四章 アイドルとシュウ
君は天才的なアイドルで、俺の幼馴染
成田と話をして、美優からメッセージが届いた次の日。
今日は美優の仕事が休みみたいで、俺はまた久々に美優と一緒に高校までの通学路を歩いていた。
「んー! なんだか久々だね、こうやって二人で学校に行くの」
「……そうだな」
「前一緒に行ってた時は途中で奈々さんから電話かかってきちゃったけど、今日はそんなことはないからね?」
俺の隣を歩く美優はニコニコと満面の笑みで、それを見た周りの人たちは顔を赤らめたり、一緒に登校してる友達と美優のことについて話していたり。
俺たちの通う高校の生徒は美優がアイドルとして有名になる前から美優のことを知ってる人が大勢いたから、美優がテレビであんなことを言っても美優のことを悪く言う人は見かけない。
でも、悪く言うかどうかは別にして人目を集めるのは変わらないし、そこに俺がくっついてるもんだから、どうしたって以前よりも好機の視線にさらされる頻度は多かった。
「なあ、美優。大丈夫か?」
俺は思わず美優に声をかける。美優はたくさんのファンを抱えているアイドルだ。人からの視線には慣れているだろうし、批判されることだってあるだろう。もちろんそういう批判とかからは事務所が守ってくれるとは思うんだけど、今ここには俺と美優しかいない。
白神や成田は朝一緒に登校するといったことはしないし、賢二だって家の方向は俺たちとは違うから一緒になることはない。
そんな中で、普段とは明らかに違う視線を向けられている美優のことがどうしても気になってしまった。
「――シュウ君。私はね、全然気にしてないの。だから、そういう話は今日家に帰ってから、二人でしよ。ね?」
美優はさっきと変わらない笑みのまま俺に告げてきた。
その笑顔に俺は何とも言えない凄みを感じて、それ以上言葉を紡げなかった。
思っていたよりも静かに一日が過ぎていった。
誰もが美優を遠巻きに眺めるだけで、直接美優に何かを尋ねてくるような生徒はいなかった。俺の時とはえらい違い……ってほどでもないけど、やっぱりそれだけ俺と美優の間には差があるのも確かだった。
「ね、美優。よかったの? アレ」
「なんのこと? ……っていうのは今更だよね。うん。別によかったよ? 事務所でも怒られなかったし」
唯一美優にあのことを質問したのは美優の親友で俺の友達でもある白神だけで、その白神もそれ以上深いことは聞いていなかった。
ちなみに、美優の事務所は美優のテレビでの発言の後公式に
【当事務所は、所属アイドルに対して特定の行為を禁止したり、強制したりすることは一切ありません。法律や倫理に反しない範囲内であれば、プライベートな事柄についてはアイドル自身の裁量に委ねています。】
という発表を行っている。
正直怒られなかったなんてことはないと思うけど、たぶん美優の中ではそんなに気にすることでもないのだろう。
「ふーん。まあ美優が言うんならそうなんだろうけど。びっくりしたんだからね?」
「ふふっ、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど、ちょっと思うことがあってね?」
「玲にも後で一言何か言っといた方がいいと思うよー?」
「うーん……そうだね。玲ちゃんにも後で謝っておくね」
そんな感じで学校での一日は、表面上はいつもと変わらずに過ぎていった。
学校が終わった後。
今日は生徒会の集まりもないし、何かこれと言って用事があるわけでもない。
だから、俺と美優は早々に学校を後にして、俺たちの家までの帰路に着いていた。
「本当はいつもこうやって二人で帰れたらいんだけどなー」
「美優は忙しいもんな」
「本当にねー。こんなに忙しくなるなんて思ってもなかったよ」
二人で一緒の道を歩いて、二人のペースで進んでいく。これまではそうだったし、これからもそうだと思っていた。
でも、それは本当にそうなのだろうか? そう思ってるのは俺だけで、美優は本当は違う思いでいるんじゃないのか?
昨日成田から言われたことを思い返す。
『なあシュウ。本当に美優が何故あんな行動をしたのかわからないのか?』
『私たちも限界が近い。だから美優は行動に移した』
俺だって何も考えていないわけじゃない。美優がどうしてあんな行動をとったかなんて、そんなの誰に言われずとも、本当は――。
「あ、もう家に着いちゃった。二人で歩いてるとあっという間だね、シュウ君」
ふと気づいたときには、もう俺と美優の家の前にたどり着いていた。俺と美優が、生まれてから今まで育ってきた家。
俺と美優の部屋は一応向かい同士の配置になっていて、でも漫画とかでよく見るような、お互いの部屋を窓越しに行き来できるほどには近くなくて。
「じゃあ、今日はこのままシュウ君の部屋にお邪魔するね」
だから、俺の部屋に来るためには、普通に俺の家の玄関から入る必要がある。
玄関から入る必要があるということは、美優という有名アイドルが男の家に入るわけで。
美優があんなことを言う前にも俺の部屋に来ることなんていくらでもあって、その時の俺は全然気にしてなかったのに、今更になって『有名アイドルが男の家に入る』というシチュエーションが気になってしまっていた。
本当に今更の話で、自分でもどうかと思う。それでも俺は一言美優に声をかけずにはいられなかった。
「美優……その、大丈夫なのか?」
「……? なにが?」
「この間あんな記事書かれて、テレビでも聞かれたばっかりだろ? だからさ……」
「あー……気にしてくれるんだ、そういうこと。ありがとね、シュウ君」
そう俺に言いながら、美優は一瞬の躊躇もなく俺の家の玄関の前に立った。
男と一緒に玄関の前に立つ。いくら俺が幼馴染だからといって、この間みたいにこの状況の写真を撮られてしまったら……?
そんな俺の葛藤を見抜いたのか、それとも玄関の戸を開けない俺に焦れたのか、美優が俺を安心させるように言葉を紡いだ。
「大丈夫だよ、シュウ君。私は全然気にしないし、それに……まあ、とにかく大丈夫。だからはやくシュウ君の部屋に行こ!」
片手でガッツポーズなんか取りながら俺に微笑みかける美優を見て、俺も肩から力が抜けていく。
「……そっか。美優が言うんなら大丈夫なんだろうな。待たせてごめん、すぐ開けるわ」
「ううん。全然大丈夫。私こそ気を遣わせちゃってごめんね?」
俺は鞄から鍵を取り出して玄関に差し込む。そのまま回転させてガチャリと鍵を開けると、玄関の戸を開いた。
美優からどんな話を聞かされるのか。
俺は心の中を整理しながら、美優と一緒に自分の部屋に上がっていった。
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