俺と読者モデルとアイドルと
背後から突然聞こえた美優の声に振り替える。
撮影スタジオの出入り口に、私服姿の美優が立っていた。
読者モデルの撮影が終わり、何やら話があるという白神に付き合っていた時の話だ。
読者モデルの仕事は思っていたよりも楽しかった。自分では持っていない服を着て、人生で初めて化粧をしてもらって撮影に臨んだ。カメラマンさんは明るく指示を出してくれて俺の緊張をほぐしてくれたし、スタッフさんたちも気を使って差し入れをくれたりして、俺は初めての体験にしては結構スムーズに撮影をこなせていた。
というか、一緒に撮影をしていた白神の方が何故か緊張しまくりで、カメラマンさんから何度か注意を受けていたし、俺が見てもわかるくらいガチガチになっていたりしていた。白神なんて何度も雑誌の撮影なんてしてるだろうに、いつもこんなに緊張してるのか……?
俺は思わず「大丈夫か?」なんて声をかけていた。まあ、あれだよね。俺より明らかに緊張してる人が目の前にいると、かえって緊張しなくなるというか。俺が初めての撮影なのにどうにかなったのは、緊張しまくりでポンコツと化した白神のおかげだったのかもしれない。ありがとう白神。
そんな白神との撮影は、カップル特集ということもありやたらと距離の近めな撮影が多かった。べたなカップル用のジュースの撮影とか、家でくつろいでる姿の撮影とか、デート先で遊んでる姿の撮影とか。
こういうのって別々で撮って雑誌のレイアウトに合わせて合成するもんだと思ってたけど、どうやら違うらしい。実際に俺と白神でそれっぽい恰好をして撮影したものを編集するんだとか。
撮影してる時は撮影に必死で何も思ってなかったけど、撮影が終わってからふと雑誌が完成したときのことを考えた。これってもしかして、雑誌上だと俺と白神が本物のカップルみたいに見えたりしないよな?
雑誌のそういう特集なんて本物のカップルが写ってるものじゃないだろうし、買う方だってそんなことわかってるだろう。でも写真としては俺と白神の距離感の近い写真が写ってるわけで。しかも今回のやつは美優の週刊誌と違って俺の顔がバッチリと映っている。
知らない人間に見られるのは別に構わないけど、美優に見られると怒られたりするんだろうか……。美優に白神の撮影に付き合うことになった旨はメッセージで伝えていたけど、どんな撮影をするかまでは伝えていなかった。
まあでも、相手は白神だし。ただの仕事だし。実際に二人きりでやましいことしてたわけじゃないし。大丈夫か、たぶん。
いや、でもなぁ。もし美優が仕事だからって誰かとカップルの真似事してたら俺もちょっと嫌だしなぁ。仕事だからって納得はするけど、後の気持ちのところはなぁ……。
よし、やっぱり今日帰ったら美優に謝っておこう。人づてに美優に伝わったりするよりは、俺が先に言ってしまった方がいいはずだ。そうしよう。
そんなことを考えながら「話がある」と白神に言われ、撮影が終わったスタジオで白神と少し雑談をしていた。
「ね、シュウ。あたしさ、小学校の頃からずっとシュウと仲良くしてきたじゃん?」
「そうだな」
「普通さ、男女でこんなに長いこと仲良くするってありえないじゃん?」
なんてことを白神が言う。心なしか白神の耳が赤くなっている気がする。ていうか、ちょっと呼吸も浅い。……大丈夫か? 白神。
「……そうなのか? ――ああいや、普通はそうなのかもな。美優も白神も仲良くしてくれるから実感ないけど」
「それってさ、何か理由があると思わない?」
思わず「理由……?」と呟く。
人と仲良くするのに理由があるのなんてちょっと嫌だけど、まあそういう考えの人だって世の中にいるのは理解できる。白神がそういう打算で人と仲良くしてるとは全く思わないけど、とはいえ俺と白神は性別の違う男女だ。男同士、女同士みたいな感じで仲良くはできないのもわかる。
今まで俺の方はそんなこと考えたことなかったけど、白神の方はそうでもなかったのかもしれない。
というか、白神の雰囲気が少しおかしい。いつもの白神じゃないというか、なんか妖しいというか。撮影のための化粧を落としてないからそう見えるのか、耳だけじゃなくて頬も赤くなってきていて、若干目が潤んでいるようにも見えるのが原因か。いや確実にそれじゃね?
なんか、見た目は違うけど似たような雰囲気の女の子をついこの間見た気がするな……。俺にとって一番身近な女の子で、今お付き合いしてるアイドル様といいますか。
「例えばなんだけど、あたしがシュウのこと――」
そんな白神の声を遮って響くついさっき頭の中に浮かんだ女の子の声。
「迎えに来たよ、シュウ君」
俺の幼馴染であり、今を時めく天才的なアイドル様であり、ついこの間恋人になった女の子。
高島美優の声が聞こえて、俺は振り返ったのだった。
「ほら、帰るよシュウ君」
「美優? なんでここに……」
「迎えに来たって言ったでしょ? シュウ君が有紗の読モのお仕事手伝うって言うから、近くにいたしここまで来たの」
「いや、でも美優。仕事あったんじゃ?」
「そんなのシュウ君からのメッセージが来てから全部NG無し一発OKで終わらせてきたに決まってるでしょ」
スタイルのいい体をハーフジップニットで包んだ美優は、鞄を下げていない方の腕で俺の腕を掴んできた。
突然現れた人気アイドルの姿に、スタジオ内で撤収作業をしていたスタッフさんたちからざわめきの声が上がる。手に持っていた資材を取り落とすスタッフさんもいたくらいだ。
そんな周りの様子を全く意に介すことなく美優は俺との距離を詰めてくる。掴んでいた腕をキュッと腕に抱いて、肩に頬を擦り付けてくる。
それは紛れもなく恋人同士の距離感で、間違っても幼馴染同士の距離感じゃない。いや、俺と美優は恋人同士だからこの距離感も間違ってないんだけど、でも今ここでこの距離感は間違っているといいますか!
「み、美優? ちょっとくっつきすぎじゃないか?」
「えー、そんなことないでしょ? だって――」
そこで美優は俺の耳に顔を近づけると、俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「私たち、恋人同士でしょ?」
「ちょ――」
そこで美優はパッと離れて「なーんてね!」といって笑った。
「……美優」
そんな俺たちにかけられる声。正確に言うと美優にかけられたんだけど。
あ、やべ。突然現れた美優に気を取られてたけど、白神と話の途中だった。
白神の方に向き直ると、白神は一瞬感情の抜け落ちたような顔をした後、笑顔になって美優に喋りかけた。
「ごめんね美優。今日シュウのこと借りちゃって」
「いいよー別に。こうして返してもらったし」
また俺の腕に抱き着く美優。俺の視界からは美優の頭しか映らなくなって、表情が見えない。
「でも有紗。次はないからね? ――私たち、親友でしょ?」
「ッ……!」
いや、まぁ、俺も次は読者モデルの仕事は断ろうかなって思ってるけども。
「じゃあ三人で一緒に帰ろっか!」
「……そうね」
改めてスタッフさんたちや加賀美さんに聞こえる声であいさつをしてスタジオを後にする。
久々に三人で帰る道中は、なんだかちょっとだけ気まずい空間だった。俺が勝手にそう感じただけかもしれないけど、美優と白神の様子がちょっとぎこちなかったというか。美優はいつも通りなんだけど、白神の元気がないというか。
結局白神と別れるまでそんな雰囲気が続いて、白神が少し元気のない様子で帰って行くのを見送ることになった。大丈夫か白神。
「それじゃあシュウ君には、お説教をしなきゃいけません!」
「えっ」
白神が帰った後、美優から突然そんなことを言われた。
美優は笑顔で怒っているようには見えないけどいやごめん声冷たかったわ怒ってるわこれは。
「いくら相手が有紗だとはいえ、私とお付き合いしてるのに女の子と二人で出かけるとか、私がどう思うか考えなかったの?」
「ごめんなさい……」
「もし私が男の人と二人で出かけたら、シュウ君はどう思うの?」
「ごめんなさい……」
こんな感じで家に着くまで、俺は懇々と美優からお説教を食らい続けたのだった。
そして、その日の夜。
スマホに届いたメッセージを開く。それは白神から届いたメッセージで。
『今日伝えられなかったから、メッセージで伝えるね』
そのメッセージを見た瞬間、俺の心臓がキュッと縮んだ気がした。
『あたし、シュウのことが好き。小学生の頃からずっと。シュウには美優がいるのは知ってるけどあたしも諦めきれない。覚えておいて』
あえて、頭から追い出していたけど。
やっぱり、今日見た白神の表情は気のせいんかじゃなくて。
俺は一人、部屋で途方に暮れるのだった。
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