あなたは私の幼馴染で、王子様2(美優視点)

『彼とはお隣さん同士で、小さい頃からずっと仲良くさせてもらってるんです。高校も同じとこに通ってて、私がお仕事お休みの日の登下校とかは一緒に行くんですよ!』


 パシャパシャとカメラのシャッター音が鳴り響く。その度に眩しくライトが煌めいた。


 私は笑顔を浮かべながらテレビ局のアナウンサーの質問に答えていく。こういう質問が来ると予想を立てて、あらかじめ用意していた答えを。


『私がアイドルになったのも彼が背中を押してくれたからなんです! 失敗したら俺が慰めてやるから、なんて言ってくれて……』


 カメラの角度を計算して、少し顔を赤らめる。見ようによっては若干涙目に見えるような絶妙な表情を意識する。


 自分の表情を自在に変えるなんていうことはアイドルにとって必須技能だ。呼吸をするようにできないと天才アイドルなんて呼ばれたりしない。


『彼がいなかったら、今私はここに立っていません』


 そう言って質問に対する答えを締める。


 決定的なことは何一つだって口にしていない。私とシュウ君の幼馴染としての関係をほんの少しだけ話しただけだ。


 男女の付き合いだとか、私がシュウ君を好きなこととか、そういったことは一言も声に出してはいない。でも、私の声音と表情で十分に視聴者には伝わったはずだ。


 奈々さんに相談を持ち掛けてから数日。私はテレビであの写真のことについてインタビューに答えていた。






 白い大き目のソファーに絨毯が敷かれている。ちょっとおしゃれなテーブルが置かれていて、ソファーの上にはクッションがいくつか置いてある。木製のテレビ台に、大きなテレビ。キッチンと冷蔵庫が配置されていて、南側の壁には大きな窓が設けられている。


 私が所属するアイドル事務所『スターライトエンタテインメント』の休憩室で、私はソファーに腰かけ一冊の雑誌を眺めながらこれからのことを考えていた。


 私が持っている雑誌には一面で『高島美優熱愛発覚か!? 放課後お忍びデート!』なんて書かれた記事が掲載されている。


 記事には私とシュウ君が少し遠い位置から撮影された写真が貼られている。仲睦まじそうな私とシュウ君。手は繋いだりしていないけど、どちらも笑顔で歩いていて、何も知らない人が見たらきっと恋人に見えるような写真だ。


 その写真に合わせて、私とシュウ君が放課後にお忍びデートを楽しんでいると書かれている。二人は親密な間柄で、私の仕事が無いときはこうやって人目を忍んでデートを繰り返しているらしい。


 私たちの親しい人が見ればこんな記事嘘っぱちなんていうのはすぐにわかる。そもそも写真だって記事の内容と比べると違和感はある。写真の中の私とシュウ君は、何も変装なり人目を気にしたりなんて様子が全くない。全然お忍びなんていう雰囲気はないのだ。


 まあでもそれは私たちを普段から知ってる人が見て気づく違和感のようなもので、この記事をただ単に見ただけの人なら気にするようなものでもない……と思う。


「記事、出ちゃいましたね奈々さん」

「あぁ~……ホントにやっちゃいましたよこの子……! これで炎上したらどうするんですか!?」


 私の向かい側に座っている奈々さんに軽い調子で話しかけると、奈々さんは若干涙目になりながら炎上の心配をしてきた。


 今日の奈々さんは眼鏡じゃなくてコンタクトで、コンタクトだと少しだけ幼く見えて可愛らしい。ちょっと親近感がわく見た目だ。


「どうするか考えるのが奈々さんの仕事じゃないんですか?」

「それはちょっと違うと思うなぁ!」

「えー? ホントですかー? ……なんて、冗談ですよ」


 私は雑誌を脇に置いて、両手を上げて降参のポーズをとった。そうでもしないとなんか奈々さん私に飛びついてきそうだったし。テーブル乗り越えて。


「本当に実行するとは思いませんでした! まったく、美優ちゃんは自分が超人気アイドルだっていう自覚あるんですか!?」

「それついこの間も同じこと言ってませんでした?」

「同じことも言いたくなりますよ! ……はぁ。私の胃痛が……」


 そう言って辛そうな顔で自分の胃を抑える奈々さん。いそいそと自分の鞄から飲み薬を取り出して私に見せつけるようにテーブルの上に置く。いや、見せつけられてるように感じてるのは私の思い過ごしかもしれないけどね?


「……なんかごめんなさい。奈々さんの胃を痛めつける趣味はなかったんですけど……」

「そんな趣味あったらドン引きですよ!」


 そんな趣味、私もどうかと思う。


 まあでも、奈々さんの胃は痛くなってしまったけど、実際これは私の独断で勝手にやったことじゃないのは確かなことなのだ。流石に私でも事務所の社長から許可も得ずに、週刊誌に私のスキャンダルになりそうな写真を渡したりしない。


 ていうかたぶん今までも私とシュウ君の写真くらいはいくらでも撮影されてたと思うのだ。あの素人記者が撮影してるくらいだから、もっとプロの記者が撮影してたっておかしくはない。私は別に私とシュウ君の関係を隠したりしてるわけじゃないし。


 それでも今まで私とシュウ君に関する記事が出回らなかったのは、私とシュウ君が幼馴染以上でも以下でもない関係だったことと、たぶん社長が頑張って手を回してたからなんじゃないかなと踏んでいる。


 私は芸能界なんて全く興味なかったから知らないけど、一応社長は芸能界ではそれなりに名前が知られている人らしい。だからこんなプロデューサー兼マネージャーとかいう、激務間違いなしの役職が誕生してしまう零細企業でも芸能界で埋もれずに戦えているのだとか。お仕事で一緒になった他の事務所の人が教えてくれた。


 私はテーブルに置いてあった紅茶を手に取って一口飲む。ストレートティー特有ののど越しとわずかな茶葉の渋みが口から喉へ流れていった。


「でも、社長の許可はちゃんと取りましたから。許可くれたってことは社長も私が炎上するとは思ってないってことでしょう? なら大丈夫じゃないですか」

「それはそうなんですけどね! でも、お小言も仰ってましたよ。『思うようにするのは構わないが、それで発生する責任はしっかりと自分で背負うことだ』って!」

「私も直接言われましたよ、それ。任せてください! って言ったら許可くれました」

「ノリが軽いよぉ……」


 なんて言いながら奈々さんは傍に置いてあったタブレットを手に取った。タブレットの画面を付けると、スケジュール管理アプリを起動した。


「私の決意は軽くないですよ。絶対にシュウ君の傍にいられるようにしなきゃいけないんですから」

「そのシュウ君のことに対する熱意だけはホントすごいですよねぇ……」

「当たり前じゃないですか。幼稚園の時からずっとそうやって生きてきたんですから」

「そんなにシュウ君のことが好きなのに、どうして告白しないんですかねぇ……」

「私には私のやり方があるんですぅ!」


 そんなやり取りをしながらも奈々さんはアプリで関係各所と連絡を取り合い、スケジュールの調整をしていく。奈々さんが使っているアプリは私のスマホにも入っていて、奈々さんがスケジュールを入れると私のスマホにもそれが通知される仕組みだ。


「じゃあ、その美優ちゃんのやり方の後始末を一つ、片付けに行きましょうか」


 奈々さんがそう言った直後、私のスマホが通知音を鳴らす。


 それはさっきまで奈々さんが操作していたアプリと一緒のアプリの通知音で。


「テレビ局のインタビューです。内容はもちろん雑誌の記事について。どんなことを聞かれて、何を答えるかはもう頭の中にあるんでしょう?」

「もちろんです。任せてください!」


 私は勢いよく立ち上がる。


 遂に来た。私とシュウ君の関係を全国放送するときが。


 決定的なことは言わない。でも匂わせ程度では終わらせない。単なる幼馴染じゃないってことをわかってもらわなきゃ。


「シュウ君がいなきゃ私、こんなところにいなかったんだからね……?」


 早く会いたいなぁ、シュウ君――。

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