君はあたしの親友で、好きな人4(有紗視点)

 高校一年生、美優がまだアイドルになる前のことだ。あたしは美優と二人でショッピングモールまで出かけたことがあった。


 美優とショッピングモールに行くこと自体は珍しいことじゃないけど、その日はちょっとだけいつもと事情が違っていた。


「シュウ君……」

「まあまあ美優、今日は仕方ないじゃん? シュウのおじいちゃんが倒れたっていうんだからさ」

「もちろんシュウ君のおじいちゃんも心配だよ? でも、やっぱり毎週シュウ君と出かけてたのにそれが無くなるのは寂しいっていうか……」

「ただのぎっくり腰だったんだし、明日には帰ってくるって。それでいつも通り。でしょ?」


 美優は毎週シュウと出かける時間を作っていて、その日は元々美優がシュウと出かける日だった。ただ、その日の前日にシュウのおじいちゃんが倒れたって連絡が来たみたいで、急遽シュウの家族総出でおじいちゃんの家に行くことになったらしい。


 まあおじいちゃんの容体はさっきも言った通りただのぎっくり腰で別に命に別条があるとか、そういう深刻な事情があるわけじゃなかったみたいだけど。それでも今日一日はおじいちゃんの家で過ごすみたいで。


 申し訳なさそうな様子のシュウに何も言えなかったらしい美優は、空いた時間にあたしを誘ってショッピングモールに来ていた。


「シュウ君が『美優、ついてこい。じいちゃんの世話を手伝ってくれ』なんて男らしく言ってくれたら、いくらでもついて行ってお手伝いしたんだけどなぁ」

「シュウがそんなこと言うわけないじゃん。逆に美優に迷惑かけないようにーって考えてるよあいつなら」

「それはそうなんだけどぉ。でもやっぱりシュウ君に引っ張ってもらいたいって思うときもあるっていうか」


 そう言ってため息を吐く美優を見て、あたしは前々から思っていたことを確信に変えたのだ。


 美優は心の奥底ではと思っている。シュウに強い言葉で命令されて、それに従って奉仕したいというか、尽くしたいというか。とにかくそういった願望を心の奥に秘めている。


 もちろん実際のシュウはそんなことしない。強い言葉で他人に命令なんてもっての外だ。


 でも、そういう普段見せることのないシュウの姿に、ある意味で想い焦がれている。それが美優という女の子だった。


 だからあたしはと思ったのだ。シュウを説得できれば、あたしは美優に続いてシュウの恋人になれるに違いない。シュウが美優に言い聞かせれば、あたしの存在を認めるようになるはずだと。


 もちろん美優の説得というあまりにも高いハードルを、シュウ一人に投げるなんてするつもりはない。最終的にシュウに頼ることにはなっても、そこまでの過程でちゃんとあたしは美優と話し合うつもりはあるのだ。


 ただ、今はその時じゃないだけ。その時が来たらしっかり美優に向き合って、あたしの話を聞いてもらう。


 この時のあたしは、そういった決意を固めていた。











 撮影用の服を着て、カメラ映えするように多少の化粧をしたシュウと二人で一つのジュースを飲む。よくあるべたなカップル用の二股のストローを差して、大きなグラスから飛び出たそのストローの先をあたしとシュウでそれぞれつまんでいる。


 まあこのジュース自体は撮影用の小道具だから実際にあたしとシュウがジュースを飲むわけじゃない。飲むわけじゃないんだけど、ストローとグラスを挟んで向こう側、十数センチくらいの距離にシュウの顔があって心臓がドキドキする。


 正直言って今のシュウはめちゃくちゃカッコイイ。あたしにとっては普段から最高にカッコイイ男の子なんだけど、今のシュウはそれにまして五割り増しくらいで更にカッコよくなっている。


 スタイリストさんの腕がいいのか、薄く施した化粧はシュウ君のスッと通った鼻筋と形のいい輪郭を際立たせて、髪はナチュラルな感じにセットされ、雑誌の編集部がセレクトしたデート服に身を包んでいる。どこからどう見ても立派な読者モデルで、何なら『読者』という言葉を外して『モデル』とそのまま表現した方がいいくらい。


 真剣な表情で撮影に挑むシュウの顔をじっと見つめてしまう。あたしも撮影に集中しようと気合を入れても、気付けばシュウの方を向いてぼぅっと見つめてしまう。


 シュウは時折そんなあたしの方を向いて「どうした? 大丈夫か白神?」なんて優しく声をかけてくれる。あまりにもカッコよすぎて泣きそうだ。でもこんなところで泣き出したら不自然すぎてヤバイ。情緒不安定。地雷女かよ。


 あたしの方がモデルとして先輩なんだからしっかりしなきゃ、なんて思ってもすぐにシュウの姿にノックアウトされてしまう。カメラマンさんからも何度か注意を受けたけど、加賀美さんとカメラマンさんが何事か話し合ってからは何も言われなくなった。


 こんなにシュウに熱中して情緒が行ったり来たりするのも、原因ははっきりわかっている。この後、シュウに告白するんだという緊張に、あたしの心が耐えきれていないからだ。


 衣装を着替えて別のシーンの撮影をする。今度はおうちでくつろぐカップルといった態で、用意されたソファーにシュウが座って、あたしは近くの床にぺたんと座る。


 下から見上げるシュウの顔はキリっとしていてカッコイイ。え、あたし、こんなカッコイイ男の子にこれから告白しようとしてるわけ? 大丈夫? いや、大丈夫じゃないでしょ。


 いやいや、でも告白しなきゃ先に進めないし。いやいやいやでもでも告白したら終わっちゃうかもしれないし。いやいやいやいやでもでもでも先に進むためには告白するしかないし――。


 撮影している時のあたしの頭の中はそんなことばっかりだった。


 告白の言葉はあたしなりに考えてきたはずなのに、もうすべて吹っ飛んでいた。まだ告白本番じゃないのに、すでに頭の中は真っ白だ。


 これは、アレだ。いつもよりシュウがカッコいいからだ。だからこんなに告白するのに緊張するんだ。いつものシュウに学校で告白するんだとしたらこんなに緊張なんてしなかったはずだ。そうに違いない。だからあたしは悪くない。悪くないんだって!


 なんて誰に言い訳しているのかわからないお花畑だったから、あたしは見逃していたのだろう。今日のここまでの目論見がうまくいっていたから頭から抜けていたのだろう。


 あたしの親友がなアイドル様だということを。











 一通りの撮影が終わり、スタッフが撤収作業を始めたころ。あたしとシュウは制服に着替えなおし、現場の人に挨拶をしていた。


「今日はありがとうございましたー!」

「お世話になりました」


 二人であいさつに回る。あたしとシュウの距離感は普通の高校生の男女に比べたら親密に見えるみたいで、何度か「二人ってホントは付き合ってるんじゃないの?」なんて聞かれたりもした。もちろんそう言われる度に否定するんだけど、あたしは内心めちゃくちゃ喜んでいた。


「シュウ君、今日はありがとうね。初めてのモデルとは思えないほどとっても良かったわ」

「ありがとうございます。緊張したんですけど、お眼鏡にかなったのならよかったです」

「もう、大満足よ! どう? これからも読者モデルやってみる気はない?」

「あー……今日はたまたま白神に呼ばれてきただけなので……」


 なんて加賀美さんとも話したりなんかして。


 あたしが連れてきたシュウが皆から評価されると、あたしが嬉しくなる。


 そして。


「それで、ちょっと話したいことがあるってなんだ? 白神」


 あたしは撮影中にシュウに「撮影が終わった後ちょっと話したいことがある」と話していた。ちょっと話したい事っていうのはもちろん告白のことだ。


 挨拶も終わってもうあたしとシュウは帰るだけ。現場はまだ撤収作業をしているから、誰もあたしたちに注目していない。二人きりじゃないけど、二人だけの空間。


「ね、シュウ。あたしさ、小学校の頃からずっとシュウと仲良くしてきたじゃん?」

「そうだな」

「普通さ、男女でこんなに長いこと仲良くするってありえないじゃん?」

「……そうなのか? ――ああいや、普通はそうなのかもな。美優も白神も仲良くしてくれるから実感ないけど」

「それってさ、何か理由があると思わない?」


 心臓がバクバクとうるさく鳴り響く。あまりにもうるさすぎてシュウに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいだ。


 シュウはあたしが言いたいことがよくわかっていないのか、首を傾けながら「理由……?」なんて呟いている。本当にわかっていないのかわからないふりをしているのか。それを気にする余裕は今のあたしにはなかった。


「うん」


 一息置く。シュウの目をまっすぐ見つめる。あたしは震える声を無理やり誤魔化して、続きを告げた。


 告げようとしたのだ。


「例えばなんだけど、あたしがシュウのこと――」




「迎えに来たよ、シュウ君」




 がやがやとスタッフの声が飛び交い、機材や資材のガチャガチャといった音が響く室内。あたしとシュウの会話なんて誰も聞いていない二人だけの空間。


 二人だけの空間だった場所に、今あたしが一番聞きたくないと思っていた、聞くはずがないと思っていたの声が飛び込んできて。


 世間を賑わす天才的なアイドル様が笑顔で出入り口に立っていたのを見た瞬間、あたしはあたしの告白が失敗したのを悟ったのだった。

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