俺と生徒会長と読者モデルと2
「いってらっしゃい、シュウ君」
「本当に一緒に来なくていいのか?」
夕方。学校が終わってそれなりに時間が経った頃。
俺は自宅の玄関で美優とそんなやり取りをしていた。
「私はもう二人とは話したし。今更二人に言うこともないからねー」
「そうか……俺がなんて言うのか気にならないのか?」
成田に時間を指定され、その時間にファミレスに着くように家を出る。美優がそのための見送りをしてくれていた。
今日は一日、美優と家で過ごした。
あの後美優は電話でマネージャーに連絡を入れて、俺も自宅の電話から学校に連絡を入れて。
二人して休むことにした後は、美優が一度家に帰ってから部屋着に着替えてきて、それから一日中俺の部屋で過ごしていた。
午前中は寝不足だった俺に合わせて、二人で一緒のベッドで二度寝して。お昼は美優が家にあった食材でご飯を作ってくれて。
そして午後のまったりとした時間に、俺は美優に二人のことを相談した。
「うーん……まあそこはシュウ君の気持ち次第だし。私の気持ちはもうシュウ君に伝えてるから」
「……」
「それに――」
靴を履き終えて美優と向き合った俺に、美優は俺を安心させるようにふわりと微笑みかけてくれる。
「シュウ君は私が傷つくようなことしない……よね?」
「美優……」
「きゃっ」
思わず美優を抱きしめる。一瞬驚いた美優だったけど、すぐに俺の背中に手を回してくれた。
ほんの少しの時間二人で抱き合う。美優のぬくもりと、心臓の鼓動が伝わってきて俺の気持ちを落ち着かせてくれた。
それから、少しだけ体を離して美優のおでこに自分のおでこをくっつける。
「行ってきます」
「ふふ……いってらっしゃい」
どこまでも俺に優しい美優に、俺も自然と笑みが零れた。
うん。なんとかなりそうな気がする。
俺がファミレスにたどり着くと、既に成田と白神の二人が席に座っていた。四人掛けの席に二人並んで座っている。当然だけど俺に対面に座れってことだろう。
「お待たせ」
二人に声をかけながら席に座る。
「全然待ってないよー! 大丈夫!」
俺の挨拶に、白神がそう返してくれた。いつもと同じように少し派手目な化粧をしていて、学校ではポニーテールにしている長い髪を緩く巻いていた。
オフショルの長袖に、短めのスカート。どことなくこの前のカップル特集で着ていた衣装に似ている服装だ。
「約束の時間にはまだ早い。私たちが少し早く来すぎていただけだ」
そう言った成田の顔には、普段全く化粧っけの無い成田には珍しく薄く化粧がしてあった。化粧をしていなくても整っている成田の顔が、その化粧のおかげで更に引き立っている。
大きめのシルエットのニット生地の服に、黒いレザーショートパンツはいつもの「生徒会長」のイメージを完全に崩していて、どこからどう見ても今どきの女の子って感じになっていた。
「ご飯食べたか?」
メニュー兼注文用のタブレットを手に取りながら二人に尋ねる。
「まだだよ。シュウと一緒に食べようと思って」
「先に二人だけで食べているものでもないだろう?」
その二人の返答に「そっか」と返して、二人にタブレットの画面を見せながらメニューを吟味する。
「俺はから揚げ定食」
「シュウってここに来ると結構それ頼むよね」
「美味いし、量があるからな」
「私はオムライスにしよう」
「玲前もオムライス食べてなかった?」
俺たちの注文に白神が反応しながら、それぞれの晩御飯を注文する。
うん。大丈夫。俺はまだ冷静なままだ。
ここに来るまで、正直に言って心臓はバクバクいってたし、頭の中はぐるぐると意味のない言葉が回っていて、思考が定まっていなかった。
昼に美優に二人のことを相談してから、俺はいまだに二人に何と言えばいいのかよくわかっていない。今朝までの俺なら「断る」という選択肢をとっていただろう。
ただ、美優の話を聞いて、俺はそれが正しいことなのかよくわからなくなってしまった。
「知ってるよ」
「え……?」
俺の部屋で二人きり。朝と似たように、俺と美優は二人肩を並べてベッドに腰かけて。
美優に二人から告白されたことを話した時、美優から返ってきた返事がそれだった。
美優がそのことについて知ってるなんて予想外というか、青天の霹靂というか、ともかく俺は驚いて目を丸くしてしまった。
「昨日、二人から聞かされたからね」
「そう、だったのか……」
美優は俺から話をされても、表情も変えずに平然としていた。
俺にはそれが不思議で、ついつい美優の顔を覗き込んでしまう。
「なぁに? シュウ君」
俺と目が合うと嬉しそうに顔を綻ばせる美優。そんな美優に、俺は今感じた疑問を口にした。
「美優は、その……二人のことを何とも思わないのか?」
「二人のこと?」
「自分の友達が、自分の彼氏に告白したんだぞ……? 確かに俺と美優は付き合ってるって周りに言ってないし、あの二人にも言ってないけど。成田なんかは俺と美優が付き合ってるって予想をたてたうえで俺に告白してきたんだ。たぶん、白神だってそうだと思う」
白神と美優は小学校の時からの親友だった。その白神が、成田が気付いていることを気付いていないとは、正直に言って考えづらいことだと思う。
それでも告白してきた二人の思いは相当なもののはずだ。自分の親友、友人の彼氏に告白しているのだ。普通に考えたら断られるに決まってるし、事実俺も断ろうとしていた。
それが、実は美優が二人のことを知っているって? しかも知ったうえで平然としている。今朝だっていつもと変わらない様子で俺を起こしに来たんだ。
「そんな二人に対して、こう……なんというか、怒ってたりしないのか? 俺が言うのもなんだけどさ」
俺がそう言うと、美優は「うーん……」とちょっとだけ考え込んだ後、美優の考えを口にした。
「そりゃあ怒ったよ。昨日は久々に大きな声をあげちゃったし。シュウ君は私のものだよ! 私とシュウ君の邪魔しないで! って。でもさ……」
喋りながら、美優が指で自分の髪をくるくると絡めとる。そわそわ落ち着かない様子なのは、美優が自分の中でいろいろと整理しながら喋っている証拠だ。
「やっぱり、最終的に決めるのはシュウ君だから。私がどれだけ怒ったって、そこは変わらないからさ。私はもちろん私を一番に見て欲しいし、私を一番に扱ってほしいよ? そのための努力だってずっとずっとしてきたつもりだし」
「美優……」
「私はシュウ君が大好き。世界で一番好き。誰にも渡したくないって思ってる」
そう言いながら、美優は俺の肩に頭をこてんと乗せてきた。
「それで……それで、シュウ君の次くらいに有紗たちのことも好きなんだよ? 本当なら昨日、徹底的に怒って、話なんて聞かずにそのまま帰ってもよかった。二人以外の人だったら絶対そうしてた。でも、有紗と玲ちゃんだったから。だから私は二人の話を聞いたんだ」
美優はそのまま俺に腕を回してギューッと抱き着いてくる。「シュウ君ごつごつしてるー」なんて言いながらも、離れる様子はない。
「なんだかんだ言ってもやっぱり、二人の泣いてる顔とかも見たくなくて、でもシュウ君もとられたくなくて……まあ、シュウ君をとるとらないの話はいいんだけどね? それで……うん。とにかく」
抱き着いたまま、美優が俺の顔を見上げてくる。ニッコリと微笑んで、俺を安心させるように。
「二人のことも、ちゃんと考えてあげてね? もちろん一番は私じゃないとダメだけど!」
三人で夕飯を食べ終えて、ドリンクバーで飲み物を用意した。
俺の心はまだ、完全に決まったわけではない。
美優が大事だ。世界で一番大事だと思う。でもだからと言って、美優以外が大事じゃないわけじゃない。白神と成田だってもちろん大事なんだ。
「シュウ」
白神が俺の名前を呼ぶ。緊張しているのか、声が震えているように感じられた。
大事にしているものが、俺と美優でちょっと似ている。けれども決定的にズレていて、だからこそ俺は悩んでいるのだ。
もし仮に俺が女だったら、四人仲良くで終わっていたのかもしれない。でも残念ながら俺は男で。
「シュウ、私たちの話を聞いてくれないか?」
成田が真剣な声で切り出してきた。
「……ああ」
俺には、そうやって返事をすることしかできなかった。
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