私と幼馴染とアイドルと(美優視点)

「おはよーございまーす!」


 番組撮影の為に訪れたテレビ局で、同じ出演者の人の楽屋に挨拶をして回る。今日はバラエティ番組の収録日だ。


「おー、おはよーさん」


 楽屋でくつろいでいた出演者から気の抜けた返事が返ってくる。この道何十年っていうベテラン司会者で、私の芸歴では逆立ちしたって生意気言えるような立場の人じゃない。


 まあ、私としてはあんまり興味ないんだけど。流石に事務所のこともあるので失礼な態度はとれない。挨拶をするときはこっちから足を運んで、こっちから声をかける。基本中の基本だけど、こういうことの積み重ねで『アイドル高島美優』の印象を上げていくのだ。


「今日はどうぞよろしくお願いします! 胸をお借りさせていただく心づもりで、いろいろお話させていただきたいと思います!」

「元気でいいねー。今日はよろしくね!」


 挨拶を済ませて楽屋を退室する。それから何人かの出演者の人のところに挨拶に行って、自分の楽屋に戻ってきた。


 手近な椅子に腰を掛けて、自分のバッグの中からスマホを取り出す。時刻はまだ午後になって少しといったところで、楽屋にはお昼御飯用のお弁当が置いてある。


「シュウ君は私が作ったお弁当食べてくれたかなー?」


 シュウ君とお付き合いを始めてから初めて作ったお弁当。朝シュウ君を起こしに行く前に作って、仕事に行く前に渡してきた。


 シュウ君の好きなものも入れながら見た目の色どりもしっかり整えた渾身のお弁当だ。お弁当のレシピ集を見つつ、シュウ君のお母さんからシュウ君のお弁当箱を貸してもらって、お弁当箱に合うようにアレンジしたのだ。


 元々料理は将来のために練習してたから、お弁当を作ること自体は苦戦しなかった。シュウ君に食べてもらうところを想像しながら作るのはむしろ楽しかったくらいだ。旦那のお弁当を作る妻。今の時代だと時代遅れみたいに言われるかもしれないけど、私はそういう妻になりたいのだ。


 スマホでスケジュールの確認やメッセージの確認、返信をしていく。仕事先からの連絡や友達からのメッセージ。残念ながらシュウ君からのメッセージはなかったけど、今朝も起こしてあげたし明日も起こしてあげるし、なんならお付き合いだってしているのだからメッセージの一つや二つなかったくらいで落ち込んだりはしない。


 シュウ君は最初私とお付き合いしてる感覚がなかったみたいだったから、私がシュウ君を初めて起こしに行った日にをした。その場でキスまでしてしまったのはちょっとやりすぎたかなって思ったけど、結果的にシュウ君が本気になってくれたから結果オーライかな?


「次は何をしてあげようかなぁ……」


 奈々さんがメイクさんを連れて戻ってくるまで、私は方々にメッセージのやり取りをしながらそんなことを考えるのだった。






 私が所属する「スターライトエンタテインメント」に在籍しているタレントは、当然だけど私一人じゃない。私より年上の女優や俳優なんかも所属してるし、私より年下のアイドルだって所属している。


「せーんぱい♡ 今お暇ですかぁ?」


 収録が終わって事務所に帰ってきてちょっとくつろいでいると、可愛らしい猫撫で声で話しかけてくる女の子。


 大きな茶色い瞳に、艶やかな長い黒髪をツインテールに結んでいる。百五十センチちょっとくらいの身長にスリムな体系。私よりよっぽどアイドルらしく振舞おうとしているその女の子が、私の後輩の『桜井ユリ』だ。


「ユリちゃん。その猫撫で声気持ち悪いから止めてって前にも言ったよね?」


 シュウ君からのメッセージに返信している途中だったから思わず辛辣な言葉が出てしまう。まあ、この程度でへこたれる子じゃないから問題ないと思うけど。


「……美優先輩って時々めっちゃ辛辣ですよね」

「そんなことないよ。私ほど優しい人間はなかなかいないんだから」

「めっちゃ自己肯定感高い……」


 ユリちゃんが私が座っているソファーの隣に腰かけてくる。もう帰るところだったのか服装は私服で、手にはバッグを持っていた。


 私の肩に自分の肩をくっつけて私の顔を覗き込んでくる。ユリちゃんは何故だか出会った時から距離感が近い。


「先輩何してるんですか?」

「彼氏に返信」

「かれっ!? え!? 彼氏!?」

「耳元で叫ばないで。うるさい」


 シュウ君からの『今日の夜ちょっと時間あるか? 話したいことがあるんだけど』というお誘いのメッセージにどう返信するか。話の内容の予想はついてるから、あとはどんな展開に持っていくかだけなんだけど、どうしたらいいかなー。


 この後シュウ君の部屋で? でも家に帰ったらもう結構遅い時間だ。シュウ君は入れてくれるかもしれないけど、シュウ君のご家族に迷惑はかけられない。だったら通話? でもシュウ君が近くにいるのに通話で済ませるだなんて悲しすぎるし……。


 シュウ君にこそっと外に出てきてもらうとか? それもシュウ君の負担になってる気もするしなぁ……。んー……どうしようかなぁ?


「え、いや、先輩? なんでそんなに淡々としてるんですか? ていうか何堂々と彼氏発言してるんですか? スキャンダルじゃないですかそれ?」

「ユリちゃんにしか喋ってないからマスコミに流れたら発信源はユリちゃんだね」

「なんでそんなことするんですか先輩!?」

「ていうかユリちゃん。私今日だってテレビでについて喋ったんだからさ、その子が彼氏だって不思議じゃないでしょ? なんでそんなに驚いてるの?」

「いや、なんていうか、その……なのかと思いまして……。アイドルに本当に好きな男の子とか彼氏とかいたらマズいじゃないですか」


 いつの間にか私の隣から離れて、正面で身振り手振りで訴えてくるユリちゃん。まあ一般的なアイドル像からかけ離れているのは重々承知だ。私には関係ないけど、アイドルで本当の意味で頂点を目指そうと思ったらこんなことするなんて信じられないだろう。


 特にユリちゃんなんかは私と違って『アイドルになるために』事務所の門を叩いて努力している女の子だ。そんな子からしたらここ最近の私の行動なんて欠片も理解できないに違いない。


「ま、アイドルとして考えたらそうかもね。でもほら、私のファンは私のこと応援してくれてるし、シュウ君は私のことを受け入れてくれるし。私としてはなんにも問題ないんだよね」

「シュウ君……?」

「私の彼氏。幼馴染の男の子なんだ。もう、めちゃくちゃカッコイイの!」

「ああ、前に話してた……って、そうじゃなくて! 先輩大丈夫なんですか?」

「……? なにが?」


 ユリちゃんが真剣な顔になって私に詰め寄ってくる。


「応援のコメントに埋もれてますけど、今でも先輩のSNSに誹謗中傷のコメント送ってくる人っていますよね? 本当にバカだなって思いますけど、痛い目見ない限りはコメント送ってくるの止めないでしょう。それがコメントだけならまだマシです。先輩へのガチ恋勢とかが厄介ストーカーとかになったらやばいですよ。彼氏ができたー! なんていったら絶対ストーカーになるやつが出てきますって! まだまだ先輩に比べて無名みたいな私にだって一回出来ちゃったんですから! 先輩ならなおさらやばいですって!」


 言いながらヒートアップしてきたのか、ユリちゃんはどんどん距離を詰めてきてもう目の前にまで顔が迫っていた。


 私はそんな興奮しているユリちゃんの顔を両手で挟む。「むぎゅっ」と変な声を上げたユリちゃんを引きはがして立ち上がった。


「ストーカーのことはよくわかってるよ。シュウ君が危ない目に合うかもしれないし、もう事務所に相談済み。それじゃ、私もう帰るから。ユリちゃんも遅くならないうちに帰りなよ?」

「あ、はい……お疲れ様です」


 シュウ君に返信をしたスマホをバッグにしまって、ユリちゃんの脇を抜けて事務所の出口に向かう。


「心配してくれてありがとうね、ユリちゃん。ユリちゃんも何かあったら私に相談してくれていいからね?」


 そうユリちゃんに言い残して事務所を後にした。背後から聞こえた「せんぱーい♡ 愛してまーす♡」という声は聞こえないふりをした。

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