三章 成田玲とシュウ

君は完璧な生徒会長様

 美優と俺とのツーショット写真が報道されて、美優が俺との関係をメディアに語った日。


 俺は美優に連絡を入れたが繋がらず、それ以外の友達や知り合いからの連絡はバンバン入っていた。


『シュウ、お前ついに高島と付き合ったのか?』

「んなわけないだろ賢二。第一美優だって俺と付き合ってるって言ってなかっただろ」

『あんなもんほぼ付き合ってるって言ってるようなもんだろ。別に隠さなくたっていいだろ? 俺とお前の仲なんだしさ』

「どうしてあんなこと言ったのか俺が美優に聞きたいくらいなんだよ。だから別に隠すとか隠さないとかそういう話じゃないんだって』


 香取賢二かとりけんじは俺と美優のことを知ってる小学校からの友達だ。女友達の親友が白神なら、男友達の親友は賢二だと言っていいくらいには付き合いが深い。


 他の人からの連絡はちょっと処理しきれないから一旦放置ってことで返事は返してなかったけど、賢二からの電話だけには出て話をしていた。


「逆に賢二は美優から何か話聞いてたりしないのか?」

『聞いてたらこんな電話してないだろ』

「そりゃそうか……」


 美優は一体何を考えてあんなこと言ったんだ?


 俺がいなかったらここに立ってない、なんて言い方、付き合ってるとか付き合ってないとか以前に、アイドルに仲のいい異性がいるなんて堂々とカメラの前で言っていいことじゃないだろ。美優が有名になっても一緒に過ごしてた俺が言うのもなんだけどさ。


 あんなこと言ったら、今まで頑張って築いてきたアイドルとしての立場が崩れてしまう。そんなこと美優がわかってないはずがない。


 ……やっぱり、あの日の朝のことが原因か? 俺が不用意に言った言葉で美優の様子が一瞬変になった、俺と美優の噂が校内に流れたアレ。


『逆に白神とか、成田会長とかに高島が話してたりはしないのかよ』

「あの二人に? それは……白神はこの間二人でファミレス行ったけど何も言ってなかったから、何も聞いてないと思うけど。成田は……どうだろうな?」


 あの日の朝の美優の様子を思い返していると、賢二からそんなことを言われて思考がそっちに流れる。


 白神はついこの間ファミレスで話した時も、いつも教室で会う時も何も言ってこなかったから多分今回のことも知らなかったはずだ。白神からの連絡とかは無いからなんとも言えないけど。


 成田は——うちの高校の生徒会長はどうだろうな。成田も美優と友達だし、何か聞いてたりするかもしれないか? 成田は基本、俺が美優の話を振らない限りはあんまり俺に美優の話をしてこないから、生徒会で顔を合わせた時も、美優から話を聞いてるけど話さなかっただけ、なんてこともあるかもしれない。


 美優とは相変わらず連絡取れないし。だから、念のため。


 俺は明日成田から美優の話を聞くことにした。






 翌日も美優はアイドルの仕事が入っていて学校は休みだった。


 美優は基本的に泊りがけの仕事は断ってるみたいで、家には毎日帰ってるって言ってたから昨日も帰ってるはずなんだけど、結局俺に直接何か言いに来ることは無かった。


 ただ寝てる間にメッセージが来てたみたいで『今週お休み貰えるから、そこでちょっとはなそ?』という連絡が来ていた。


 起きてからそのメッセージに気づいた俺は『予定だけ送って。俺が合わせるから』とだけ返信して、着替えて学校に向かった。






 学校に向かってる途中から気づいたんだけど、露骨に俺に向かってる視線がいつもより多い。まあ昨日あんなことがあったんだから当たり前と言えば当たり前だけど。


 生徒会副会長として全校生徒の前に立つ機会は何度もあったけど、その時だってこんなに視線を感じたことは無い。正直に言って、あんまり気分のいいものではなかった。


 美優はいつもこんな視線を浴びてるのか? そう思うとすごい心配になってくるな……。なんて思ったりもして。


「おはよー……って、うわぁ……」


 じろじろと遠慮のない視線を浴びながら教室にたどり着くと、すでに登校していたクラスメイトが一斉に俺の方を見た。その反応に思わず声が漏れてしまう。


「ようシュウ。朝からお疲れな顔だな? ま、当たり前か」

「賢二……」


 教室に入った俺に近づいてきたのは昨日電話で会話をした賢二だった。


 ショートの髪に緩くパーマがかかっていて、一重の瞳と少し人懐っこそうな笑顔。細身のわりに筋肉質で運動が得意。そのくせ何故か文芸部に入っているギャップのある、俺の小学校からの親友だ。


 俺は自分の席に移動して持っていた鞄を机の横にひっかけた。


「朝から学校中シュウと高島の話で持ち切りだぞ。ここに来る間話しかけられたりしなかったか?」

「話しかけられはしなかったけど、めっちゃ見られてた。正直しんどい」

「かわいそうだけどしょうがねーわな。昨日高島がテレビであんなこと言ったら、そりゃそうなるわ」

「はぁ……。美優はなんであんなこと言ったんだろうな? 自分の立場だってあるのに」


 賢二が俺に話しかけてくれたおかげで、俺に話しかけようとしていた他のクラスメイトがタイミングを見失って右往左往しているのを視界に入れながら、俺は賢二と話を続けた。


 賢二は俺の前の席に座ると、体を俺に向けた。俺の隣の席の白神はまだ学校に登校してないらしい。まあ白神はわりとぎりぎりに来ることもあるから不思議じゃないけど。


「それはお前……まあ、これは俺が言うことじゃないけど。で? 今日はどうすんの?」

「……なんか引っ掛かる物言いだな。賢二は思い当たる節があるのか? 昨日は話聞いてないって言ってたけど」

「いや、別に? ただ、シュウはもっと高島と向き合った方がいいと思うぞってことだけ」

「美優と? ……あ、そういえば今週美優と話し合いするんだったわ。なんか寝てる間にメッセージ来てた」


 今朝美優に返信したことを思い出して賢二に伝える。


 ていうか、美優ともっと向き合った方がいいってどういうことだ? 確かに最近美優の仕事が忙しくて昔みたいにいつも一緒ってわけにはいかなくなってるけど。


 それでも美優が休みの日とかは結構一緒にいると思うし、メッセージのやり取りだってなくなったわけじゃない。


 それでいて美優と向き合えって何なんだ?


「いい機会じゃん。ちゃんと高島の話聞いてやれよ」

「まあ、もちろんそうするつもりだけど」

「そういや成田会長から話を聞くってのはどうすんだ? 高島から直接話聞けるし、やる必要無くなったよな?」

「それはそれで聞いてみようとは思ってるよ。どうせ生徒会の仕事もあるから成田とは一緒になるし」

「ま、減るもんじゃないしな。頑張れ、シュウ」


 賢二はそう言って優しく笑うと「じゃ、俺は自分の席に戻るわ」と言って席を立った。


 そんな賢二と入れ替わるように、今度は俺の隣の席に人が座った。


「おはよーシュウ! いやぁ、昨日から大変だね!」


 朝から元気な声で、登校してきた白神が俺に挨拶をしてきた。


「おはよ。まあ大変なのはそうなんだけど……」

「けど?」

「賢二とか白神とかが話しかけてくれるから助かってるよ。ありがと」


 白神が俺に挨拶してきたことで、賢二がいなくなって俺に話しかけようとしてたクラスメイトがまたタイミングを失ってるのを見かけた。


 なんだろうな……この二人、タイミング見計らってるのかな? 俺がしんどくならないようにとか。だとすると本当にありがたいな。


 俺が白神にお礼を言うと、ガタンっ! と白神が足を机にぶつけて「ぐぇっ」と女の子があげてはいけないような悲鳴をあげていた。


「お、おい。大丈夫か白神?」

「あ、あはは……ダイジョブダイジョブ!」


 ぶつけた足をさすって、恥ずかしさからか顔を赤くする白神。


 朝のホームルームの時間まで、俺はそんな白神と会話をして時間を潰した。






 休み時間のたびにクラスメイトや他のクラスの生徒が俺のところに来ようとしては賢二や白神が話しかけてくれて、よほど強引な生徒じゃない限り俺に話しかけようとする生徒はいなかった。


 もちろん中には俺が賢二たちと話しててもお構いなしに話しかけてくる生徒もいたけど、そういった生徒には「俺も事情は知らないから俺に聞いても何も答えられない」とだけ返して退散してもらった。だって本当のことだからこれ以上言いようがないし。


 そんなこんなで放課後になった俺は、三棟ある校舎の真ん中、特別教室が集まっている特別棟の三階真中付近に位置する生徒会室に足を運んでいた。


 生徒会は週に一回定期的に集まっている。別に漫画みたいな特別な権限がある生徒会とかじゃないから、常に忙しく仕事があるってわけじゃないけど。それでも定期的に顔を合わせてコミュニケーションをとるっていうのは大事だ。


「こんちわ」


 生徒会室のドアを開けて挨拶する。


 生徒会室は普通の教室と少し違っていて、床が絨毯になっている。広さは特別教室の準備室程度というか、準備室を生徒会室として使っている。隣の教室は生徒会主導の会議を行うときに使う会議室になっている。


 その生徒会室には、長机が四角を描くように置かれていて、そこにパイプ椅子が置かれている。壁際にはパソコンラックと少し型の古いパソコンが置かれていて、部屋の奥には休憩用のソファが鎮座していた。


 コーヒーメーカーとマグカップ。インクジェットプリンターがあって、資料を整理するためのスチール製の棚が置かれている。


「お疲れだな、シュウ」


 そんな部屋のいわゆる上座のところには、生徒会長用の席が用意されている。背もたれひじ置き付きのキャスター椅子に、職員室で先生が使っているようなスチール製の机。長机はこの机を起点に四角を描くように置かれている。


 その生徒会長用の席に座っているのは、濡れ羽色のボブの髪の毛をセンターパートにして、片側の耳にかけている少女というよりは女性と表現した方が似合いそうな女の人だった。


 学校指定の制服をきっちりと着こなし、切れ長の意志の強そうな瞳を俺に向けてくるのは、この高校の生徒会長の成田玲なりたれいだ。


「お疲れ様、成田。マジで疲れた」


 俺は成田の近くの席に鞄を置くと、コーヒーメーカーの電源を入れる。ちらっと成田の席を見てコーヒーが無いのを確認すると「成田もコーヒー飲む?」と声をかける。


「ありがたくいただくとするよ。じゃあ私はお茶請けを用意しよう」

「お茶じゃねーけどな。成田はミルクと砂糖入れるんだよな?」

「そうだな。砂糖たっぷりカフェオレ風味で頼む」

「牛乳は流石にないなー」


 なんて会話をしながらコーヒーを用意して俺と成田の席に置く。成田はその時間にどこからかチョコレートを用意して机の上に広げていた。


「高校三年になっても学校で食べるお菓子ってなんか特別感あるよな」

「子供だな、シュウは。まあわかる気はするが」

「成田だってわかる気してんじゃん!」


 お互いに軽口を叩きながらコーヒーとチョコレートを口に運んでいく。別に高校にお菓子を持ってくるのは校則違反とかではないから気にする必要はないんだけど、中学までの義務教育期間はお菓子禁止だったから、いまだに慣れないというか。


 成田とは中学校に入ってから知り合って友達になった。最初は美優の友達ってだけだったんだけど、白神よろしく俺は美優といつも一緒にいたから、美優を通してだんだん仲良くなって友達になった。


 白神には美優のことを小学校の頃から相談してたけど、成田にも中学ではちょいちょい美優のことを相談していた。


 成田からの相談も聞いてたし、いわゆる持ちつ持たれつみたいな関係で、高校に入ってからもその関係は続いていた。


 成田は成績優秀、スポーツ万能って感じで、何でもできる。学校のテストでは常に一桁順位を維持してるし、運動部も複数掛け持ちしていたりした時期もあった。流石に今は生徒会長をしているから部活はやっていないけど。


 美優がいなかったらこの学校で一番有名で一番人気だったのは間違いなく成田だったって言える。成田も美優みたいにスカウトに声をかけられたこともあったし。断ってたけど。


 俺はそんな成田に去年の生徒会選挙で応援演説を頼まれた。特に断る理由もなかったからそれを受けて応援演説をしたんだけど、それからあれよあれよという間に何故か生徒会副会長になっていた。


 いやまあ最終的に成田の頼みを聞いたのは俺だから文句はないんだけどさ。美優も忙しくなって俺も時間を持て余し気味だったっていうのもあるし。


「今日他のメンバーは?」

「今日は特にやることが無いから挨拶だけして帰って行った」

「あー……まあ忙しかった部活の予算の振り分けとかも終わったし、しばらくは暇だよな」

「そうだな。私はシュウが来ると思って残っていたが……」

「俺待ち? なんで?」


 チョコレートを食べながら成田がそんなことを言ってきた。


 俺は確かに成田に聞きたいことがあったから成田がいてくれるのはいいんだけど、成田も俺に何か用事だったのか?


「シュウは私に聞きたいことがあるんだろう? だから待ってただけだ」

「……え? いやまあそうなんだけど。なんでわかんの?」

「当然だ。私は生徒会長だからな」


 そう言って笑う成田に思わず「生徒会長関係なくね?」なんて呟いてしまう。


 成績とか運動神経とか、こういった先読み染みた行為とか、隙を感じさせない立ち居振る舞いとか。そんなのが合わさって、成田は生徒会長に就任してから他の生徒から「完璧な生徒会長様」なんて呼ばれてたりする。


 俺からしたらある普通の女子なんだけど、成田のことをよく知らない人から見たら完璧な人間に見えるらしい。


「それで、シュウが私に聞きたいことは……やはり美優のことか?」

「んー……まぁ、そうだな。昨日美優のことがテレビとか週刊誌とかに載ったじゃん? それについてちょっと聞こうかなって」

「あいにく、私は美優からは何も聞いていない。昨日のは私もテレビで見て初めて知った」

「うーん、やっぱそうだよな……白神も賢二も聞いてないし、美優が一人でやったってことだよな」

「シュウ本人に何も言っていないならそうなんだろう。今週くらいに美優から話があるんじゃないか?」

「その通りなんだけど……まあ、美優から直接話を聞くしかないか」


 やっぱり成田も何も聞いてない、か。ま、そりゃそうだよな。白神だって何も聞いてないんだし、成田だって何も聞いてないわな。


 俺は多少がっかりした気もちを誤魔化すようにコーヒーを啜った。苦くなった口内を甘くしようとチョコレートに手を伸ばした時、成田が口を開いた。


「なあシュウ。のか?」

「……それってどういう――」


 俺の声を遮るように成田が席から立ち上がる。そのまま俺の真横に立つと、ズイッと俺の顔に成田の顔を近づけてきた。


 鼻と鼻が触れそうなくらいまで成田の端正な顔が近づく。目の前に迫った黒い瞳に視線が沈んでいく。


「正直に言って――」


 成田の口が開く。甘いコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。


も限界が近い。だから美優は行動に移した」

「限界……?」

「と、私は思っている、という話だ」


 そう言って成田は俺から一歩離れた。


「美優から話を聞いてじっくり考えるんだな」


 成田はそう言うと俺から視線を外して窓の外に顔を向けた。


 窓から差し込む西日が成田の顔を照らす。オレンジに染まった生徒会室で、成田の横顔だけが印象に残った。






 その日の夜。


 美優から『明日シュウ君の家ではなそ』というメッセージが届いた。

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