君は生徒会長で、俺の理解者2

 部活動の掛け声が、遠くグラウンドから微かにこの生徒会室まで響いてくる。その賑やかな声がふと途切れた瞬間、まるでこの生徒会室だけが周りの空間から切り取られたようだった。


 コーヒーの芳ばしい香りが、この決して広くない生徒会室を満たしている。傾きかけた陽の光が窓から差し込む中、成田はいつもと同じように生徒会長のために用意された席に座っていた。ピンと伸びた背筋で、お手本のような姿勢で手元の資料を静かにめくっていた。


 生徒会室にいるのは成田一人で、他の生徒会役員は見当たらない。どこかに出かけているのだろうか?


「あれ、他の人はどうしたんだ? まだ来てないのか?」


 成田の近くの席に適当に腰かけながら尋ねる。壁際に配置されている棚に目を向け、そこから必要なボランティアの資料を取り出し机の上にそっと広げた。


「他の役員は今日は来ない」

「へぇ、そう……え、なんで?」


 ボランティアの仕事進めなきゃいけないのに来ないの? みんな揃って何か用事があるとか? いやでも、そんなことある?


「私が今日は来なくていいと言っておいたからな」

「それまたどうして」

「そういう気分だったから、かな」


 そう言った成田の顔を思わず見つめる。成田の視線はいつの間にか資料から俺に向けられていた。


「成田がそういう冗談言うなんて珍しいな」

「そうかな? そう思うのは、シュウが私のことについてまだ理解が足りていないからかもしれないな」

「マジか。それなりに成田と一緒にいると思ったけど、まだ理解できてなかったか」

「精進したまえ。私に関する理解が一定に達したらご褒美をやろう」

「ご褒美かぁ……例えば?」


 なんて成田と軽口を叩き合う。成田は美優や白神程長い付き合いがあるわけではないけど、それでも俺のことを深く理解してくれている。俺が気を使わないで接することのできる数少ない女の子の一人だ。


 今日一日、いつ白神が登校してくるのかとか、登校して来たらいつ話しかけようだとか、どんな切り口で断りの言葉を口にしようだとか、そんなことばかり考えて気を張っていた。


 気を張り続けるのは思っているよりも疲れるものだ。もう放課後で白神が学校に来ることが無いという安堵感と、成田との軽口の応酬で俺のメンタルは若干ながら回復した。


 回復した、と思ったんだけど。


 その回復したメンタルは、次の瞬間に脆くもまた崩れ去った。


「ご褒美は、そうだな。私のことををずっと好きにできる権利をやろう」

「……は?」


 突然の成田の言葉に、俺はそんな疑問の声をぽつりと吐き出すので精いっぱいだった。


 成田は相変わらずの姿勢の良さで俺から資料に視線を戻すと、資料に何やら書き込みをしながら言葉を続けた。


「日本において恋愛というのは、男一人女一人の一対一がスタンダードだ。まあ昨今の風潮からするに性別というのは重要なファクターではないが、基本はどんな性別での恋愛であれ一対一というのは変わらない」


 成田の声と、ペンが紙に触れた際の優しく擦れた音だけが生徒会室に響く。時折思い出したようにグラウンドの部活動の掛け声が微かに聞こえてきて、俺の意識をこの現実に縛り付けた。


「海外においては一夫多妻のような形態をとる国もあるが、現状日本では一夫一妻しか認められていない。法律上でも、社会規範としてもそうだ」

「な、成田……?」

「シュウ」


 ピタリ、と動かしていたペンを止める成田。視線は相変わらず資料に向いたままで、表情はいつも通りで変化はない。


 ただ、その口から紡がれる言葉だけがいつもとかけ離れていた。


「君は、先日美優から告白されて交際を開始した。違うか?」

「っ!?」

「それはシュウの部屋で、美優から迫られた状況だった。……そうだな、美優に押し倒されたかどうかといったところか?」

「な、なんでそれを……」


 思わず漏れた俺の声に、成田は再び俺に視線を向けてきた。


「それから、有紗にも告白されたな?」

「え、いや、その……まぁ、えっと……」


 成田の突然の問いかけに上手く返事ができない。えっと、とか、あの、とか意味のない言葉を繰り返して、それから「……なんで知ってんの?」とだけ絞り出した。


「知っていたわけではない。今までの状況からおそらくそうだろうなと思っていただけだ」

「……成田って超能力者か何かだっけ?」

「そんなわけないだろう。実際に超能力があるのなら私も欲しいものだな」


 もう、なんというか、突然のことで頭が追い付いていない。今まで成田とは恋愛がどうのといった話はほとんどしたことなかった。だからこそ、いきなり俺自身の話をされるとは想像だにしていなかった。


 しかもそれがまだ誰にも話していない内容をピタリと言い当てられた。隠していた秘密を見透かされたかのような感じ。動揺しない方がおかしくない?


「成田は、その……どうしたらいいと思う? 俺には美優がいるから、当然白神の告白は断るつもりだ。でも、ただ断るだけだとその後白神との関係をどうするかって問題が出てくる……と思う。もしかしたら白神は告白を断られても今までと同じように接してくれるかもしれない」


 気づけば俺は、成田相手に思い悩んでいることを相談していた。たぶん、一人であーだこーだ考えてて疲れてたんだと思う。成田は何故か知ってるみたいだし、もういいかって若干投げやりな部分もあったかもしれない。


「でも、普通に考えたら告白断った男とその後も仲良くしてくれるなんて都合がいいことあるわけないじゃん。しかも白神は美優の親友だ。こんな、俺がらみのことで二人の仲が拗れたりするのも見たくない」

「そうか」

「なぁ……どうしたらいいと思う?」

「すまないが、シュウ」


 静かだが、どこか有無を言わせない響きを孕んだ成田の声が響く。


「その相談には乗ることができない」

「え……?」

「今日他の生徒会役員をここに来させなかったのは、他でもない。


 そう言いながら、成田は手に持っていた資料を机の上にそっと置いた。


 それから俺の顔をじっと見つめてくる。表情はほとんど変わっていないように見える。そう見えるのに、何故か目が離せなくなるような妖しい雰囲気があって。


 ……あれ、これって、もしかして。いや、流石にないよな? 美優、白神ときて、成田まで。そんなこと、いくら何でもあるわけ。


 そんな俺の思いは――


「シュウ。私は君のことが好きだ。人として、一人の男性として。美優と交際していることは理解しているが、どうか私のことも考えて欲しい」


 成田のそんな言葉で、空しくも打ち砕かれたのだった。

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