子の涼夜、といった形で双璧をなしていた記憶がある。


 同じタイプとして、夕華が涼夜に興味を抱くのは、必然だったと言えるかもしれない。


「私、桐江君が好き」


 そう打ち明けられた時、蓮実は何も感じなかった。その時は涼夜に特別な感情は抱いておらず、注目はしていたが、むしろ苦手なタイプだと思っていた。


 夕華は友人である自分に話したことで、より強く気持ちが固まったようだった。その後の熱烈なアプローチは、小学生らしく純粋で、どこか清々しくもあった。暇さえあれば涼夜のそばへ行き、一分一秒でも多く会話を楽しもうとしていた。


 蓮実はただ、その様子を見守っているだけだった。


 そんな三人の関係が変化したのは、蓮実が記憶を失っている、夕華が言うところの「あの事件」を境目にしてのことである。


 夕華は明るく振る舞っていたものの、たまに沈んだ表情を見せるようになった。涼夜は、そんな夕華を避けるようになり、ちょっとずつ蓮実へと接近するようになっていった。


 そして小学六年の時。男子が「あの事件」のことでいじめてきたのを、涼夜が飛び込んで、助けてくれた。


 あれ以来、蓮実は涼夜へと想いを寄せるようになっていった。


 だけど中学で蓮実は東京へと行き、地元に残った涼夜は同じ公立校に行った夕華と付き合うようになった。付き合っていた、という話は先日の飲み会まで知らなかったが、いまから思えば、中学高校で涼夜と接する機会がなかったのは、そのあたりの事情があったからかもしれない。


 きっと夕華は、涼夜を近付けたくなかったのだ。段々と距離を縮めていた、自分に。


(それだけじゃない。夕華は、私に、夜刀神のことも隠していた)


 高速道路に入り、全身に風を受けて、吹き飛ばされないようしっかりと夕華の腰にしがみつきながら、蓮実はひたすら考えていた。


 いま、夕華は何を思っているのだろうか、と。

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