俺と生徒会長と読者モデルと

『話があるから、今夜いつものファミレスで』


 成田からそんなメッセージが届いたのは、成田から告白された翌日の朝だった。


 寝不足の目と体に朝陽が降り注いで、無理やり俺の体を起こそうとしてくる早朝の時間帯。枕元で充電していたスマホがブブっと震えた。


 白神、成田と立て続けに告白された動揺で全然寝付けなかった俺は、ぼーっとする頭で成田のメッセージに『了解』と返信した。


「おはよーシュウ君!」


 そんな俺の元に最近いつも通りの光景になってきた朝の美優が、俺を起こしに部屋に入ってきた。


 いつも通りにうっすらと化粧をして、私服に身を包んでいる。私服ということは今日も仕事なのだろう。学校に行くときは制服を着ているし、前日なりなんなりに俺に連絡してくる。


「……おはよう、美優」


 美優の顔を見ながら挨拶をする。いつもなら寝たふりをして美優に起こされるような演技……とまでは言わないけど、そういったことをしていた。けれども、流石に今朝はそんな余裕が無くて、上体を起こしたまま普通に美優に挨拶を返してしまった。


「……シュウ君、大丈夫?」


 ススス……っと俺に寄ってきて顔を覗き込んでくる美優。その瞳は心配そうに揺れていて、美優の右手は自然な動作で俺の額に当てられていた。


「うーん……熱はないみたいだね」

「ちょっと寝れなかっただけだからな。体調が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」


 体調が悪いだけだった方がよっぽどマシだった気もするけど。


「ふーん……夜はちゃんと寝なきゃだめだよ? ただでさえ昨日も夜更かししたって言ってたのに、本当に体調悪くなっちゃうよ」

「ごめん。ちゃんと気を付けるわ」


 俺が謝ると、美優は満足げに頷いて俺から一歩離れる。俺はそんな美優をまだ多少ぼーっとする頭で眺めていた。


 白神と成田に告白されたこと、美優に話すべきだろうか。……話すべきなんだろう。


 昨日は話せないだなんだと思っていたけど、成田からも告白されてしまったというのは、もう俺と白神だけの問題じゃないし、俺と成田だけの問題でもない。


 美優と、白神と、成田。三人は友達同士で、もう何年も俺と仲良くしてくれている女の子だ。白神のことも成田のことも信頼しているし、好意を持っているし、悲しませたいなんて思っていない。


 でも俺は今美優と付き合っていて、俺自身も美優のことが好きなんだと自覚している。二人の告白に応えるわけにはいかないし、美優を悲しませたり傷つけたりするわけにはいかない。


 でも、やっぱりだからといって二人に傷ついてほしいわけでもなくて、日本じゃあパートナーは一人だけなんだからどうしようもないんだけど、でも二人のことは嫌いでもなくて、どちらかというまでもなく好きだし、もし美優と告白の順番が違えば付き合ってた可能性もなくもないという程度には今なら意識しているし、だからと言って――


 なんて、夜中中ずっと考えていて、結論なんて一つしかないのはわかってるんだけど、それを選ぶのが怖くって、一人で堂々巡りをしていたのだ。


 本当はこんなこと、美優に話さずに一人で片づけて、今まで通りに振舞うのがいいのかもしれない。美優は何も知らない方が、白神や成田とこれまで通りの付き合いができるのかもしれない。


 でも、恋愛経験知ほぼゼロで童貞の俺にはこんな状況どうやって収集を付けたらいいかなんてわからないし、一人で悩んだって堂々巡りを繰り返すだけ。そして何より、これは美優に相談するための言い訳なんだけど、このことを美優に隠していたら、バレた時に美優にめちゃくちゃ怒られそうな気がするのだ。


 それで「別れる!」なんて美優が言いそうにないことはこの長年の付き合いからわかってはいるんだけど、それはそれとして美優に怒られるのは普通に嫌だ。怒った美優は怖い。俺は昔から怒った美優に頭が上がらないのだ。


 だから俺は、今目の前にいる美優に話しかけた。


「……なあ美優」

「ん? なあに、シュウ君?」


 こてんと首を傾けてニコリと笑みを浮かべる美優。正直に言ってめちゃくちゃ可愛い。テレビでアイドルをしている時の笑顔なんかより何倍も可愛い。


 この世でこの笑顔を見れるのは、たぶん俺だけだ。俺だけに本物の笑顔を見せてくれているのだ。……いやごめん流石に親とかには見せてるわ。


 とにかく、家族以外で本物の美優の笑顔を見れるのは俺だけだということだ。この笑顔を俺は曇らせたくない。


 曇らせたくないんだけど……なぁ……。


「ちょっと相談したいことがあるんだけどさ。近いうちに時間とれないか?」

「相談したいこと?」

「ああ……なんていうか、大事な話なんだ。朝のこの時間のうちに済むような話じゃなくってさ」


 思えば、俺から真剣に相談事を美優に持ちかけるのは初めてかもしれない。これまでの人生は俺が美優を助けるんだという気持ちで生きてきたけど、逆に俺が美優に助けてもらうという考えはほとんどなかった気がする。


 俺の言葉に、美優はベッド脇に立っていた状態から、俺の隣に腰を下ろしてきた。俺の肩と美優の肩が触れ合う。


 美優は朝からシャワーを浴びてきたのだろう。ボディソープやシャンプーの香りがする。そのことが無性に美優のことを女の子だと意識させた。


「じゃあ今日はお仕事休むね」


 肩が触れ合う至近距離から俺を見つめながら、美優がそんなことを言う。


「いや、仕事休むのはマズいだろ。美優がいないとダメな仕事ばっかりなんだろ?」


 流石に俺の相談を優先して仕事を休むのはよろしくないだろ。美優は超人気アイドルだ。雑誌のインタビューだったりテレビの仕事だったり、ダンスレッスンやボイスレッスンだってある。それを俺の都合でサボらせていいわけがない。


 ということを含めた俺の言葉だったのだけれど、そんなことは美優には関係なかったらしい。


「シュウ君。前にも似たようなことを言ったと思うけど――」


 美優はそこで更に俺に顔を近づけてきた。俺か美優が少しでも動けば、鼻と鼻が触れ合いそうな距離だ。つまり整いすぎている美優の顔が目の前にあるということで。


「私が一番大事なのはシュウ君で、アイドルの仕事じゃないの。シュウ君が今すぐ辞めろって言ったらアイドルなんてすぐに辞めてくるよ。アイドルの仕事なんかより、シュウ君の相談の方が大事に決まってる。そうでしょ?」

「お、おぉ……」


 ニッコリと微笑んだ美優に気圧されて、中途半端な返事が俺の口から洩れる。


「ふふ……じゃあちょっと奈々さんに電話してくるね。シュウ君は学校行くんでしょ?」


 スッと美優の顔が離れていく。相変わらず肩と肩は触れ合ったままだけど、なんとなく美優のぬくもりが離れてしまった気がして寂しい。


「あー……いや、美優が仕事休むなら俺も学校休むわ」

「えー? 副会長がそんなことしていいのー? サボりだ、サボり!」


 俺の言葉を聞いた途端美優がそんなことを言ってくるけど、言葉とは裏腹に美優の顔はでろでろに蕩けていてめちゃくちゃ嬉しそうだった。俺の肩に顔を押し付けてきたりなんかしてめちゃくちゃ甘えてくる。


 え、可愛い……。


 ……ていうか、もしかしてなんだけど。そんでもってすごく今更なんだけど。


 いやまあそんな気はしてたんだけど。そんな気はしてたけど俺って恋愛経験ゼロの童貞だったから確信が持てなかったんだけどさ。


 ――美優ってもしかしてめっちゃくちゃ愛が重たいのでは……?

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