あなたは私の幼馴染で、王子様3(美優視点)
『高島美優は裏切り者だ! 俺たちファンを裏切った!』
『ありえねー。こんなクソブス誰も応援しねぇって』
『どんな神経してたらテレビであんなこと言えるわけ? ありえん死んでほしい』
私の公式SNSにリプライされる誹謗中傷の数々。宣伝のためにポストにぶら下がる、宣伝の内容とは全く関係のない人を傷つけるだけの言葉。
もっといろいろなことが書かれていたけど、そんな細かいところまでいちいち覚えていない。私にはどうでもいいことだしね。
「暇な人がいっぱいいるねぇ~」
私はひとり呟きながらSNSのページをスクロールしていく。
こういう誹謗中傷みたいなコメントとかリプライみたいなのがたくさんつくのはあらかじめ予想できたことだ。何せテレビでいわゆる「匂わせ」みたいなことを盛大に伝えたからね。逆にこれで何も言われなかったらそっちの方がびっくりする。
私は自分の部屋のベッドに寝転がりながらスマホを弄っていた。時間はもう深夜に差し掛かろうというところで、シュウ君はとっくに寝ちゃってることだろう。現にシュウ君の部屋の電気は消えている。
テレビでシュウ君のことについて話してすぐ、シュウ君からは何度も電話がかかってきたし、メッセージも送られてきた。テレビでの私の言ったことについて聞きたいんだろうけど、私はシュウ君からのメッセージをあえて全部無視した。
今まで私がシュウ君からの連絡を無視したことなんて無かったから、シュウ君は私が連絡を返さないことを不思議に思ってるかもしれない。私が毎日家に帰ってるってシュウ君は知ってるから、なんで連絡を返さないんだろうって首を傾けていることだろう。
私だって気持ちの上ではすぐにシュウ君に連絡を返したい。いつだってシュウ君と話してたいし、繋がってたい。でも、それじゃダメなのだ。それじゃ今までと何も変わらない。
だから私はあえてシュウ君からの連絡を無視している。こうすればシュウ君は私のことをいつもよりもっともっと考えてくれる。私のことも心配してくれていると思う。
このままシュウ君のことを焦らしてもいいけど、あんまり時間をかけすぎるとあの二人も動き始めちゃうかもしれない。後手に回るのはたぶんいい結果にならないだろうから、ちょっと早めに動いた方がいいかな。
『今週お休み貰えるから、そこでちょっとはなそ?』
シュウ君にメッセージを送る。シュウ君は寝てるだろうからこのメッセージに気付くのは明日の朝とかかな。
シュウ君と二人きりでお話。楽しみだなあ……。どこで話そうかな? ファミレス? 喫茶店? カラオケ? ……いや、外だと流石にちょっとまずいかな? 私はまったく気にしないけど、シュウ君が私のことを気にしそうだし。
だったらまぁ、シュウ君の部屋かな? 私がアイドルになってからあんまり行けてないし、久々にシュウ君の部屋でゆっくりするのもいいかも。私の部屋はシュウ君に入らせたことないし。ていうか基本ママとかパパにも入らせてないからちょっとね。
私はベッドの上から部屋を見回す。勉強机の上や、部屋の真ん中のテーブルの上。ベッドの頭のところや化粧台の上とか、至る所にシュウ君の写真が飾ってある。もちろんシュウ君だけが映ってる写真がたくさんいてあるのは不自然だから、私とのツーショットとか友達が一緒に映ってる写真とか、私の思い出が飾ってあるように見せている。
飾りすぎず、でも部屋を見れば必ずシュウ君の顔が目に映るように。なおかつシュウ君の部屋の窓からはシュウ君の写真が飾ってあるのが見えないように。何度もシュウ君の部屋に足を運んで、シュウ君の部屋から私の部屋がどう見えているかを確認しながら配置した、渾身の飾り方だ。
万一誰かが私の部屋に入ったとしても、思い出の写真をたくさん飾ってるんだな、って思う程度の飾り方。
よく漫画とかアニメとかのいわゆる「ヤンデレ」とか言われるキャラクターは異常な行動をして周りや主人公をビビらせてるけど、あんなのは創作の中だから許されてるだけで、あんなのを現実でやるなんて悪手以外の何物でもない。
好きな人のために全力になるのはわかるけど、それで異常行動なんてして周りの人間に「異常者」だなんて思われたら、現実では精神病院なんかに連れていかれてしまうだろう。そうなってしまえば本末転倒。好きな人に会えなくなる行動なんて百害あって一利なしだ。
だから、私は『私がシュウ君と引き離されるかもしれない』というような異常な行動をとるつもりはない。本当は部屋をシュウ君の写真だらけにしたいと思っていても、そんなことは絶対しない。ママかパパが部屋に入ってた時異常に思われたらまずいから。
この間はちょっと動揺しちゃってシュウ君に詰め寄っちゃったけど、もう大丈夫。私は私の持てる手段でもってシュウ君に私の想いを伝えていくのだ。
「シュウ君……待っててね♡」
スマホのホーム画面に設定しているシュウ君の笑顔の写真に向かって、私はそう呟いた。
翌日の朝、シュウ君からメッセージが届いた。
『予定だけ送って。俺が合わせるから』
なんて、私を気遣った内容で、それだけで私は朝からテンションがバリバリに上がりまくっていた。
あぁ~……シュウ君の優しさに触れてる……! 今なら何でもできそうな気がする!
そんな面持ちで事務所のドアを開けると、デスクに突っ伏した奈々さんの姿が目に飛び込んできた。
「おはようございまーす! ……どうしたんですか奈々さん?」
私が尋ねると、奈々さんは壊れたロボットみたいな錆び付いた動きで顔を上げた。
「おはよう美優ちゃん……朝から元気ですね……」
「まぁ、シュウ君から連絡あったんで当然ですよね」
「ごめん、何言ってるかちょっとわからないかも……」
死んだ魚のような眼をした奈々さんは「ちょっとコーヒー淹れてきますね」と言って席を立った。私は私用のロッカーに荷物を入れると、仕事場のソファーに座った。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
カップを二つ持った奈々さんが戻ってくると、私の前にカップを一つ置いてテーブルを挟んで向かい側にそのまま座った。
事務所の仕事場はデスクがいくつか置かれていて、打ち合わせに使うためのテーブルとソファーが置いてある。後は資料をしまってある棚があったり、シュレッダーとかプリンターがあったり。部屋の奥には給湯室があって、そこにはコーヒーメーカーやら冷蔵庫やらが置かれている。
今の時間帯、たまたま事務所にいるのは私と奈々さんだけだった。いつもは事務の人だったり営業の人だったりもいたりするんだけど、事務の人はまだ勤務時間じゃないし、営業の人とかはもう外回りに出て行ってるのかな。社長は知らない。いつも社長室か社外だから、あんまり事務所の中で顔を合わせることってないし。
「お疲れですね、奈々さん。目の下隈できてますよ」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「まさか私のせいじゃないですよねー?」
「あなた以外! いないでしょ!」
小声で叫ぶという器用なことをしながら、奈々さんは自分で淹れたコーヒーを煽った。ちゃんと家に帰ったのかわからないけど、奈々さんのスーツは早朝なのにすでにヨレヨレだった。
「まだクレーム対応してたんですか? そんなのプロデューサーでもマネージャーの仕事でもないじゃないですか。全部無視して帰ればいいんですよ」
私も奈々さんの淹れてくれたコーヒーを一口飲みながら奈々さんに伝える。
私のあの発言で誹謗中傷がSNSに書き込まれたように、事務所にも電話がかかってきたりしている。私からしたら人生を無駄にする全くの馬鹿げた行為だと思うんだけど、世の中には自分の怒りをとにかく誰かに殴り返されることなくぶつけたい人が結構いるらしい。
そんなのまともに相手しなくていいし、社長だって「登録してある電話番号以外からの電話は全て無視して切っていい」って言ってたから、事務の人なんかはそれに従って知らない電話番号からの電話には一切出てなかったりしてた。
「違いますー! これだからお子様は、世の中単純に事が回ってると思ってるんですから」
「あ、今私のことバカにしましたね!」
「嫌味の一つや二つ言っても罰当たらないと思うなー私は!」
あ、なんだかんだ結構奈々さん大丈夫かも。なんか元気そうだし。
「協力会社とか取引先とかに説明の電話とか資料の受け渡しとかをしてたんです。クレームの電話対応なんて私だってしてませんよ。美優ちゃん今自分がどれだけいろんなところと契約結んで仕事してると思ってるんですか」
「あ、はい……それは素直にごめんなさい……」
確かに、世間の誹謗中傷とかは気にしなければどうでもいいことだけど、仕事の取引先とかは困るだろうな。シュウ君のことで頭がいっぱいでそこまで頭が回ってなかった。
アイドルなんてイメージを売ってる商売なんだから、そのイメージに傷がついたら「私を使ってる」企業は困るだろうな。それなのに私がテレビであんなことを言ったから、取引先から問い合わせがたくさんあったに違いない。その尻ぬぐいを奈々さんはしてくれてたのだろう。
これは全面的に私が悪い。アイドルとしてカメラの向こう側のファンにどう見えるか、どう思われるかはだいたいわかるけど、そう言ったプロデュース的なところは私はあんまり気にしたことなかったから。
奈々さんに向かって深々と頭を下げた。
「素直に謝れてよろしい! ……なんて、まあ、気にしなくて大丈夫ですよ」
私の頭越しに奈々さんの声が聞こえる。私は思わず顔を上げた。
「美優ちゃんから話を聞いた時点でこうなることはだいたいわかってましたし。美優ちゃんのことを本気で止めようと思えば止められていたのも事実ですし。でもそうしなかったのは私や事務所なんです」
奈々さんは続ける。
「この一年間ほど、事務所の収入は美優ちゃんの仕事に頼ってる部分が大きかったんです。それは大の大人がまだ高校生の女の子に頼り切ってる最低な状況でした。でも美優ちゃんはそんな私たちの事務所でも、シュウ君っていう男の子と過ごす、美優ちゃんにとって一番大事にしてるであろう時間を削ってまで仕事をしてくれました。だから、美優ちゃんが私たちに言うわがままくらいどうってことないですよ。まだ十八歳の女の子なんですから」
「奈々さん……」
奈々さんからの言葉に、胸が少し熱くなると同時にちょっと座りの悪い気持ちにもなる。
私がシュウ君と過ごす時間を削って仕事をしてきたのは事実だけど、それは別にこの事務所のためじゃなくてそれが将来シュウ君のためになると思ったからだ。だから、そんな風に言われると素直に受け取ることはできない。
「美優ちゃんの考えてることはわかります。事務所のためじゃなくて自分のために働いたんだ……みたいなことでしょう?」
「……まぁ、そうですね」
「それでも、結果としてこの事務所にたくさん貢献してくれたのは事実です。だから、こういう美優ちゃんのわがままも事務所として全面的にバックアップします」
「奈々さん……!」
堂々とした態度で、私に微笑みながらそういう奈々さんに、窓から差し込む朝陽も相まって後光が差しているような錯覚に陥った。
私は「ありがとうございます!」とお礼を言うと両手を合わせて奈々さんを拝んだ。
私は私の好きにやってきたつもりだったけど、奈々さんたちがそんなことを考えてるなんて思ってもみなかった。
アイドルとしての仕事に情熱は無いけど、奈々さんたちのために頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
でもそれはそれとして。
「あ、ついでに私のわがまま聞いてもらっていいですか? シュウ君とお話したいんで今週休み欲しいんですけど。シュウ君には今週休み貰えるってもう伝えちゃいました」
「美優ちゃんは本当にブレませんね!」
そう叫ぶ奈々さんから、明日の休みをゲットした。やったね!
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