私の心のヤバイ君3(玲視点)
「うん……うん……そうだね。それで、兄さん……」
いつかの夜。私は兄と電話で話をしていた。
「私、好きな人ができた」
それはまるで自分に宣言しているようで。
美優と有紗、二人と違って私にはシュウと積み上げてきたものが無いから、ここからシュウの一番になることはとても難しい。恋愛経験のない私でも、それくらいのことはわかる。
特に美優だ。彼女がいる限り、絶対にシュウの一番は彼女のままだ。
だから、私は気にしないことにした。シュウが誰と付き合おうが、誰のことを好きになろうが、誰が隣にいようが。
私が、シュウの傍にいればいい。シュウが私の傍にいるんじゃない。
それが私の恋愛だ。
私、シュウ、美優、有紗は全員同じ高校に進学した。高校に進学してからしばらくは、中学の頃と変わらない生活を送っていたように思う。
それが変化したのは美優がアイドルになってからだ。
美優は高校に進学してからも、相変わらずの美貌を誇っていた。高校三年生まで含めても美優が一番可愛かったと思う。
私も美優の引き合いに出されることは度々あったが、美優の方が圧倒的に上だということは私自身が自覚していた。
そんな美優がアイドルになる。当然クラスの友人たちは盛り上がったし、私たちも応援すると美優に伝えた。
それにしても、美優に対して過保護だと言っても過言ではないシュウがよく美優がアイドルになることを許可したな。そう思ってシュウによくよく話を聞いてみると、そもそもシュウは美優がアイドルとして成功すると思っていなかったことがわかった。
「ダメで元々だし。せっかくだからやってみたらいいんじゃない? って。ダメだったら元の生活に戻るだけだしな」
「そうか? ……まあ、シュウがそう考えるならそうなんだろうな」
いつかの放課後のファミレスでそんな会話をしたことを覚えている。
美優がアイドルとして活動するようになってから、シュウは美優の傍にいることが減った。いや、美優が有名になるまではそんなこともなかったが、美優が写真を撮られたことがきっかけで有名になってから、それまで美優と一緒にいた時間がぽっかりと空いてしまっていた。
有紗はその時間を利用してシュウと出かけたり、美優の応援を名目にシュウと一緒に過ごす時間を作ったりしていた。
強かだと思う。美優はアイドルの仕事が忙しく、物理的に有紗とシュウの接触を止めることができない。不自然に有紗にシュウとの接触を止めることを強制してしまえば、それがバレた時に嫌われるのは美優自身だ。美優はそんなリスクは絶対に犯さない。有紗にはそれがわかっているのだ。
そして、私もそれを理解している。
だから、シュウを生徒会に入れることに躊躇は無かった。
元々生徒会長選挙の時の応援演説は頼むつもりだった。シュウはそれなりに整った容姿と『アイドル高島美優の幼馴染』ということで、校内でもそれなりに知名度があった。それに成績も上から数えた方が早いくらいで、先生方の受けも悪くない。だから、選挙の応援演説をしてもらうにはうってつけだった。
「シュウには生徒会副会長になってほしい」
「俺が? なんで?」
私たちの高校は、生徒会長が生徒会役員を推薦できるシステムだった。あくまで推薦だから本人に断られたらダメだし、先生方の承認も貰わなければならない。
けれども、私はシュウなら断らないし、先生方の承認も通ると確信していた。
「私が一番信頼できるのはシュウだ。美優はアイドルで忙しいし、有紗はこういったことをする柄じゃないだろう? それに有紗だって読者モデルの仕事がある。生徒会との両立は難しいだろう」
「それはそうかもしれないけど……俺でいいのか? 他にももっと成績のいいやつとかいるだろ?」
「生徒会役員に必要なのは成績の良さではない。皆の前に立っても堂々と振舞える胆力と、言うことを聞いてくれるある種のカリスマ性だ。シュウにはそれがあると私は思っている」
「そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけどさぁ……」
「それに、何より私がシュウと活動したいと思っている。シュウが苦しいときは私が支えよう。だから一緒に生徒会をやらないか?」
私が真剣な眼差しでシュウに頼めば、シュウは「……わかった。そこまで言われたら断れないよな」と了承してくれた。
シュウは根本的に、人を助けることが好きな性格だ。自分が得をするとか、損をするとか、そういったことはあまり考えていない。常識的な判断はするからそこを逸脱したような手助けをするようなことはしないが、今回のことのように道を外れていない頼み事は最後には受け入れてくれる。
私は中学、高校とシュウと一緒に過ごすうちに、そういったシュウの人となりを学んでいた。だから、シュウはこの副会長になってほしいという頼みを断らないと確信していたのだ。
こうして私は、有紗とはまた別にシュウと同じ時間を過ごす時間を手に入れることができた。
「シュウにはいい加減、前に進んでもらう必要がある」
シュウが帰った後の生徒会室。
西日の強く差し込む、オレンジに染まったその部屋で、私は一人そんなことをつぶやいた。
高校三年生になった今。私や有紗に残された時間は、美優ほど多くはない。
高校生活は後一年を切った。大学まで一緒に行けばそれから四年は一緒にいられるが、その後が難しい。流石に一緒の会社に就職なんてことは現実的に考えて難しいだろう。近くに住居を構えるということはできるかもしれないが、学生のように毎日会うといったことはできなくなるのは想像に難くない。
だから、そうなる前にシュウには私たち三人とずっと一緒にいてもらう覚悟を決めてもらう必要がある。シュウにその覚悟さえあれば世間がなんて言おうと関係ない。私や有紗の覚悟はとっくに決まっている。
あとは美優をどう説得するか、だが。
美優は最終的には絶対にシュウの言うことを聞く。間違いない。
だから、私たちはシュウの気持ちを変化させることに全力を注げばいい。
今までは美優がスローペースで進めてきたから、私も有紗もそれをなるべく刺激せずにシュウと接してきた。だが、今はもう違う。
シュウの一言で均衡が崩れた。
美優は自分のアイドルという立場を使ってシュウを囲いに来ている。
全国放送で「彼がいなければ今ここに立っていない」なんてことを言えば、世間の人間が、美優がシュウのことをどう見てると思うかなんて簡単にわかる。
明日、美優はシュウに自らの気持ちを告げるだろう。もはや美優の中に元々あったプランは破綻したに違いない。
私はスマホを取り出すと、メッセージアプリを開いた。そのまま淀みない動作で通話ボタンをタップする。
「――もしもし、有紗? 明日時間はあるか? 少し二人で話したいことがあるんだ」
シュウが入れてくれたコーヒーの入っていたカップを片手で弄ぶ。
「うん……うん……そうだ。いつものファミレスでいいか? ……話の内容?」
なんでそんな当たり前のことを聞くんだ? なんてことは言わない。有紗も確認したいだけだろう。そこに深い意図はないはずだ。
「――シュウと美優の話に決まってるだろう?」
生徒会室に、椅子の背もたれがギィギィと鳴る音が響いた。
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