Lv.1許嫁エルフに婚約破棄された賢者辺境伯のスローライフ

桜井正宗

第1話 婚約破棄と追放

『さようなら』


 俺の手から手紙が落ちた。


 可愛い許嫁エルフのファウスティナと結婚するはずだった。だが、たった一通の手紙でそれは破談となり……婚約破棄となった。


 おいおい、待ってくれ。

 そりゃないだろう!


 ファウスティナとは長い間、付き合い、お互いを理解していた。なのに今日になっていきなり手紙で終わりを告げられるなんて……あまりにも残酷だった。


 いつもポジティブの俺も、さすがに絶望した。

 もう食べ物も喉を通らない。

 生きる気力もなくなった。


 死のう……いっそ、オークダンジョンに突っ込んで食われてしまおう。


 そう考えたけど死ぬ勇気がなかった。


 魂の抜けた俺は、毎日を無気力に生きていた。


 もうどうでもいい。

 そんな風に生活していると、親父がブチギレた。俺を家から“追放する”と言って聞かなかった。

 俺はいつの間にか門外に摘まみだされ……なにも渡されず放り出された。


 お前には『賢者』の力があるだろうと、それで自分を見つめ直せと親父は言った。んな、無茶な。今の俺になにが出来るっていうんだ。


 領地を出て俺はさまよった。


 適当に村を歩いては、困っている人をなんとなく助けた。足腰を痛めたお婆ちゃんを村までテレポートしたり、大量の物資の運搬を賢者の力でサクっと運んだり、野党に襲われていた女性を助けたり、俺はなにかと人助けをして感謝された。



「ありがとうございます!」

「ありがとー!!」

「エイジさん、あなたに救われました!」



 今の俺にはこれしかできない。

 けどなんの縁か、俺はいつの間にか村に歓迎されていた。


 どうやら、ここは『クレメンテ』という人口百人程度の村らしい。思ったよりはいるな。

 そんな村の小さな家で俺は新生活を送っていた。



「いつも助かります、エイジさん」

「なんでも言ってくれ。なんでもするから」



 仕事をすれば嫌なことを忘れられる。ファウスティナのことも。

 ……う。

 少し顔を思い出してしまった。

 心が……ガラスのハートが砕け散りそうだ。



「大丈夫ですか、エイジさん」



 そんな時、心配そうに気遣ってくれる村の娘・アンジェリカが俺の手を握ってきた。小さくて細い手に包まれ、俺は久しぶりに緊張した。



「だ、大丈夫だよ」

「でも、なんだか辛そうです。この村に来る前になにかあったんですか?」

「それは……」

「話してください。もしも話し辛ければ二人きりになりましょ」

「分かった。じゃあ、二人で」

「はいっ」


 アンジェリカは、俺の手を引っ張って外へ。

 俺はそこで村へ来る前の婚約のことについて話した。



「――というわけで婚約破棄されちゃった」

「……それは辛かったですね。エイジさん、もしよかったら……私と一緒に暮らしましょう」



 アンジェリカはそう誘ってくれた。はっきり言ってとても嬉しかった。彼女は、俺の心の支えになりつつあった。俺自身も彼女がいてくれて嬉しいし、傷付いた心が癒されていた。


 だから……俺は彼女と。



「分かったよ、アンジェリカ。俺と一緒に――」



 返事を返そうとすると、そこで草陰から人の気配が。ドバッとなにか出てくる。クマモンスターか!? と、身構えていると、それは人間だった。



「ダメです!!」



 女の子が現れ、俺とアンジェリカの間に入った。

 あれ……この特徴的な長い耳……。

 ルビーのような赤い瞳。

 腰まで伸びる銀の髪。

 薔薇のように高貴なエルフローブ。


 間違いない……ファウスティナ!

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