俺と幼馴染とアイドルと
ゆらゆら。ゆらゆら。
はっきりとしない意識の中、自分の意志ではない力によって体が揺さぶられている。
揺さぶられているということは、誰かに触られているということで。
これまでの俺の人生の中で俺が寝てる間に体を揺するような人間は、少なくとも高校生の今になるまで存在しなかった。いや、よしんば俺が覚えていない小さい頃とかに母さんに揺すられたりしていたかもしれないけど、俺が物心ついてからはそんなことをされた覚えはない。
俺は自分で言うのもなんだけど寝つきも寝起きもいい方で、生きてきた中で一度も遅刻したことがない。誰かに起こされた覚えも殆どない。
「……シュ……ん! ……ウく……!」
たれかが俺を呼んでいる。なんだかその声はとても聞き覚えがあるような気がする。具体的には小さい頃は毎日聞いていて、最近聞く機会が減ってしまっている、そんな声だ。
瞼の下からでも周囲が明るくなっているのがぼんやりとわかる。カーテンの隙間から朝陽が差してるんだろう。つまり今は朝で、しかも俺が起きる前ということはだいぶ早い時間だということ。
「シュウくーん。おはよー!」
……いや、幻聴のたぐいだろ、これは。俺はまだ寝ぼけてるし、目も開けてない。夢の途中でちょっと意識が覚醒しただけだ。たまにあるじゃん? あ、これ夢だなーってわかる夢。それと同じだよ。うん。
「もう……寝坊助さんなんだから」
体にかかっている布団を掴んで寝返りをしようとする。もぞもぞと右手を顔のあたりまで持ってきて――
「もう朝だよシュウ君! おはよう!」
突然がばっと布団がはぎとられて、俺の右手は空を切った。
「……美優。なんで俺の部屋にいるんだ?」
布団をはぎ取られて夢のヴェールがはぎ取られたことで、俺は仕方なく現実に目を向ける。寝ぼけてたとか、夢の中だとか思いたかったけど、そんな俺の願いは儚くも崩れ去った。夢だけに。
「なんでそんな当たり前のこと聞くの? シュウ君を起こしに来たに決まってるじゃん」
目を開けてベッドの脇に立っている美優を見上げる。高校の制服をきっちり着こなし、薄いながらも目鼻立ちのはっきりとしたメイクをして、俺の布団を両手に握った美優が不思議そうな顔で俺を見下ろしていた。
「なんでそんな不思議そうな顔してるんだ……? 朝から俺の部屋にいる方がおかしくね……?」
美優は可愛らしく顔を傾けて「何言ってるかわかんなーい」なんて言ってるけど、俺何か変なこと言ってるか……?
幼馴染が朝部屋に起こしに来るのなんて漫画とかラノベの中の話だけ。現に今まで生きてきた中で美優が俺の部屋に起こしに来たことなんて無かった。
それが、何故か美優が目の前にいる。なんで? ていうかどうやって入ってきたの? 俺と美優の部屋って窓から行き来できるほど近くないし、そもそも俺は寝るときは窓の鍵締めて寝るんだけど……?
「どうやって俺の部屋に入ってきたんだ……?」
「……? おばさんに挨拶したらそのままここまで通されたよ?」
「かあさーん! なんで美優俺の部屋に通したんだよー!」
美優の言葉に思わず叫んでしまう。俺の声が一階の母さんに届いたのか、ドアの外から「うるさーい! 起こしてもらったんなら朝ごはん食べに降りてきなさい!」なんて叫び声が聞こえてきた。
「……いや、そもそもなんで俺の部屋に来たの?」
今までそんなことしてなかったよね? と言外に滲ませながら体を起こす。美優はいつの間にか俺からはぎ取った掛け布団を俺の足元に綺麗にたたんでいた。
「シュウ君の幼馴染で彼女なんだから、朝起こしに来るのなんて当たり前じゃない?」
「はぁ……はぁ!?」
何食わぬ顔で『彼女』と口にする美優に、思わず声が漏れる。
「彼女って、美優……?」
「彼女でしょ? だって私のこと受け止めて抱きしめてくれたじゃん。もうこれは付き合ってるって言っても過言じゃないでしょ? それともシュウ君、あれは遊びだったの……?」
「遊びとか、そういうんじゃないけどさ。えぇ……?」
あれって付き合うとか交際とかカップルとかペアとかそういう話だったの? なんか俺のせいで美優が思い悩んでたみたいだったから受け入れて支えてあげようって感じだと思ってたけど、それを通り越して男女のお付き合いの話だったの……?
「シュウ君」
美優が声を低くして、真面目なトーンで俺の名前を呼ぶ。腰を折ってベッドに座っている俺に目線を合わせてくる。
「私はシュウ君のこと好きだよ。幼馴染としてもそうだけど、一人の男の子としてもそう。この前も言ったけど、アイドルをしてる私に寄ってくる他の男なんて全員どうでもいいの」
「美優……」
「私はシュウ君の傍にいたいの。幼馴染としてじゃなくて、一人の女の子として。私はこの間そういう話をしたつもりだし、シュウ君はそれを受け入れてくれたと思ってる。……ちがう?」
幼い子供に言い聞かせるような、それでいて大人の女性の醸し出す切なさを秘めたような、そんな不思議な表情と声で俺に告げてくる美優。
そんな美優に、俺は寝起きで十全に回りきらない頭を必死に回す。
俺は美優が嫌いなわけじゃない。むしろ好きなんだけど、その好きは今まで女の子としてじゃなくて幼馴染としての好きだった。俺は美優と幼馴染以上の距離に詰め寄ったことはないし、美優からも詰め寄ってきたことはなかった。
それが先日、美優に押し倒されて美優の気持ちを聞いた。俺はそれを受け止めたけど、その受け止め方が美優と俺で違っていた。
美優は俺と付き合いたいと言う。ていうかもう付き合ってるつもりだった。
対して俺は……? 美優にここまで言わせて、俺は何も返さないのか……?
流石にそれは違うんじゃないか。それは美優に対して不誠実なんじゃないか。
そもそも、俺だって美優と似たようなもんだ。美優のいない生活なんて今更想像できない。物心ついた時から今まで、ずっと一緒にいたんだから。最近美優が忙しくて会う機会が減っていたとはいえ、それでもメッセージのやり取りなんかは頻繁にしてたし、美優の休日にはほぼ必ず顔を合わせていた。
その生活に俺は不満なんて覚えたことなかった。そもそも俺がこれまで努力してきたのは美優を助けたいと思ったからだ。今までそうすることが当たり前だったから何も考えてなかったけど、普通好きじゃない相手にそんなことしなくね?
「美優……」
「シュウ君……」
俺に目線を合わせている美優に、俺もしっかりと目線を返す。自分の考えを整理して改めて美優を見る。なんだか、いつもよりとても可愛らしく見えるような気がした。いつも可愛すぎるから明確に感じるわけじゃないんだけど。
美優の目を見つめていると、心なしか美優の顔が近づいてきている気がした。瞬きをするごとにちょっとずつ……っていや、これ気のせいじゃないな!? めちゃくちゃ近づいてきてるんだけど!? いつの間にかもう指一本分くらいの隙間しかないんだけど!?
まつ毛なが……! 唇ぷるぷるだな……! え、やばい、めちゃくちゃ可愛い。
「――!」
俺の思考が美優の可愛さに埋められた瞬間、唇にこれまでの人生で一度も感じたことのない柔らかさを感じた。それと同時に耳に届くささやかなリップ音。
めちゃくちゃ長く感じたその一瞬が終わると、美優は素早く体を引いて俺に背を向けた。
「じゃ、じゃあシュウ君。一階で待ってるから早く降りてきてね!」
耳を真っ赤に染めて俺に背を向けたままそう告げると、美優はパタパタとスリッパの音をあわただしく鳴らしながら俺の部屋から出て行った。
――――結婚しよ。
美優が部屋から出て行く姿を眺めながら、俺は心の中でそう呟いた。
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