第4話 バルムンク領の辺境伯
アンジェリカの家に戻った。
テーブルで待つと料理が運ばれてくる。
「どうぞ、クイーンズ渓谷に住むサールゴートのステーキです」
クイーンズ渓谷か。
この辺りで最大と呼ばれる山と川だ。断崖絶壁で、ほとんと人が立ち寄らないという難易度の高いフィールドダンジョンとも聞く。
「サールゴートって、ヤギですよね」
「そうですよ、ファウスティナさん。普段は絶壁に住み、ミネラルを摂るために塩分をなめているそうです。なのでお肉も上質で重宝されているんですよ」
と、アンジェリカはファウスティナに説明した。
へえ、ヤギ肉ねえ。
はじめて食べるな。
フォークとナイフを握り、さっそくいただく。
口に含むと濃厚な肉汁と絶妙な塩加減が広がった。……うまッ。なんだこれ、食感も柔らかくて絶妙な塩梅。美味だ。
「こりゃ驚いた。とても美味しい」
「喜んでもらえて良かったです!」
嬉しそうに微笑むアンジェリカは、グラスにブドウ酒らしきものを注いでくれた。
「あ……俺、まだ未成年なんだけど。ここは帝国だから十八歳からだよね」
「大丈夫です。これはワインではなく、ただのぶどうジュースですから」
「ならいっか」
そもそも俺は酒が嫌いだった。
親父に無理やり飲まされ、それ以降はトラウマ級になり拒絶している。
食事を進め、気づいたら完食していた。美味すぎた……。
「とても美味しかったです、アジェリカさん」
「そう言っていただけて良かったです。……これで私の料理の腕は分かっていただけたかと」
「……む」
ちょ、せっかくいい雰囲気だったのに、ファウスティナもアンジェリカも妙に火花を散らしていた。なんだか仲が悪そうだな。
しかし事態は急変した。
厨房の奥からシェフらしき男が現れ、アンジェリカに声を掛けていた。
「アンジェリカ様、料理は楽しんでいただけましたか? そろそろオイラは帰りますんで」
「……も、もちろんよ、スコット。ていうか、黙って帰りなさいよ!」
なるほど、スコットは専属のシェフってところか。どうりで味付けがプロすぎると思った。
スコットは申し訳なさそうに帰っていった。
「えっと、アンジェリカさん」
「……ぐっ! ファウスティナさん、これはなんでもないんです。エイジさんも今のは見なかったことに……無理ですよね」
顔を真っ赤にするアンジェリカ。
自分が作ったかのように振舞っていただけに、これは恥ずかしい。彼女の要望通りに見なかったことにしよう。うん。
そんな空気の中、シェフと入れ替わるようにして、また男性が現れた。
「アンジェリカ、帰ったぞ」
「お、お父様……!」
渋い顔をした白髪の男性。
髪をオールバックに決めて威厳がある。
もみあげまで伸びる白いひげも、更に厳つさを強調していた。そうか、アンジェリカのお父さんか。つまり、この村・クレメンテの村長さんだ。
そういえば、この村に世話になってから、俺は会ったことなかった。今までどこに行っていたんだ?
「……こちらは」
「はい。エイジさんとファウスティナさんです」
「そうか……出ていけ」
「「!?」」
「ちょっとお父様、お客様に失礼でしょう」
「……死人が出るぞ」
ギロッと俺が睨まれ、明確な殺意に戦慄した。
……ヤベェ、なんだこの人の目つき。
まるで本当に人を殺したことがあるような目だ。
「だ、誰が死ぬって?」
「ワシだ」
「あんたかよ!?」
なんなんだ、この人。本当に村長なのか……。いや、そうなんだろうな。
「悪いが、アンジェリカをお前のような小童にやるわけにはいかん」
「別にもらおうとか思っていませんよ」
「しかも、ファウスティナという美しいお嬢さんを連れている。羨ましい!」
「羨ましいのかよ!」
「そもそも、お前達は余所者。村以外の者が住みつくとロクなことがない。災いをもたらす……それが常だ。それに聞いたぞ、モンスターが現れたと。お前達が現れてから初めての事件だ」
厳しい意見を飛ばしてくる村長。
確かにそうかもな。
これ以上の迷惑は掛けられないか。
「分かりました」
「素直でよろしい。一泊は許そう」
「いいのかよっ!」
よく分からん村長だ。
頭を抱えていると、アンジェリカが訴えてくれた。
「聞いてください、お父様。エイジさんはバルムンク領の辺境伯ですよ!」
「…………む?」
「ニーベルンゲン伯のご子息です。つまり、村をよくしてくれている御方です。余所者なんかじゃありません」
それを耳にした村長は、そのまま直立不動で卒倒した。
どんだけショックだったんだよ……。
見た目に反して気が弱いのかもしれない。
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