私と、君と、アイドルと3(玲視点)
今でこそ美優はシュウをリードして交際までこぎつけているが、それ以前の美優は決してシュウの前に立って引っ張っていくような存在ではなかった。
シュウに対して常に一歩引いた立ち位置。幼馴染としては対等に振舞っても、こと男女関係においてはシュウの三歩後ろを歩くような、そんな少女だった。
美優がシュウを自分のものだという気持ちは、別に嘘ではないと思っている。嘘ではないが、それが一番ではないだけで。
「美優。もう一度言うが、何が私たちにとって最善なのかよく考えてみてくれ」
押し黙った美優に、私は畳みかける。
議論とは普通、資料を用意して論理的に会議の流れを作るものだが、今ここで行われていることは会議ではない。美優の感情に訴えかけ、美優の考えを揺さぶる必要がある。
「美優はアイドル。有紗はこのままいけば読者モデルを経て、本格的にモデルとして活動することができるだろう。私にはまだ社会的な実績はないが、必ずシュウのステータスになる社会的地位を築くと誓おう」
自惚れるつもりはないが、私は普通の人間よりも優秀だ。努力しなくても何でもできる、という訳ではないが、努力をすればたいていのことはできるようになる。
社会は何でも私の思い通りになるような甘いところではないだろうが、それでも他人よりも上の地位に登るのは決して難しいことではないはずだ。それこそ、二人と歩を揃えるために芸能関係の道に進んでもいい。
「美優と、有紗と、私。名声も実績もある女三人がシュウを支える。美優も有紗も優れた容姿をしていて、幸いなことに私もそれなりの見た目をしている。優秀で、美人で、シュウに尽くしてくれる。そんな女三人が近くにいるのだ。その状況で一番得をするのは誰だ?」
美優は自分がシュウのアクセサリーだという思いがあるはずだ。だから自分磨きに余念がない。美優が自分を磨くのは決してアイドル活動のためではない。
自らが綺麗になればなるほど、有名になればなるほど、パートナーになるシュウのステータスになると思っているのだ。美優の原動力はいつだってシュウだった。
「……確かに、そういう状況はシュウ君にとっては一考の余地のある状況かもしれないね。私が私のことをシュウ君のものだって思ってるのも、別に間違ってないよ。玲ちゃんの言ってることは間違ってない。でもさ――」
美優はそこでもう一度笑みを浮かべた。
「女の子が好きな男の子のものになりたいと思うのって、普通のことじゃない? その気持ちとシュウ君を私のものだと思う気持ちはまた別物だよ」
「……そうだな」
美優の言葉を認める私に、有紗が小声で「ちょっと玲? 認めちゃって大丈夫?」と話しかけてくる。
大丈夫か大丈夫ではないかと聞かれれば、まあ大丈夫ではないが……美優の気持ちをここで否定する方が不味いだろう。私たちは美優を説得しに来たのであって、美優を否定しに来たわけではないのだ。
「だが、それなら美優も私たちの気持ちがわかるだろう?」
私の問いかけに、美優はバツが悪そうに目を逸らす。
「それは……」
「美優! お願い!」
有紗が手を合わせて美優に懇願する。
「美優の抱えている気持ちは、私も有紗も当然持っている気持ちだ。だから美優の気持ちはよくわかっている。私が美優の立場に立っていてこんな話をされていたら、決して穏やかに話を聞いていられなかっただろう」
「じゃあこんな話、やめてよ」
「だが、だからこそ美優も私たちの気持ちがよくわかるだろう? シュウから離れられない、離れることを考えられないこの気持ちが」
これまでの人生で、シュウという人間ほど離れ難いと思った人間はいない。誰がシュウと付き合ってるだとか、一緒にいるだとかは関係ない。私が離れられないと感じているのだ。
兄にだってこんなことを感じたことはない。シュウに対してだけだ。シュウだけが特別なのだ。
「あたしも玲もさ、別に美優からシュウを盗ろうだなんて思ってないよ。ただ、シュウの傍にいさせて欲しいだけ。それだけなんだよ」
「有紗……」
「それに、これは打算的な話ではあるが私たちがシュウの傍にいることによるメリットだってある。さっきも話しただろう? これ以上シュウに近づく女子を増やさないようにする。美優がどれだけシュウとの仲をアピールしてファンを刺激しようが、私と有紗でシュウを守ろう」
「玲ちゃん……」
私と有紗の言葉に、美優が目を閉じる。それから長い沈黙の後、ため息をついてゆっくりと目を開けた。
「……認めたわけじゃ、ないけど」
絞り出すような声音だった。一つ一つ言葉を選んで、その間に自分を落ち着けさせているような、そんな声だった。
「二人の気持ちがわからない、なんてことは私がシュウ君のことが好きな限り、口が裂けても言えないよ。私だってシュウ君から離れるとか絶対無理だし。そんなことになったら死んじゃうし」
有紗の顔と、私の顔を交互に見つめる美優。さっきまでの笑顔は消え失せて、その顔にはおよそ表情と呼べるものが無くなっていた。
「だから――」
そして美優は、とうとうそれを口にした。
「シュウ君がいいよって言ったら、二人のことを認めてあげる。あくまでシュウ君の一番は私で、私が最優先でもいいのなら、だけど」
それからふと、弱弱しい笑みを浮かべる。
「普通こんなこと許さないし、私が有紗と玲ちゃんと絶交したっておかしくないんだから。でも、私は二人と絶交したいわけでもないし……」
「美優……」
ポロっと美優の名前をこぼす有紗。
「二人の話を聞いて、妥協したのは私。二人がシュウ君に近づくのは止めないよ。シュウ君は絶対私を捨てないから。でも、そのかわり――」
弱弱しく微笑む美優の口元が、わずかに吊り上がる。
「私の言うことも、聞いてもらいたいな?」
そう言った美優の表情からは、先ほどまでの弱弱しさが無くなっていた。
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