第2話 ある男の罠とスライム討伐
「ファウスティナ、なぜここに……」
驚いた。元婚約者のファウスティナが現れるとは思いもしなかったからだ。
「なぜって、許嫁だからです」
「待ってくれ。あの手紙には婚約破棄だって書いてあった」
だから俺は絶望したし、もう関係も終わりだと思っていた。けれど、ファウスティナは首を横に振った。
「どういうことだ」
「あの手紙を書いたのは、わたくしではないからです」
「えっ……ファウスティナではない?」
「そうです。あれは貴族であるテルフォードが送ったものと分かりました」
貴族のテルフォード……だって?
その名を知っていた。
ファウスティナにしつこく付きまとっていた男だ。
そうか、アイツが偽装した手紙だったんだ! すっかり騙された。
「そうだったのか……」
「でも、父も聞かなくて」
「え、お父さんが?」
「はい。この際だからエイジさんとは別れてテルフォードと結婚しろと迫ってきたんです。……でも、わたくしは嫌なんです。エイジさんじゃないとダメなんです……」
泣きそうな、そんな辛そうな表情でファウスティナはうなだれた。そんな顔をしないで欲しい。それに、俺は嬉しかった。
ファウスティナは俺を捨てたんじゃなかったんだ。
全てはテルフォードの罠だったのだ。
「分かった。故郷には戻らず、この村で暮らそう」
「喜んでお受けします」
相当な覚悟で領地を抜け出してきたはずだ。
ファウスティナの父親は、かなり厳しい人で行動を制限するほだった。門限とかもうるさかった。
でも、仕方ない。
彼女はエルフであり『聖女』なのだから――。
その後、俺はアンジェリカに全てを話した。
「――というわけなんだ。ファウスティナは俺の許嫁なんだ」
「そう、だったんですね」
ちょっと気まずい空気。
俺もさっきまではアンジェリカを頼ろうとしていた。でもやっぱり、俺の気持ちはファウスティナのものだ。
「だから、もし邪魔になるようなら俺たちは出ていく」
「そうはいきません。それにですね、面白いじゃないですか」
「えっ?」
俺がキョトンとしていると、アンジェリカはファウスティナの前に立ち、ジッと見つめていた。なんだろう……この張り詰めた空気。とても……重いぞ。
「わたくしは、ファウスティナです。よろしくお願いします」
「アンジェリカよ。エイジさんとあなたは許嫁かもしれません。でも、負けませんから」
「な、なにかの勝負ですか?」
「恋の勝負よ! 私は諦めるつもりはありません。だから、この家に住んでいいです」
「は、はい……」
なんだか妙な勝負が始まったぞ。大丈夫かなあ。
それにしても。
この村・クレメンテの住人達が集結しはじめていた。そりゃ、こんな美人エルフが来たとなれば噂は一瞬で広まるのだろうな。それに、エルフ族はこの周辺ではとても珍しい。 そもそも、大半のエルフは貴族。
オケアノス帝国の皇帝もエルフなのだから。
「こりゃ珍しい」「わぁ、あの銀髪のエルフさん綺麗だなぁ」「へえ~、エルフの耳ってあんなに尖っているんだな」「かわいい~」「エイジさんの許嫁らしい」「おいおい、アンジェリカに恋のライバル出現かよ」「うそー! あたしも狙ってたのにー」「なんか帝国の聖女様にそっくりだな」
などなど窓越しに声が聞こえた。
何人いるんだよ。集結しすぎだろう!
そんな中で騒動は起きた。
『プギィ――――――!!!』
なにか動物のような声が聞こえ、外が騒がしくなたった。
「うあああああああ!」「モンスターだ!」「村にモンスターが現れたぞ!」「おい、誰か討伐してくれ!」「こんな村に戦士なんていねぇよ!」「誰か武器はないのか!」「あんなスライムを倒せる冒険者なんていないよ」「逃げろ!!」
モンスターだって?
そりゃ一大事だ。俺は直ぐに外へ出た。
クレメンテの村を守るのが今の俺の使命だ。この村には世話になっているしな。
外へ出るとそこには見たこともない“黒いスライム”がいた。なんだありゃ!
しかも、形状がイノシシっぽい。
動物型のスライムってところか。
イノシシスライムは、子供のところへ突っ込んでいく。危ない!
俺はすかさず賢者スキル『ウォーターキャノン』を放った。水属性魔法の中でも上位のスキルだ。魔力量の消費も激しいが、俺には関係ない。
腕を伸ばし、指先から穿つ。
すると大量の水が大砲のごとく放たれる。
「くらえッ!」
砲弾となった水の塊がスライムに激突。そのまま押し出して魔法ダメージさえも与えた。
『ンギャアアアアアアア!!』
一撃で弾け飛び、アイテムらしきものを地面に落とした。そういえば、モンスターを倒すとたまに便利なものをドロップするんだよな。
随分とモンスター狩りをしていなかったから、忘れていたよ。
モンスターを撃破して、俺は子供の様子を見にいく。
「大丈夫かい」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
子供は笑顔で去っていく。
「おおおおおおおおお!」「エイジさんがまたやってくれた!」「さすが賢者様!」「子供を助けるとか英雄だよ!」「あの不気味で強いスライムを倒しちまった!」「エイジさんいれば村が安泰じゃね?」「やっぱり、村長の娘・アンジェリカ様と結婚してもらうしか」「ああ、そうだ。アンジェリカ様とくっつけるべ」「きゃ~! エイジさんカッコいいっ!」
なんかいい気分。
村を守りつつ、ゆっくりのんびり生活を送るのも悪くないな。
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