あなたは私の幼馴染で、王子様4(美優視点)

 私が久々にシュウ君と一緒に高校に登校した日。周りからはいつもと違う視線が私に投げかけられたけど、私は気にせずにいつも通りの一日を過ごした。


 ただ見られるだけなら何とも思わない。SNSで送られてくる誹謗中傷の方がよっぽど酷いこと書いてるし、そもそもシュウ君が傍にいるのだ。シュウ君以外のことに少しでも神経を使う余力なんて私には存在していない。


 シュウ君は久々に会った私に気を使ってくれた。大丈夫か? なんて心配してくれたし、以前よりもよく周りを見て私のために動いてくれていた。


 私はそれがたまらなく嬉しくて、登校してる間も学校にいる間もずっと上機嫌だった。だから教室で有紗に


「ね、美優。よかったの? アレ」


 なんて聞かれたときも、穏やかな気持ちでニコニコしながら受け答えすることができた。いや、まあ有紗から何を聞かれたって別に怒ることなんて無いんだけど。


「なんのこと? ……っていうのは今更だよね。うん。別によかったよ? 事務所でも怒られなかったし」

「ふーん。まあ美優が言うんならそうなんだろうけど。びっくりしたんだからね?」

「ふふっ、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど、ちょっと思うことがあってね?」

「玲にも後で一言何か言っといた方がいいと思うよー?」

「うーん……そうだね。玲ちゃんにも後で謝っておくね」


 有紗と玲ちゃんに何も言わなかったのはわざとなんだけど、そんなことをあえて言う必要はない。私は有紗も玲ちゃんも友達だと思ってるし、これからも仲良くしていきたいと思ってるけど、それとこれとは話が別だ。


 私と会話をしながらもシュウ君の様子をちらちらと伺っている有紗。私が忙しくてシュウ君と一緒にいる時間が減ったのをいいことに、シュウ君を半ば強引に生徒会に誘った玲ちゃん。


 二人がシュウ君のことを男の人として好きだということに、私が気づいていないわけがないでしょ?


 私は二人からその手の話を聞いたことが無いし、私から二人にしたことも無いけど、たぶんお互いにそれぞれシュウ君のことが好きだということに気が付いている。私が二人のことに気付いているように、二人も私のことに気付いているだろう。


 まあ私はシュウ君が好きだという態度を隠したことはないし、玲ちゃん相手にはをとったこともある。有紗相手にもシュウ君と遊びに行くときは連絡してって言ってたし、これで気付かれない方が無理がある。


 そういう態度は二人を牽制するためにしてるのだから、気付いてくれてないと意味ないんだけどね。


 そんな私の態度と同じくらい二人のシュウ君に対する態度は露骨だ。


 有紗は派手な見た目のギャルっぽい感じで普段のノリも軽い方で、クラスの男子とかとも普通に話したりする。でもそれは表面上だけで、本当は中学の頃男子にからかわれたせいで男の人がちょっと苦手になっていることを私は知っている。だから有紗は男子と二人きりになんて絶対ならないし、自分から男子と遊びに行くこともない。シュウ君を除いては。


 玲ちゃんは自分も優秀だし、お兄さんがとても優秀ってこともあって同い年とか同年代の男子にほとんど興味がない。話しかけられたら答えるけど、自分から話しかけに行ってる姿なんて事務的なもの以外出会ってから一度も見たことない。女子とすらそんなに遊びに行かないのに、男子と遊びに行くのなんてもっての外だ。シュウ君を除いては。


 そんな二人の態度は、そのまま私にも当てはまる。


 私は仕事や用事以外で男の人と会話をすることがまずない。学校でもそうだし、仕事でもそうだ。アイドルをしていると俳優とか男性アイドルだとか、男性アナウンサーだとかスポーツ選手だとか実業家だとかいろんな人に声をかけられるけど、仕事以外の会話はまったくしてこなかった。シュウ君以外の男の人はそこらの石ころと一緒だし、私の知る限り道端に落ちてる石ころに話しかける人間なんていない。


 そんな私が、シュウ君にだけは積極的に話しかけて、しょっちゅう二人で遊びに出かけるのだ。気付かれない方がおかしい。


 私たち三人が三人ともお互いの気持ちに気付いている。でも、これは決して三竦みの状態じゃない。


 私が一番だ。私がシュウ君の一番だ。


 今まではずっとそうだった。それが恋愛的な意味かはさておいて、シュウ君の家族以外の他人で一番だったのは間違いなく私だ。


 だから私は二人のことをそれほど気にしていなかった。二人がいくらシュウ君と時間を重ねて仲良くなっても、それは決して私が積み上げてきたものを超えられないと確信してたから。


 でも、シュウ君の言ったあの一言。あれで私の中の確信だったものが崩れてしまった。私の芯が、私の土台が崩れ去る思いだった。


 これからもシュウ君の一番でい続けるためには、これまでと一緒では駄目だ。


 そう思っての行動だったけど、それは当然あの二人にも同じことが言えるわけで。


 これからは、有紗と玲ちゃんがシュウ君に対して何を仕掛けていくのか、ちゃんと見ていく必要がある。


 私は有紗と会話をしながら、そんなことを考えていたのだった。






 何事もなく学校が終わって放課後。二人並んで歩いて帰って、私はシュウ君の部屋に来ていた。


 小さい頃は頻繁に足を踏み入れていたけど、なんだかんだアイドルになってからあんまり来れてなかったから、シュウ君の部屋の中まで入るのは久々だった。窓越しにはよく見てるんだけど、夜中は当然だけどカーテンかかってるし、昼間は仕事だからそもそも家にいないしで、ほとんど何も見てないのと一緒だ。


「シュウ君の部屋って、昔とちょっと変わったよね。なんていうか……そう、年頃の男の子の部屋みたいになったっていうか」

「どういうことだ、それ。……まさか、美優のアイドルグッズが置いてあるのが年頃の男っぽい部屋ってことか?」

「そうそう、そんな感じ。男子高校生なんて好きなアイドルのポスターとか、好きな漫画とかアニメのポスターとか部屋に飾ってそうって思ってたんだよね」

「いや、それは流石に偏見じゃね? 美優のアイドルグッズ部屋に置いてる俺が言うのもなんだけど」


 シュウ君のベッドに座りながらそんな会話をする。私はシュウ君の部屋に来たら必ずシュウ君のベッドに居座る。だってベッドが一番シュウ君の匂いが濃いし。


 久々に入ったシュウ君の部屋は、壁や勉強机の上に私のグッズが飾られていた。


 ファーストアルバムの発売記念ポスターとか、数量限定の缶バッジとか、ファンクラブ会員ナンバー一桁の記念の盾とか。


 シュウ君が私のことを一生懸命応援してくれてることは知ってるけど、こういうのを見ると実感が湧いてくる。本当は今にも嬉しさで叫びながら部屋中をゴロゴロ転がりたいような気分だけど、そんなことをしたらシュウ君にドン引きされてしまうのは間違いないから鋼の意志で体を押しとどめる。


 第一、私は今日そんなことをしにシュウ君の部屋に来たわけじゃない。シュウ君との関係を一歩どころか五歩くらい一気に進める決意でもってここに来たのだ。


「幼馴染の写真を部屋に貼ってるって考えると、なんだか変態さんみたいだよね」


 まずは軽くジャブだ。シュウ君の反応を誘う。


「ちょ、何言ってんだ美優は! 俺が貼ってるのはあくまでアイドルの写真であって、幼馴染の写真じゃねぇって!」

「えー? ほんとにー?」


 私の言葉に、シュウ君が慌てて否定してくる。可愛い。思わず笑ってしまった。笑った勢いに見せてそのままベッドに寝転んだ。


 それから、少し真面目な声を作ってシュウ君に問いかける。声、表情、仕草。アイドルの仕事をしていて培ってきたものを、今この部屋で発揮する。


「ねぇ、シュウ君」

「……なんだよ」


 私の問いかけに、シュウ君は言葉少なに返事をした。


「私はね、飾ってるよ。シュウ君の写真」

「……そうか」

「うん」


 シュウ君が否定したことを、私はしていると告げる。でも、どんな写真を飾ってるだとか、どんなふうに飾ってるだとか、そんなことは伝えない。伝えないことで想像してもらう。私のことを考えてもらう。シュウ君の脳の容量を、私に沢山割いてもらうのだ。


「シュウ君はさ、こうやって部屋で二人きりでいても、絶対に私に手を出してこないよね」

「手を出すって、お前、何言って――」

「ふふ……シュウ君、今初めて私のこと『お前』って呼んでくれたね」

「あ……嫌だったよな、すまん……」


 ――お前だって! お前ってあれじゃん。あの、昭和の夫が妻を呼ぶときに「お前」って呼ぶアレ! 初めて呼ばれた!


 なんて内心は喜び昂っていたけど、それは決して表には出さない。でも、嬉しいという気持ちを伝えることは忘れない。


「ううん、嫌なんかじゃないよ。むしろ嬉しい。また一歩シュウ君との仲が深まったんだなって感じられて。でも――」


 そこで一瞬言葉を切る。シュウ君は人と話すとき絶対に話している人の方を見ている。だから今視線は私の方を向いていて、位置的には私の全身が目に映ってるはずだ。


 それがわかった上で、私は足をベッドの上に持ち上げた。


 そんなことをすれば当然、制服のスカートのままの私の大事なところがシュウ君に見えてしまう。まあわざと見せてるんだけど、たぶんシュウ君は私から目を逸らすと思う。そういうところ律儀だし。


 そして案の定シュウ君は私から目を逸らした。


「シュウ君は私から目を逸らすよね」

「見えそうなんだから当たり前だろ。美優はもっと隠す努力をしろ」


 シュウ君が目を逸らしたのを横目で確認してから、私は体を起こしてシュウ君に近づく。


 シュウ君の紳士的な部分は好きだけど、今はちょっと邪魔。私は今日、シュウ君との関係を進めるためのここに来たのだ。


「私はね――もっと見て欲しいの、私を。私のことを一番に。私だけを」


 シュウ君の耳元で囁く。それから、私はシュウ君の肩を押して床に押し倒した。驚くシュウ君を押さえつけるように私はシュウ君に馬乗りになった。


「ね、シュウ君。私はシュウ君になら何されたっていいんだよ? 今ここで私の処女を奪ったっていいし、ストレスの発散に使ってくれたっていい。アイドルを辞めろって言うなら今すぐ辞めてもいい。シュウ君。シュウ君は私に何をしたい? どうしてほしい?」


 シュウ君の目を見つめながら私の気持ちを伝えていく。淡々と、早口にならないように。シュウ君を押し倒して、早鐘を打つ心臓を誤魔化すように。


「世間に振りまく笑顔なんてない。ファンに向ける愛なんてない。寄ってくる芸能人なんて全員どうでもいい」


 声に出していると、その声に引っ張られるように私の気持ちもだんだんと乱れていく。


 いつもならそんなことにはならない。普段なら演技をしてたって本当の気持ちまでは引っ張られたりしない。


 こんなの、シュウ君の前でだけだ。


「シュウ君だけ。私にはシュウ君だけが必要なの。なのになんであんなこと言うの? シュウ君がいなくなったら私、なんのために生きてきたのかわかんないよ。これからなんのために生きたらいいかわかんないよ」


 私の言葉に、シュウ君は震える声で「美優……」と私の名前を呼んだ。


「お願いだから、もう二度と私から離れようとしないで。私に何でもしていいから、私の傍からいなくならないでよ。お願いだから……ねぇ……シュウ君……」


 喋りながらいつの間にか私は泣いていた。


 シュウ君を振り向かせるための演技に力が入りすぎて泣いてしまったのか、それとも私の気持ちが抑えられずに泣いてしまったのか。……いや、理解できていない時点でなのだろう。


 やっぱり私にはシュウ君だけだ。シュウ君だけが必要だ。それだけなんだ。


 だからお願いシュウ君。お願いします。私を、高島美優をどうか受け入れてください――。


「わかった」


 シュウ君から返ってきたのはそんな短い一言だけで。


 それからその力強い腕で抱きしめられて。


「ありがと、シュウ君……」

「気にすんな。お互い様だ、お互い様」


 私は子供のようにシュウ君の胸の中で泣いたのだった。






「それで、シュウ君はいつ私の処女貰ってくれるの?」

「バっ! いい感じに終わりそうだったのにその話題蒸し返すなよ! だいたいそういうのはきちんとお付き合いしている男女がですね――」

「え、まさかシュウ君、さっき私のこと受け入れて抱きしめておいて、私とお付き合いしてないつもりだったの? うわーさいてーくず男ー」

「それとこれとは話が別だろ!?」


 この期に及んでそんな態度をとるなんて……。


 どうやらこれまで以上に積極的にいかないとダメみたいだね、シュウ君?

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