私の心のヤバイ君(玲視点)
そうか、そうくるか。
私がテレビ画面でシュウのことについて語る美優を見た時に浮かんだ感想は、そんなものだった。
いつかは我慢の限界が来ると思っていた。それが今すぐなのか、遠い将来だったのか、いつなのかは具体的にわからなかったけれど。シュウの一言で、美優の中の想いが抑えきれなくなったのは明らかだった。
シュウを自分の物だけにしたい。美優はそう思っている。そう思い込んでいる。
だが、実際には? 本当にそうか? 本当に美優はシュウを自分だけのものにして独占したいと思ってるか?
私は、そうは思わない。有紗だって感じている。
「明日、シュウは私のところに来るだろう。その時に発破をかけるか、否か」
私は机の上に飾ってある、私とシュウのツーショット写真を眺めながら思案に耽った。
私が高島美優という人間と最初に知り合ったのは、中学校に上がってすぐの頃だった。
中学一年生なんていうものはせいぜい小学七年生みたいなもので、学校が変わったからと言って何か真新しいものがあるはずもなく、私にとって退屈な日常が始まるはずだった。
そんな思いで入学した初日、足を踏み入れた教室にひときわ輝く人間がいたのを今でも覚えている。
その輝く人間こそが、今を時めく天才アイドルの高島美優だった。
中学の頃の美優は別にまだアイドルをしていたわけではなかったが、それでも周りの女子とは比べ物にならないほどの美貌を誇っていて、それを鼻にかけるようなことは一切していなかった。
しかしながら裏ではその美貌を磨くことに余念がなく、また、その行為が一人の男の子のために行われているということも見ている人間にはわかることであったから、ことさらに美優がやっかみを浴びせられるということは無かった。
出る杭は打たれる、という言葉があるが、美優はそのことをしっかり理解していて、周りを刺激しないように上手に立ち回っていたと思う。
そんな美優と私が会話をするようになったのは、初日に座った席が隣だったから。それだけの理由だ。高島と成田で五十音が近かったから、席も近くなった。中学に上がったばかりで知り合いも少なかった状況で、隣同士になった同性同士、喋り始めるのに障害は無かったといってもいい。
「成田……レイ、ちゃん? でいいの?」
「そうだ。君は……高島美優か?」
「うん、そうだよ! なんか男の子みたいな喋り方だね。カッコイイ!」
そう笑いながら私の手を握り「これからよろしくねー!」と挨拶をする美優に、私は密かに舌を巻いていた。
私の短い人生の中で、初対面の人間にここまで距離感の近い人間は初めてだった。普通はパーソナルスペースを侵略されると不愉快に思うものだが、美優に近づかれても不思議とそんな気持ちは湧き起らず。
恐ろしいほど人の懐に潜り込むのが上手な人間なんだなと認識したのだ。
それから私と美優はよく会話をするようになった。
授業のペア組みや休み時間の暇つぶし、宿泊学習の班決めなど、様々な場面で美優と一緒の時間を過ごした。
美優と一緒の時間を過ごすと、必ずと言っていいほど一緒にいる男の子がいた。
いつも美優と一緒にいて、いつも美優のことを気にかけている。美優のことを気にかけるために周りのことをよく確認していて、困っている人には積極的に声をかけて助けている。
美優と会話をするときにいつも話題に出る彼が、今でも私の心を乱すヤバイ君。
シュウと出会ったのも、また私が中学生の頃だった。
「成田はいつも頑張っててすごいよな」
シュウはいつだって軽い調子で私のことを褒めてきた。
「委員長って大変じゃね? そうでもない? まぁ、手伝えることがあったら何でも言ってよ」
シュウはいつだって私に手を差し伸べてきた。
それが高島美優という彼の幼馴染を手助けするついでだったとしても、私にとってそれはとても嬉しいことで。
幼稚園、小学校と全く男子と関わってこなかった私の心に彼が踏み込んでくるのに、そこまで時間はかからなかった。
ただ、私だって最初から彼のことが異性として好きだったわけではない。始めは普通に友人の一人として信頼を置いているだけだった。
「ねー玲ちゃん。シュウ君がねー……なんと! プレゼントくれたのー!」
「そうなのか。それはよかったな」
「玲ちゃん玲ちゃん! 昨日シュウ君が一緒に宿題やってくれたんだけどね!?」
「シュウは成績いいからな」
「玲ちゃんってさー……好きな人とかっていないの?」
「今までそんなこと考えたこともないな」
美優は本当によくシュウの話を私にしてきた。
普段学校で過ごしている時間。学校の外で遊んでいる時間。シュウと一緒にいない時間に、美優は嬉しそうに、楽しそうにシュウの話をした。
それは私に自分とシュウの仲を言い聞かせているようで、私が美優とシュウの間に入る余地はないんだと私に伝えているようだった。
けれども、それ以上に私には『シュウのことを自慢して、友達に共有したい』という想いにも感じられた。
美優は別に、シュウのことをモノ扱いしているとか、アクセサリー感覚で連れ回しているわけではない。美優の感覚としてはむしろ逆で、美優自身がシュウのアクセサリー感覚だという想いがある。
美優が自分を磨くのは、シュウに『美少女を連れ回しているという優越感』を持ってもらうためだ。だからシュウと一緒にいるときは一歩引いた立ち位置にいることも多いし、シュウに強く自分のことを主張することもない。
美優のそういう立ち振る舞いから考えれば、美優はシュウに、美優以外の美少女や美女、それから才能のある女が懸想しても最終的には受け入れる、という考えが透けて見える。
シュウにそれらの女が群がるということはそれだけシュウのステータスが上がるということであり、美優に私の好きな人はこんなにすごい人なんだという想いを抱かせる結果になる。
シュウはそんな美優のことを知ってか知らずか――いや、シュウのことだから全く理解していないだろうが、私や白神有紗の心に容易に踏み込んでくる。
「成田ってさー……なんで生徒会長やろうって思ったの?」
「それが当然だと思ったからだ」
男のような口調に、変わることのない固い表情。
他人を寄せ付けないような雰囲気を纏っているらしい私に、全く遠慮することなく話しかけてくるシュウ。
中学時代の私には、シュウとの会話は心の癒しだった。
白神有紗とは最初、それほど仲がいいという訳ではなかった。軽い調子で、いわゆるギャルと呼ばれるような人種の彼女と、固い口調と性格の私では全く生きる世界や見えているものが違ったからだ。
有紗もよく美優と一緒にいたから顔を合わせる頻度は多かったが、会話をすることは少なかったように思う。
それが今では一緒に勉強をしたり、生徒会や有紗の読者モデルの仕事がない日には一緒に遊びに出かけるようになったのは、シュウとの関係が大きい。
一緒の男性を好きになったという共通点もあるが、シュウが私や有紗に美優のことを相談していた、ということが一番だと思う。
共通の話題や、共通の悩みは人を結びつける。
私と有紗の場合は、それがシュウと美優のことだった。
シュウは私と有紗に同時に美優のことを相談していたわけではない。けれども、私と有紗はシュウのいないところでシュウからの相談内容を共有して話し合っていた。
そうやって二人で共通の話題を得ることで、私と有紗の仲は深まっていったのだ。
「レイはさ、受験ってどうするの?」
「どうするも何も、志望校は既に決めていて進路希望も提出済みだが」
「え”! マジかぁ……」
「逆に有紗はどうするつもりだ?」
「んー……やっぱり美優とかシュウと同じトコ受けよっかなぁーってカンジ?」
「なんだ。それなら私と同じじゃないか」
「えー!? みんな同じトコ受けるってコト!?」
なんて会話をして。私と有紗は中学三年間をかけて仲のいい友達になっていった。
この共通の話題が人を結びつける、というのは私とシュウにも当てはまる。
シュウはよく美優のことで悩んでいて、そのことを有紗や私に相談していた。
正直に言って私から言えばシュウの悩み事は取るに足りないことで、美優のことについてそんなに頭を悩ませる必要は無いと思っている。そんなことを考えなくても、ただ何もしなくてもシュウは美優の傍にいるだけで美優は満足するのだから、頭を悩ませるだけ時間の無駄だ。
ただ、もちろんそんなことを直接シュウに言うようなことはしない。私にとって取るに足りない悩み事でも、シュウにとっては他人に相談したくなるほどの悩み事だ。
当然親身になって話は聞くし、時にはアドバイスだってする。
いつも他人のことを見ていて、よく人助けをしているシュウから頼られることは純粋に嬉しかったし、初めて仲良くなった異性に頼られているというのは私にとって言葉に表すことの難しい思いを抱かせた。
美優と同じで、人の心にするりと入り込んでくるシュウ。
痛くないように優しく触れてきて、いつの間にか手のひらに包み込んで離さないような接し方。
そんなシュウに、私が私自身のことを相談するようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
それが私の気持ちを決定的に変えることになるなんて気づかないまま。
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