君はあたしの親友で、好きな人(有紗視点)

 正直に言って、あたしは男の人が苦手だ。


 直接的なきっかけは中学の頃、背が急に伸びて大きくなったあたしを男子がからかってきたことだったと思う。別にいじめられていたとかそんな大げさなものじゃなかったけど、無遠慮に投げかけられるからかいの言葉はあたしの心に傷を付けるのには十分だった。


 でも、言ってしまえばそれはあたしが男の人を苦手だって自覚するきっかけに過ぎなくて、本当のところは小さい頃から薄っすらと男の人が苦手だったんだと思う。


 小学生の頃、男子と二人で話すことがなんとなく嫌だった。


 男子とペアを作らされることが、なんとなく苦痛だった。


 集団登校の班長が多少強引なきらいのある男の子で、あたしはその子のことが苦手に感じていた。


 小さい頃から感じていたなんとなくの感覚。それが表面に出てきて自覚できたのが中学の頃の出来事がきっかけだったっていうだけで、あたしが男の人が苦手なのは特に大きな理由があったわけじゃないんだって。


 その『男の人が苦手』という気持ちは今も続いていて、あたしは高校生になってから男子と二人きりになったことが無いし、何か明確な用事があるとき以外で自分から男子に話しかけたことが無い。


 それは出版社とか事務所に声をかけてもらって読者モデルをしてる時も一緒だった。


 ティーン向けの雑誌の読者モデルで、その中でも女性ファッション誌のモデルだったから、基本的には仕事の現場には同年代の女子とか、年上の女性の姿が多かった。


 でも当然だけど仕事は女性だけでやってるわけじゃないから、スタッフさんの中には男の人だっているし、読者モデルだって時には男子のモデルと一緒に仕事をする時だってある。


 これはあたしの百パーセント偏見なんだけど、男子で読者モデルをやってるような人は、何故だかめちゃくちゃ自分に自信のある人が多い。いっぱしの芸能人気取りで、軽薄な人ばっかりだ。


 自分が女の人に声をかければ靡かない人はいないとでも思ってるのか、なんかすっごい自信満々に話しかけてきたりする。


「今度一緒にご飯でも行かない? 俺、いい店知ってるからさ。一見さんお断りってやつ? 俺と一緒なら入れるから行こうよ」


 なんて、あたしの都合も聞かずに一方的に言ってきたり。もちろんあたしは返事なんてせずに丸っと無視するんだけど。気持ち悪い笑顔でそんなこと言われて、誰がお前なんかとご飯になんか行ったりするもんかって。流石に口には出さないけどさ。


 あたしの見た目も多少は影響があったのかもしれない。


 明るく染めた髪に、派手な見た目に見えるように、ばっちりと決めたメイク。制服は多少着崩して、胸元は緩くスカートはそれなりに短く。手首には可愛い腕時計とカラフルなシュシュなんか着けてて、持ってるバッグは可愛らしいキャラクターのキーホルダーとか缶バッジでデコレーションしてる。


 いわゆる『ギャル』って呼ばれるような派手な見た目を敢えてしているからか、軽い女の子だと思われてるのかもしれない。そんなつもりでこの格好をしてるわけじゃないんだけど、そんなこと相手は知らないしあたしも話すつもりもない。


 あたしの派手な格好は、美優との差別化だ。それと、学校で男子から自分を遠ざけるための鎧だ。


 美優は黒髪清楚の、大和撫子って感じの印象の女の子だ。大きな瞳に、艶のある綺麗な黒髪。すっごく気を使って髪も肌も手入れをしてきてることを知ってる。素の見た目であたしがそこに並べないことも。


 だから美優と違った見た目に自分を変えた。『読者モデルのためだから』って適当な理由をつけて学校に髪を染める許可を貰って、制服の着こなし方もメイクの仕方も一生懸命勉強して。


 それと、あたしが通う高校は曲がりなりにも進学校で、基本的にはみんな大学進学を目標に勉強をしている。つまり、根は真面目な人が多くて、そういう男子はのことは苦手だったりする人が多い。だから、高校であたしに声をかけてくる男子はそんなに多くない。


 オタクに優しいギャル、なんてあたしを見ながら言ってた言葉も聞こえてきて、あたしでどんな妄想してるかなんて知らないけど、実際にあたしに関わってこなければどうでもいい。気持ち悪いとは思うけど害はないから。


 そんな、男の人のことが苦手なあたしの唯一の例外がシュウだった。


 小さな頃から友達で。

 小さな頃からあたしの好きな人で。


 消え去るはずだった小学生の淡い恋心。それを消すことのできないドロドロとしたものに変えてきた男の子。


 シュウとだけは二人きりになるし、シュウにだけは用事がなくたって自分から話しかけに行く。シュウに誘われたらどこにだって着いて行く。特別な場所なんかじゃなくても、そこら辺にある公園だってシュウと一緒に行けばあたしにとっての特別な場所に早変わりだ。


 あたしは、シュウが好きだ。美優がいたって、玲がいたってこの気持ちは変わらない。


 シュウが誰と付き合おうが構わない。最終的にあたしが傍にいれればそれでいい。


 それがあたしの恋愛だ。






 シュウと読者モデルの撮影に行く、ちょっと前の話だ。


 美優がテレビでシュウとの関係を匂わせるようなことを言って、シュウの周りが騒然となったあの時。


 シュウは美優がテレビであんなことを言った意味を図りかねていて、学校でもちょっとお疲れ気味だった。


 そんなシュウをちょっとでも励ましてあげたくて、あたしはあたしなりに元気な声でシュウに声をかけて、いつも通りの日常を心掛けた。あたしの前にシュウの友達の香取が話しかけてたみたいで、先を越されたのがちょっと悔しかったのはシュウには内緒だ。


 その日の放課後はシュウは生徒会の仕事があって、帰りのホームルームが終わった後は生徒会室に行ってしまった。美優は相変わらずアイドルの仕事で学校にいないし、シュウが生徒会ということは玲も一緒で生徒会の仕事があるということで。


 あたしは読者モデルの仕事もないし、他の友達と遊ぶのもなんだか気分じゃなくて、その日はクラスで友達に挨拶だけしてさっさと家に帰った。


 玲はクラスが違うし、美優はアイドルの仕事で忙しくて学校にいないから、三人の中で普段の教室でシュウと接するのはあたしだけだ。だから、クラスの日常はあたしのターン。今日みたいな生徒会の仕事がある日は玲のターン。その他の時間は美優のターン。


 別に何か取り決めみたいなものがあるわけじゃないけど、なんとなくそうなってるとあたしは思っている。


 だから今は玲のターンだ。あたしは家に帰って自分の部屋で漫画を読みながら、これからのことを考えていた。


 美優が行動を起こしたっていうことは、美優の中での方針が変わったっていうこと。たぶんこれまでみたいにじっくりゆっくり距離を詰めていくなんてことはしなくて、これから一気に距離を詰めていくんだと思う。


 別にシュウと美優がくっつくことは構わない。元々そうなるもんだと思ってたから、むしろそうなってからがスタート地点というか。あたしと玲の本当の戦いが始まるというか。


 シュウへのアプローチと、美優の説得。その両方をどう進めていくか――なんて考えていると、ベッドに放り投げていたあたしのスマホが鳴り響いた。電話の着信を告げる音だ。


 読んでいた漫画を置いてスマホの画面を見る。そこには『成田玲』の文字が映し出されていた。

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