第2話 2人の転校生
「トーカちゃん、おっはよー!」
「おはよ、流々ちゃん」
トーカの家、玄関前。白の学生服を着てカバンを持っている流々は、同じく学生服を着てカバンを手に持っているトーカへにこやかに挨拶をする。
「じゃ、学校行こっか」
「トーカちゃん、人生そんなに生き急いだらすぐに老いちゃうよ?過ぎたるは猶及ばざるが如し、ここはトーカちゃんの家で朝ごはんでも食べながら...」
「流々ちゃん、流々ちゃんは自分が待ち合わせに遅刻してきたってことを自覚した方がいいよ、あと意味間違ってるし」
「言葉、それ自体に意味はなく言葉は人が使うことによってはじめて意味を持つ、そうじゃない?」
「いや何言ってるの」
彼女らは、いつものように歩き始める。毎日のように見ていた通学路の景色は今日も変わらず、まるっきりいつも通りだった。昨日のことが、全て嘘だったかのように。
学校に着くまで、怖いほどいつも通りだった。
「そういえばさ、結局今のところ何もないよね」
「まー、確かにね...嘘だったんじゃない?」
流々は、いたずらっぽくそう呟く。
「嘘...だったのかな」
心の隅にモヤモヤした気持ちを抱えたような顔をしながら、トーカたちは校門をくぐる。辺りは多くの生徒で賑わっている。
教室に入り、席についても、未だトーカのモヤモヤは消えないままだった。
本当に昨日のことはなんでもなかったの?あの全裸の悪魔も、謎の窓を突き破った少女も、全部?と、トーカは考える。
「うーん」
トーカは首をかしげてうなるが、答えは出ない。やがてうんうんうなっているうちに時間は過ぎ、チャイムは鳴る。
「はい皆さん、ホームルームの前に大事なお知らせです」
セミロングの茶髪で丸眼鏡、教師とは思えないほど若い外見(どう見ても10代後半くらい)。まるでアニメの優等生キャラをそのまま教師に仕立て上げたかのような先生は、いつも通りの真面目なトーンで『大事なお知らせ』とやらを語りだす。
「突然の事なんですけど、このクラスに転校生が2人やってくることになりました」
教室がざわめく。そんな噂は、どこの誰もしていなかったし、聞いていない。それに、このクラスに2人?普通、別々のクラスに割り当てられるんじゃ?
そんな生徒たちの混乱もよそに、先生は話を進める。
「じゃあ五十音順に入ってきてください」
教室のドアが開き、誰かが入ってくる。
「皆さん初めまして、
キラキラとした笑顔で入ってきたその男を見て、トーカは目を疑った。
その男性にしては少し長いと言える黒髪に、無駄に整った容姿。そしてその変態的な声。
その男は間違いなく、昨日全裸でトーカの家にいたあの悪魔だった。
「それじゃあ席は...日高の隣で」
えっ、なんで?とでも言っているかのように、トーカは目を見開く。
「はい先生、あと先生は放課後あんなことやこんなことを教室でしちゃうシチュって好きですか?」
「好きではある、さっさと席に座りなさい」
「マジですか!?じゃあ僕と放課後」
「座れ」
「はい」
先生の圧に負けた悪魔...もとい明日喪は、とぼとぼとトーカの席に近づき、そして座った。
「やぁトーカちゃん、昨日ぶり」
「いやなんでいるんじゃぁ!」
「なんでとは失礼な、僕はちゃんと手続きをしてここにいるんだよ」
「なんで学校はこんなやつ通したの...」
「まぁそんなことどうでもいいじゃないか、次の転校生が来るよ」
「誤魔化すな、ってまだ一人いるのか...」
開いているドアから、また人が入ってくる。
入ってきたその人は、学生服を着ていなかった。まるで古代ローマか何かの人みたいに、ぶかぶかの布を体に巻いているのだ。そして銀色の長髪の隙間からは、星空のような瞳を覗かせていた。
「あっ!昨日の!」
つい、トーカは声を張り上げてしまう。クラスの視線が、転校生から一斉に彼女に集まる。そしてそれは、転校生も例外ではなかった。
「あーーーーっ!!!」
天地でもひっくり返ったような驚きの声が、教室にこだました。
「昨日のことは、ほんっっっっっとうにすみませんでしたぁ!私の事はどうぞ煮るなり焼くなり蒸すなり揚げるなり茹でるなり炊くなり燻すなり和えるなりぃ....!」
「そんな人をおいしくする趣味はないよ!あと脱ぐな!」
休み時間。目を涙でにじませながら服を脱ごうとする少女を止めるトーカに、周りの好奇の目が突き刺さる。
それはそうだ、ただでさえ周りとは違う髪の色と目をしているのに服装まで変、さらには昨日日高トーカとすでに会っているという、学園日常系アニメでしか見ないようなセンセーショナルな属性がてんこ盛りなのだ。ちなみにもう一人の転校生、明日喪の周りには全く人が集まっていない。これは彼の自業自得ともいえるが。
「トーカちゃんたち昨日何があったのー?」
「もしかしてハーフなの?」
「目ぇキレー」
「どこからきたのー?」
「ええーい黙れぇ!こっちだってこの子に聞きたいことが山ほどあるんじゃあ!」
「日高さん、落ち着いて...」
「トーカでいいよ、
「そうだよさん付けなんてしなくていいよ、ねぇトーカちゃん」
ぽんと、トーカの片方の肩に手が置かれた。その手を辿ってみていくと、周りにキラキラなひし形のエフェクトが出てそうな黒髪のもう一人の転校生の顔が見えた。
「えーい手を離せぇ!」
「冷たいなー、仲良くしようよ、クラスメイトなんだし」
明日喪はくすりと笑って、手を離す。
「トーカと明日喪さん、仲がとってもよろしいんですね」
「よくない!」とトーカ、「とっても仲良しだよ!」と明日喪。「二人とも仲良しでさー、妬いちゃうよー」とは流々の言葉。
三者がそれぞれやいやい言い合い、それを周りが生暖かく見守っているとチャイムが鳴り、休み時間が終わった。
「いやぁ、僕はマ〇クが創業した1955年より前から生きてるけどさ、君みたいにコーラのLサイズにバニラシェイクを入れてコーラフロートとして飲む人間は初めて見たよ」
「別にいいでしょ、甘いの好きなの」
「トーカちゃんはいっつもこうするんだよ」
「おいしそうですね」
「園三ちゃん、普通にコーラフロートはメニューにあるからね、そっちを頼んだ方がいいと僕は思う」
放課後、クラスの人々は二人増えたクラスに一通り慣れ、各々が部活や遊びに行く頃、明日喪、園三、トーカと流々は、3人で某ハンバーガーチェーンにいた。特に深い意味はなく、ただ明日喪が「ご飯食べにいこうよ!」と提案して、それに流々が乗っただけなのだが。
「それにしても放課後、女の子3人と帰りにご飯、つまりこれはフラグが立った...ってコト...!?」
「黙れ」「黙って」「黙ってください」
「泣いちゃうっ!いつの間にか園三ちゃんまで冷たくなって...」
「明日喪くんは転校初日に教師を含むクラス全員(性別問わず)をナンパしたからね、園三ちゃんが冷たくするのも無理はないと思うよ」
「そうですね」
「ひどいっ!」
どこからかハンカチを取り出しめそめそと泣く真似をする明日喪をよそに、トーカは彼女に語り掛ける。
「...ねぇ園三ちゃん」
「なんですか?」
「あのさ、昨日...なんで私の家に突っ込んできたの?いや別に、答えたくないならいいけどさ...」
「...わからないんです」
「え?」
「昨日、いつものように図書館に行ってて、帰り道で、急に体が浮いて、それで...」
「私の家に、飛んできたってこと...?」
園三はこくり、と頷いた。不思議なこともあるものだ。
「じゃあ、あの窓を直したのは...?」
「...言えないです」
俯いたまま、申し訳なさそうにそう呟く園三。言えないとは、まったくどうしたのだろうか、何か変なのに会ったのか?
「そう、言えないならまぁなんでもいいわよ、フロート飲む?」
「トーカちゃん、しばらく考えたけどそれはフロートって言わないと僕は思うんだ」
「アンタは黙ってろ」
「理不尽っ!」
「トーカちゃん、明日喪くん以外にはこんなに冷たくしたら駄目だからね?」
「大丈夫大丈夫、コイツにしかこういうことは言わないから」
「差別だ差別だ!悪魔差別者がいる!」
「特別扱いって言って欲しいよ」
「こんなに悲しい特別扱いは初めてだよ!いや、でもトーカちゃんかわいいし...イケる!」
「死に晒せっ!」
明日喪へと容赦のない右ストレート...いや、よく見ると拳が回転しているのでこれはコークスクリューブローだ。
「へぷぽ!」
殴られた勢いそのままに明日喪は倒れる。
「なんて滑らかな回転...腕を上げたね、トーカちゃん」
「これが元OPBF東洋太平洋フェザー級チャンピオンの実力よ...」
「どこのボクサーだよ絶対嘘でしょ!」
「トーカちゃんは嘘なんてつかないもん」」
「ボクサーはそんなもん飲まないよ!」
「いいでしょ別に!」
「よくないよ!」
トーカは少し怒っているような、笑っているような何とも言えない表情でコーラフロートを飲み干し、流々達に「そろそろいこっか」と告げた。
トーカ一行は店を出る。街はまだ日が暮れていなくて明るい。
「じゃあ、私はこっちなので、さようなら」
「そうなの?ばいばーい」
「ばいばい、園三ちゃん」
「じゃーね、あと明日こそデートしようよ!」
「さようならトーカ、流々さん」
「僕はっ!?」
「さようなら明日喪さん」
「やっぱり天使!それじゃあもうデート通り越してエッチしよ!」
「園三ちゃんを穢すなぁ!」
容赦のない右フックが明日喪を襲う。
「うわらばっ!」
叫び声をあげて苦しむ明日喪をよそに、園三は帰路を辿っていく。風で彼女の体に巻いてある布がぱたぱたとなる。
その後ろ姿に、トーカと流々は手を振る。また明日、会えるようにと。
「...嘘つき」
明日喪だけが、その後ろ姿に手を振っていなかった。
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