君は天才的なアイドルで、俺の幼馴染2

 色とりどりのスポットライトが会場を縦横無尽に駆け抜ける。


 中央のステージが光り輝く。耳をつんざくような大歓声が沸き起こる。


 俺は画面の向こうからそれを眺めていた。


 場面が移り変わる。


 穏やかな顔でトーク番組に映る幼馴染。大御所と呼ばれる司会者に一歩も引かずに、けれどもしっかり立てるそのトークは、番組の観客だけじゃなくて視聴者の心もしっかりと掴んだ。


 それも、俺は画面の向こうから眺めているだけだった。


 高島美優という女の子は、今世間を賑わす天才的なアイドル様だ。


 そして、小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染だ。


 アイドルが幼馴染なのか。それとも幼馴染がアイドルなのか。


 この二つのことに違いはないかもしれないし、あるかもしれない。


 それでも言葉にできない何かがあって、俺はそれをひしひしと感じていた。






「シュウ君の部屋って、昔とちょっと変わったよね。なんていうか……そう、年頃の男の子の部屋みたいになったっていうか」

「どういうことだ、それ。……まさか、美優のアイドルグッズが置いてあるのが年頃の男っぽい部屋ってことか?」

「そうそう、そんな感じ。男子高校生なんて好きなアイドルのポスターとか、好きな漫画とかアニメのポスターとか部屋に飾ってそうって思ってたんだよね」

「いや、それは流石に偏見じゃね? 美優のアイドルグッズ部屋に置いてる俺が言うのもなんだけど」


 久々に俺の部屋に入った美優は、まるでそれが当然だとでもいうように俺のベッドに腰を掛けた。持っていた鞄を足元に置いて、スマホを自分の隣に無造作に放った。


 俺は部屋の真ん中にあるテーブルの前に腰を落ち着ける。


 窓際に置かれたベッドに、小さな頃から使っている学習机。小さなテレビと本棚があって、クローゼットはしっかりと閉じられている。部屋の真ん中には丸い絨毯とそれに合わせた丸いローテーブルが置いてある。


 壁には美優のファーストアルバム発売記念のポスターが貼られていて、机の上には限定グッズがいくつか置かれていた。


「幼馴染の写真を部屋に貼ってるって考えると、なんだか変態さんみたいだよね」


 ポスターに目を向けながらそんなことを言う美優。

 それに俺は慌てて反論した。


「ちょ、何言ってんだ美優は! 俺が貼ってるのはあくまでアイドルの写真であって、幼馴染の写真じゃねぇって!」

「えー? ほんとにー?」


 ケラケラ笑う美優は、焦る俺なんかお構いなしだ。笑う勢いそのまま後ろに倒れてベッドに寝転んだ。


「ねぇ、シュウ君」


 笑いが収まって少しして、美優が俺の名前を呼んだ。その声音はさっきまでのふざけたような声音じゃなくて、俺が美優と一緒に過ごしてきた中で聞いたことのないような落ち着き払った声だった。


「……なんだよ」


 そんな美優の声に、俺はそう返すのが精一杯だった。

 そんな俺にお構いなしに、美優は話を続けた。


「私はね、飾ってるよ。シュウ君の写真」

「……そうか」

「うん」


 告げられた言葉に、どう返事を返せばいいのかわからなかった。


 美優は小さい頃は度々、成長してからは時々俺の部屋に来てたけど、俺は逆に美優の部屋には入ったことがなかった。だから、美優の部屋がどうなっているかは、窓越しにちらりと見える部分しか知らない。


 俺と一緒に撮った写真か? とか、いつ頃の写真だ? とか、どこで撮った写真だ? とか、聞けることはいくらでもあったと思う。でも、何も言葉が思い浮かんでこなくて、結局何も聞けなかった。


「シュウ君はさ、こうやって部屋で二人きりでいても、絶対に私に手を出してこないよね」

「手を出すって、お前、何言って――」

「ふふ……シュウ君、今初めて私のこと『お前』って呼んでくれたね」

「あ……嫌だったよな、すまん……」


 指摘されて初めて、俺は自分が美優のことを『お前』って呼んだことに気が付いた。


 俺は別に自分がお前って呼ばれるのはまったく気にしないけど、人のことをお前っていうのはなんだか偉そうに感じてしまって、そう呼ぶことは意識的に避けていた。


 だから咄嗟に美優に謝ったんだけど、美優は寝転がったまま嬉しそうな声で言った。


「ううん、嫌なんかじゃないよ。むしろ嬉しい。また一歩シュウ君との仲が深まったんだなって感じられて。でも――」


 そう言いながら美優は、ベッドの淵から降ろしていた足をベッドの上に持ち上げる。高校の制服のままそんな動作をすれば、当然スカートから際どいところが見えそうになってしまう。


 だから俺は当然の礼儀として、そんな美優の姿から目を逸らした。


「シュウ君は私から目を逸らすよね」

「見えそうなんだから当たり前だろ。美優はもっと隠す努力をしろ」


 俺だって健全な男の子だから、女の子のそういったところに興味がないわけない。インターネットでエロい画像とか動画とかだって見るし。でも、幼馴染の女の子のそういうところをのは違うだろ。


 偶然見えてしまったとかならまだしも、見えそうなら目を逸らすし指摘もする。ネットのエロ画像と幼馴染の女の子は天と地ほど以上の差がある。ましてや相手はアイドル兼業だ。余計そういった目では見られない。


 ギシリとベッドの軋む音がする。俺は相変わらず美優から視線を外したままで。


「私はね――もっと見て欲しいの、私を。私のことを一番に。私だけを」


 急に耳元から美優の声が聞こえてきたと同時に、俺は肩を軽く押されて床に押し倒された。


「ね、シュウ君。私はシュウ君になら何されたっていいんだよ? 今ここで私の処女を奪ったっていいし、ストレスの発散に使ってくれたっていい。アイドルを辞めろって言うなら今すぐ辞めてもいい。シュウ君。シュウ君は私に何をしたい? どうしてほしい?」


 美優が俺に馬乗りの姿勢になって、両手を肩に置いてくる。


 美優の体重は軽くて、肩も押さえつけられてるわけじゃない。俺と美優の力の差を考えれば、いつでもその態勢から抜け出すことは簡単だ。


 簡単だったはずだ。それなのに、俺は美優の異様な雰囲気に手の指一本動かすことができなかった。


「世間に振りまく笑顔なんてない。ファンに向ける愛なんてない。寄ってくる芸能人なんて全員どうでもいい」


 美優の顔が目の前に迫る。笑っているような、困っているような、泣いているような、いろいろな感情がごちゃごちゃに混ざって、結局無くなったような、そんな複雑な表情をしていた。


「シュウ君だけ。私にはシュウ君だけが必要なの。なのになんであんなこと言うの? シュウ君がいなくなったら私、なんのために生きてきたのかわかんないよ。これからなんのために生きたらいいかわかんないよ」

「美優……」


 ようやく俺の喉から出たのは、か細く美優の名前を呼ぶ声だけだった。


「お願いだから、もう二度と私から離れようとしないで。私に何でもしていいから、私の傍からいなくならないでよ。お願いだから……ねぇ……シュウ君……」


 言葉の途中から、俺の顔に温かい雫がぽたぽたと零れ落ちてくる。

 美優が喋りながら泣いていた。


 そんな美優に、俺がひねり出せた返事は一言だけ。


「わかった」


 そう言って俺はようやく動き出した両腕で、美優を抱きしめた。馬乗りの姿勢のまま俺に顔を近づけていた美優は、そのまま俺の上に倒れこんで腕の中に納まった。


 ぶつけられた美優の感情に、はっきり言って俺の感情はたぶんまだついていけていない。とは思ってたけど、これはそういう次元の感情ではない。気がする。恋愛経験ゼロの童貞には断定できないけど。


 それでも、恋愛経験ゼロの童貞としてではなく、高島美優の幼馴染の男としてわかることがある。


 この美優は突き放してはいけない美優だ。俺が受け止めてあげないといけない女の子だ。


 だから俺は高島美優という女の子を受け入れる。それに、俺だって美優がいない生活なんて考えられないし。お互い様だろ。


「ありがと、シュウ君……」

「気にすんな。お互い様だ、お互い様」


 そうやって、俺たち二人はしばらく抱き合ったままだった。






「それで、シュウ君はいつ私の処女貰ってくれるの?」

「バっ! いい感じに終わりそうだったのにその話題蒸し返すなよ! だいたいそういうのはきちんとお付き合いしている男女がですね――」

「え、まさかシュウ君、さっき私のこと受け入れて抱きしめておいて、私とお付き合いしてないつもりだったの? うわーさいてーくず男ー」

「それとこれとは話が別だろ!?」


 今日はそんな会話で幕を閉じる、そういう一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る