あたしと君と二番目と2(有紗視点)

「もう美優は、俺がいなくても大丈夫みたいだな」


 朝の登校中にいつものようにシュウのことを見ていたあたしに飛び込んできたのは、シュウが美優に向けて言ったそんな言葉だった。


 美優は有名人だから歩いてるだけでいろんな人に見られるし、うちの学校だけで言えばシュウと美優が仲がいいことは有名で、シュウもシュウでも多いからいろんな生徒に知られている。


 そんな二人の朝の会話は、いろんな意味で周りをざわつかせた。


 シュウは美優と付き合ってないって周りに言ってるけど、それを言葉通りに捉えて二人が付き合ってないって思ってる人はうちの高校の生徒にはそんなにいない。


 シュウは美優の立場を考えて付き合ってないって言ってるだけで、本当は二人は付き合ってるって考えてる人が大半だ。シュウは否定するけど、美優ははっきりとした言葉で否定せずに曖昧な態度をとるから。まあ、本人たちの前ではそんなこと言わないけど。


 だからさっきのシュウの言葉はある種の衝撃を周りに与えていた。


 やっぱり付き合ってたんだって思う人。

 今の言葉って別れの言葉? って思う人。

 あの二人ってどんな関係? ってなるのは今年入ってきた一年生。


「シュウの心が動いた……?」


 当然あたしも衝撃を受けたうちの一人で。


「シュウの心に近づくチャンスかも……!」


 あたしは一人、そう思ったのだ。






 次の日の放課後。


 あたしはシュウと二人でファミレスに来ていた。


 今日のこれは、昨日の今日で美優を刺激したくなかったからちゃんと美優に事前に報告している。


『今日シュウと二人でファミレス行くわ』

『そう。わかった』


 爆速で既読がついて返事が返ってきたけど、美優って仕事中じゃないの……? なんて思ったり。まあいいけど。


「んー……とりあえずドリンクバーいっとく?」

「そだねー。あとから揚げとポテト」


 席に座ってメニュー表を見ながら注文を決める。ここはよくあるチェーン店のファミレスで、放課後の時間に中高生が利用しやすいような価格帯に設定されている。あたしとシュウもよく来ていて、二人で相談したり遊んだ後の帰りとかにご飯を食べるのは大体このファミレスだったりする。


 ここにきたら大体ドリンクバーを頼むし、シュウと一緒にポテトとか唐揚げとかを食べたりする。カロリーはスタイル維持の天敵だけど、シュウと一緒にいるときはあんまり気にしないことにしている。


 スタイル維持それを気にしてシュウと同じものを食べないというのは、そっちの方が精神的に辛いから。摂取したカロリーは後で消費すればいい。大事なのはシュウと一緒のものを食べて過ごしたという時間だ。


「そろそろ中間テストも近いねー。シュウは勉強してる?」

「まあぼちぼち。流石に今の立場で成績落とすわけにもいかないし」

「生徒会副会長様は大変だ」

「成田の応援演説だけするつもりだったのにな」

レイも強引だよね。ホントは生徒会メンバーの推薦しかできないのに強引に捩じ込んでさ」

「まあでも最終的にOK出したのは俺だしな。文句は言えないわ」


 なんて取り留めのない会話をしつつ、ポテトと唐揚げが来るのを待つ。


 あたしの頭の中は昨日のシュウの言葉がぐるぐると回っていた。


 今朝もシュウ本人に確認したし、あたし自身もあの言葉がシュウから美優への別れの言葉じゃないと思っていた。だから、あたしと美優とシュウの関係が劇的に変わることもないとも思っている。


「ご注文のポテトと唐揚げをお持ちしました」

「ありがとうございます」


 それでも、少なくとも美優はそう受け取らなかった。


 美優は今多分、人生で初めてシュウが自分から離れてしまうかもしれないという聞きに陥っていると感じているはずだ。実際には全然そんなことないんだけど、シュウから美優を突き放すような言葉が出たのは今回が初めてで、美優はそれにものすごいショックを受けている。昨日なんて驚きすぎてスマホ落としてたし。


「ん〜ポテトおいし〜!」

「白神って揚げ物好きだよな。ここにきたら唐揚げとポテト絶対食べるし」

「シュウだって好きじゃん。あたしはシュウの好きな食べ物を注文してあげてるだけだし!」


 多分美優はこれまでの時間をかけてじっくりゆっくりシュウとの距離を詰めていく、というやり方を変えてくるはずだ。それがどんな方法かは具体的にはわからないけど、昨日のシュウの態度で危機感を煽られた美優が何もしないなんて、そんなことあるわけないし。


 それにと思うし。


「それで、美優のことなんだけどさ。白神はどうしたらいいと思う?」

「うーん……まぁあたしは学校でも言ったけど、いつも通りに接してあげたらいいと思うよ? そうすれば周りもそのうち何も言わなくなるって」

「……なんて言うかさ、俺がどうこう言われるのは別にいいんだけど、美優が何か言われるのは嫌なんだよ。それが俺が言ったことが原因ってなったら尚更さ」


 周りの人間はシュウと美優のしか見てないから好き勝手言うだけで、あたし個人の意見としてはそんなもの全部無視しとけばいいと思ってる。そういう部分に関しては美優も多分気にしてない。というかそんなこといちいち気にしてたらアイドルなんてやってられないと思うし。


 読者モデルしかやったことのないあたしにすら有る事無い事言ってくる奴がいるのだ。メディアに出まくってる美優がそういった口さがないことを言われないはずがない。


 なんだけど、そういったことを踏まえた上でも自分の見てる限りのところは美優のそういう話をしてほしくない、と思うのがシュウという人間だ。


 あたしが事実無根の中傷をされてる時に親身に相談に乗ってくれて、優しく励ましてくれたこともある。もちろんあたしの好感度は爆発した。


「そうは言っても、いくら副会長とはいえ普通の高校生のシュウが何言ったって素直に受け取らない人間はいるわけじゃん? だったらいつも通りに過ごしてみんなの噂がなくなるのを待ったほうが良くない? 肩肘張って頑張ったって疲れるだけだし、多分美優は外野が何言ったって気にしないと思うし」

「それはそうかもしれないけどさ……」


 あたしは別に美優のことが嫌いなわけじゃない。むしろ友達としてはめちゃくちゃ好きだし、アイドルとして頑張ってることも尊敬してる。そうじゃないとなんて絶対思わないし。


 早くシュウの心を射止めて欲しいとも思ってる。


 でも、今回のこれを活かさないというのはまた別の話だ。


 シュウの言葉で美優が動揺した。


 シュウは気付いてないけど、シュウ自身の心も少しずつ動いている。


「まぁ、シュウはちゃんと美優のこと支えてあげなよ? あたしもシュウのことそばでちゃんと手伝ってあげるからさ。美優に言えないこととか全部あたしに吐き出していいからね!」

「白神様!」

「もー! 何それー!」


 一番は美優でいい。でも、あたしだってシュウの心に入り込んだって別にいいよね?


 ねぇ、美優?






 美優とシュウの登下校の時のツーショット写真がメディアで報道されたのは、それから数日後のことだった。

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