あたしとアイドルと生徒会長と(有紗視点)
自分の部屋のベッドに転がりながら、あたしはスマホをぼうっと眺めていた。
特に何かを見ていたわけじゃない。でも他に何かすることもなくて、ただ思考の片手間に弄ってるだけだ。
『でも有紗。次はないからね?』
美優からかけられた言葉。
あの時の美優は、確かに笑顔だった。流石は天才的なアイドル様。万人が見惚れる完璧な笑顔だ。
ただし、あたし以外には、という注釈が付くけど。
笑顔は、完璧だった。一部の隙もない、誰もが満点花丸をあげたくなるような笑顔。
けれども、それはあまりにも完璧すぎて、完成されすぎていて。あたしから見れば、どう見たってあたしのことを威嚇して怯えさせようとしているようにしか見えなかった。
完璧すぎるものは、逆に人の恐怖心をあおる。考察の余地のないものは、見たままの衝撃を与えてくる。
美優は、その完璧な笑顔であたしに攻撃してきたのだ。
そう。間違いなくあれは攻撃だった。
あたしがシュウに告白しようとしていたことを理解していて、それを阻止するためにやってきた。あたしは美優に読モをシュウと一緒にやることを伝えていなかったけど、たぶんシュウが伝えたんだろう。
美優はあたしの告白を邪魔したばかりか、あからさまにシュウとの距離感を見せつけてきた。腕を組んで、耳元に口を寄せて。あれは完璧に恋人の距離感だ。今までの幼馴染の距離感じゃない。
美優からもシュウからも何も聞いていないけど、あれを見せられたら二人は付き合い始めたんだと確信できる。そして美優は、それを隠そうとしていない。
ということは、周りに付き合い始めたということを伝えないのはシュウの考えだろう。美優に比べればシュウの方が常識がある。アイドルに彼氏なんていたら大炎上間違いなし! だから隠さなければ! という考えを持っていても不思議じゃない。
こうなることはわかっていたとはいえ、いざ実際に目の前で見せられるとやっぱり心に来るものがある。
美優はシュウの幼馴染で、アイドルで、そして恋人になった。だから距離も近くて、もしかしたらもうキスとかまでしちゃってるかもしれない。いや、もしかしたらその先まで……? それは、考えたくないな……。
あたしは確かに美優とシュウにサッサと付き合ってほしいと思っていた。でもそれは美優が動かないとあたしも動けないって考えてたからで、別に美優にシュウとの仲を見せつけられても平気だとか、そういうわけじゃない。
あるいはあたしも美優の側に、シュウの恋人という立場を手にいれられればあたし以外の女の子と仲良くしているところを見てもそこまで傷つかないかもしれない。
でも現状そうはなっていなくて、シュウの恋人という立場を手に入れられているのは美優一人だけだ。
このままでは、ダメだ。
このままでは、美優の一人勝ちだ。
「次はないからね?」なんて言われたって、そんな言葉一つで諦められるならそもそもこんなに悩んでないし、傷ついてない。
告白は邪魔されてしまった。でも何も、想いを伝える手段は目の前で言葉にするだけじゃない。
今手に持っているものはなんだ? この文明の利器を使わない手はないでしょ?
『あたし、シュウのことが好き。小学生の頃からずっと。シュウには美優がいるのは知ってるけどあたしも諦めきれない。覚えておいて』
あたしはスマホのメッセージアプリを起動すると、シュウにメッセージを送信した。
シュウ……あたしもね、シュウのこと大好きなんだよ?
次の日、あたしは学校を休んだ。
体調が悪かったわけじゃないけど、シュウと顔を合わせるのが嫌で仮病を使った。
いや、シュウと顔を合わせるのが嫌っていうのは語弊があって、本当は毎日でも顔を合わせたいし何なら物理的な距離感的な意味でも顔を近づけさせたいというかゼロ距離になりたいというかなんというかあたしの心は今日も健康です!
じゃなくて、昨日の夜シュウに送ったメッセージが原因といえば原因で。
メッセージとはいえ、とうとうあたしはシュウに長年秘めていた想いを伝えた。それ自体に後悔は微塵もないんだけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
それに「付き合って」とか「返事を下さい」みたいなことは言ってないけど、告白なんてイコール付き合ってくださいって言ってるも同然だ。
当然シュウからは何かしらのアクションがあるだろうし、しかもあたしはシュウには美優がいるってことを理解したうえで送ったのだ。そのことについてもシュウから何か言われるかもしれないし。
何が言いたいかというと――あたしはシュウに何を言われるのかがわからなくて、シュウから逃げたのだ。
いや、だって、こんな歪んだ想いを抱えてるあたしだって、怖いものくらいある。ただの女子高生なんだからね、これでも。
好きな人から告白の結果を聞かされるとか怖いに決まってるじゃん。昨日の対面の時は勢いでいけたかもしれないけど、こんな時間が空いて冷静になれる時間があったら怖くなるよ! あたしただの恋する乙女だもん!
……自分で恋する乙女っていうのキモイね。やめよう。
――まあ、このままじゃダメなこともわかってる。
あたしはシュウからの返事が怖いくせに、シュウからの返事が来てないか細かく確認しすぎて充電がすり減ってるスマホを手に取った。
メッセージアプリを立ち上げて、メッセージを送る。
相手はまだ仕事中だ。既読が付くのはずいぶん後になるだろう。その間にもう一人にメッセージを送る。
あたしはあたしなりに動く。事前に玲ともいろいろ話はしてたけど、やっぱり抑えられない想いがある。
勝負は、今夜。
あたしは気合を入れてベッドから立ち上がる。
「――よし! なんとかなる! なんとかしてみせる!」
自分の部屋で、パジャマを着たまま一人気合を入れたのだった。
そして、その日の夜。
珍しい個室のある喫茶店に、あたしと玲はいた。
玲と雑談をしながらも、あたしの心臓は緊張で張り裂けそうだった。
大丈夫。いつもと同じように接すればいい。あたしだって相手のことはよくわかってる。
そう自分に言い聞かせながら約束の時間になるまで待つ。
「お連れ様が来られました」
店員さんの声とともに開けられたドアの先には――
「お疲れ様、有紗ちゃん、玲ちゃん」
陶磁器のように白く整った肌に、烏の濡れ羽色に輝く艶のある黒髪。薄く差した桃色の口紅が柔らかい印象を与えて、その大きな瞳は少し遠慮気味に伏せられている。
カジュアルなファッションに身を包んだあたしの親友で、アイドル。
高島美優が、あたしと玲がいる個室に入ってきたのだった。
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