俺と幼馴染とアイドルと2

 美優が俺にキスをしてきた日から。


 美優の行動はどんどん大胆になっていた。


「シュウ君おはよー! 朝だよー!」

「……おはよう」


 仕事がある日でもない日でも、美優が朝起こしに来るのが当たり前になった。まあ起こしに来るってわかってるなら俺は起こしに来る直前くらいに起きるんだけど。この時間に起きなきゃなって思いながら寝ると大体その時間に起きれるからな。起こしに来る時間が大体同じだから、その時間くらいに目が覚めるようになった。


 でも俺が起きてると美優が露骨にがっかりするから、起きてはいるけど寝てるふりをしてベッドに沈み込んでいる。


「ねぇねぇシュウ君。今日は何とねぇ……」

「なんと……?」


 美優の仕事が休みの日は当然一緒に高校に行く。それは前と変わらない習慣なんだけど、キスの前と後で明らかに美優の俺に対する距離感が違う。


 前は仲が良くてもあくまで幼馴染だったから、歩いている俺と美優の間にはちょっとスペースがあったんだけど、今はそのスペースが無くなってほとんど肩と肩が触れ合いそうな距離で歩いている。


 俺たちのことを遠巻きにしか見てない人にはわからないような変化だけど、逆に言えば俺たちと仲のいい人たちにはとても分かりやすい変化なわけで。


「シュウ、なんか最近美優と仲いいじゃん。何かあった?」


 白神にこんなことを聞かれるのも当然のことだった。


 美優が仕事の日の昼休み、白神と教室で弁当を食べようというときに小声で尋ねられた。


 俺と白神は席が隣同士だし、小学校からの友達ということもあってちょくちょくこうやって弁当を一緒に食べている。普段はそれぞれの男友達とか女友達とかと食べることが多いけど、週に一回か二回くらいの頻度でお互いに声を掛け合っていた。


「何かあったというか、なんというか……」

「んー? シュウにしては珍しく煮え切らないじゃん」


 白神が弁当を自分の机の上に広げながら言ってくるけど、俺はそれに答えあぐねていた。


 美優との間に何かあったのか? もちろんあった。美優からキスをされたし、あの後から正式に美優とを始めた。


 やっぱり俺は美優がいない生活なんて考えられなかったし、そういう気持ちは一度しっかり自分の中に落とし込んでしまえば『男女の好き』の気持ちだということもじわじわだけど自覚することもできた。


 だから美優と付き合い始めたことに何の後悔もないんだけど、付き合い始めたことを周りの人に言うかどうかはまた別の話だ。


 美優は俺と付き合ってることに関してアイドルとしての立場からの話は一切してこなかったけど、流石にアイドルが付き合ってる男がいるなんて周囲に言い回られるのは困るだろう。


「まあ、別に喧嘩したわけじゃないからさ」

「いや、あの仲睦まじさで喧嘩してたら逆に怖いわ!」


 白神に返事をしながら俺も弁当を取り出す。


 二段弁当を分解して蓋を開ける。一段目は白いご飯の上にそぼろがかかっていて食欲をそそる匂いがする。二段目には俺の好きなから揚げに加えてレタスやトマトなどの色どり鮮やかな野菜や、半分にカットされた春巻きが入っていて、見た目鮮やかながらしっかりとしたボリュームのある男子高校生が食べて満足できるような中身になっていた。


「あれ? なんかシュウのお弁当の中身いつもと違うね?」

「そうか?」

「いつもはもっとこう、茶色ばっかりでまさに男子高校生のお弁当! って感じだったじゃん。でも今日はなんというか、お弁当雑誌とかに載ってそうなSNS映えしそうな綺麗な感じでさ」


 確かに、俺のいつもの弁当は白神が言っている通り揚げ物とか肉とかがふんだんにぶち込まれた茶色い弁当だ。俺の好きなものを入れとけば文句言ってこないだろ、みたいな母さんの思惑が透けて見える中身で、まあ俺はその弁当の中身に特に不満とかもなかったから何も言ってこなかったんだけど。


 それが今日は色鮮やかな弁当だから白神も不思議に思ったのだろう。


「まあ、そういう日もあるよ。それにしてもよく気付いたな。俺人の弁当の中身なんて全然覚えてないぞ」

「た、たまたまだよ、たまたま! いつも茶色だったから覚えてただけ――あ、もしかして」


 喋っている途中で白神がふと何かに気付いたように言葉を変える。頭の上に電球がピーンと点灯してそうな変化だ。


「そのお弁当、美優が作ったんでしょ」


 周りに聞かれないようにか、低く小さな声で確信を突く白神に俺の肩がびくりと揺れる。


 確かにこの弁当は美優が作ったものだ。今朝起こしに来た時に渡された。「渾身の出来だから美味しく食べてね!」なんて可愛らしく言われたら受け取らないわけにはいかない。


「最近仲が良かったし? 美優もなんかテレビでイケイケって感じだし? もしかしてシュウと美優って――」

「は、早く弁当食べようぜ! 昼休み無くなっちまうよ!」


 俺は白神の声を遮るように告げると、箸のケースをパカっと開いて弁当を食べ始める。


 俺と美優が付き合ってることはやましいことじゃない……はずだ。もちろんアイドルと付き合うっていうのは世間的に見ればファンからの批判は受けるだろうが、犯罪を犯しているわけでもお互いが納得していないわけでもない。美優も「シュウ君とお付き合いするのは別に契約違反じゃないよ?」って言ってたから事務所的にも違反してるわけじゃない。事務所の人がどう思うかは置いておいて。


 まあでも、やっぱり超人気アイドルに彼氏がいるなんていうのはあまり周りに言うのはよくないわけで。それは友達の白神にだって変わらない。


「ふーん……シュウと美優がねぇ……」


 白神のそんな呟きも聞こえないふりをして、俺は弁当を掻き込むのだった。


 すまん美優! 味がわからねぇ……!






 なんて俺が学校で葛藤してるにもかかわらず、美優は相変わらずテレビで俺との関係をぶちまけていた。


『今日は、この間一緒に写真撮られた子にお弁当作ったんですよ! おいしく食べてくれたらいいなぁ……!』


 なんてバラエティ番組のひな壇に座りながら、司会者に向かってしゃべる美優。自分の部屋で美優が出る番組を見ていたら飛び込んできた光景だ。


 司会者の人は『アイドルがそんなこと言ってええんかいな!』なんて笑いながら言って上手に流してくれてるけど、流石にそれでも無理があるわけで。


 美優の公式SNSを見に行くと、また誹謗中傷の書き込みがされている。美優は「そんなのまったく気にしてないよ」なんて言ってたけど、まったく気にしないなんてそんなことあるはずない。表情に出さないだけで傷ついてたっておかしくはないのだ。


 一つ救いなのはそう言った誹謗中傷のコメントは本当に一部だけで、その他のコメントは応援するコメントが圧倒的に多いということだった。


 前々から美優のファンは女性のファンが多かった。テレビとか雑誌とかの美優の姿が、全く他の男性に媚びた様子が見られないから、みたいな理由で女性からの支持が結構あったのだ。そういった女性のファンは、美優がテレビで俺とのことをしゃべっても応援してくれている。


 美優にも考えがあるんだろうけど、心配なんだよな。今日あたり夜美優と話し合うかな。


 俺はテレビから聞こえてくる美優の声を聞きながら、スマホを手に取って美優にメッセージを送ったのだった。

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