あたしとあの子と君との関係(有紗視点)

 つまらない情報番組だったはずだ。


 いつものようにくだらないゴシップを垂れ流して、コメンテーターを名乗る胡散臭い連中が好き勝手自分の考えを語って、司会者がそれに同調して無駄に笑いのエフェクトが入る。


 土日の朝から昼にかけてやっているような、どこの局の番組を見たって変わり映えのしないような、そんな番組。


 特に見るものも無いけど、部屋の中がしんと静まり返っているのも嫌だからとりあえずつけて賑やかしとか、BGM代わりにするような。


『彼とはお隣さん同士で、小さい頃からずっと仲良くさせてもらってるんです。高校も同じとこに通ってて、私がお仕事お休みの日の登下校とかは一緒に行くんですよ!』

『私がアイドルになったのも彼が背中を押してくれたからなんです! 失敗したら俺が慰めてやるから、なんて言ってくれて……』

『彼がいなかったら、今私はここに立っていません』


 テレビから聞こえてくるの声。


 テレビ画面の隅っこには『熱愛発覚!? 今を時めくアイドルに直撃インタビュー!』なんてテロップが流れていて。


 休日の寝起きのあたしの目に飛び込んできたのは、小学校からのの高島美優がテレビ局のアナウンサーの質問に答えている姿だった。


「――やりやがった。あの子、シュウを手に入れるためにアイドルとしての自分を生贄にした!」


 思わず力が入って、手にしていたスマホがミシリと嫌な音を立てた。


「あら、おはよう有紗。それにしても美優ちゃんも大変そうよね~、シュウ君と一緒に学校通ってるだけでこんなに騒がれちゃって」


 お母さんのそんな声が聞こえてきたけど、あたしはそれどころじゃなかった。


 ――このままじゃシュウが美優のものになってしまう。


 そのことばかりがあたしの頭の中をぐるぐると回っていた。






 あたしとシュウが出会ったのはまだあたしたちが小学生の頃だった。


「はじめまして! あなたがみゆがいつもいってるシュウ君? シュウってよんでいい?」

「はじめまして! みんなシュウってよぶし気にせずにそうよんで!」


 あたしは最初美優と仲良くなって、美優と仲良くなると自然と美優といつも一緒にいるシュウとも仲良くなれた。


 美優とは小学校一年生の頃、同じ給食の班になったことがきっかけだった。


 やたらと一人の女の子を心配そうに見つめる男の子と、その男の子に見守られながら頑張って給食を準備する女の子。


 その二人が美優とシュウだった。


 そんな二人の様子を見て、不思議な光景だなって思ったあたしは二人に話しかけてみたい衝動にかられたのを覚えている。


 あたしは小さい頃は自分から男の子に話しかけに行くのが少し苦手で、話しかけに行くのは男の子じゃなくて女の子の方だな、と思って美優に声をかけたのが始まりだったと思う。


「あ、あの! こ、こんにちは!」

「……? こんにちは」


 初めて美優に声をかけた時はなんだか不思議そうな顔をされたな、そういえば。


 それから同じ給食班っていうのもあって、ご飯を食べながら話が弾んで、あたしと美優は友達になった。


 小学生の頃の美優は、その当時からすでにシュウのことが好きだったんだけど、まだ中学に上がってからのようになかったから、あたしはすんなりとシュウと仲良くなることができた。


 シュウは小学生の頃から周りをよく見てる子だった。


 困っている子がいたら助けていたし、話しかけられたらじっくり話を聞いてあげるし。その行動の半分以上は美優に向けられていたけど、それでも美優だけにそういう態度じゃなかったから、シュウはクラスの人気者だった。


 シュウは周りのことはよく見てるくせに、自分のことになると途端に無頓着になるから、見てて危なっかしいこともあったっけ。それが今でも変わってないから、この前美優に言った言葉がどれだけ周りに影響を与えたかがわかってないんだけど。そういうところ、抜けてて可愛いよね。


 小学生の時はあたしも普通の小学生だったから、やっぱり女子小学生が好きなものが好きだったりした。小学生っていうのはとにかく目立つものだとか人だとか、目に見えるもので判断することが大半だったから、クラスの女子は、運動ができて、勉強ができて、困ったときに助けてくれるシュウのことを好きな子が結構いた。


 あたしもその中の一人で、しかも美優の友達ってことでシュウと接する機会も多くて他の子よりもリードしてる立場にいて、最初は美優を介してしかやり取りができなかったのが、次第に美優抜きで直接シュウとやり取りができるようになっていって、それでますますシュウのことが好きになって。


 もちろん小学生の「好き」なんて気持ちは大した気持ちじゃないから、そのままだったらそのうちあたしもシュウ以外の人を好きになったかもしれない。もともとシュウの一番近くには美優がいたし、美優はあたしたちから見たら、あからさまにシュウにご執心だったのは周知の事実だったから。


 でも、そうならなかったのはシュウがあたしを相談相手に選んだから。


 小学校高学年になったときに、それまでシュウに対して美優が方針を転換して、徐々にシュウの前でドジなフリをしなくなっていった。別に美優から直接ドジなフリをしてたなんて話を聞いてたわけじゃないけど、小学生の頃の美優は脇が甘くてあたしの前だとまったくドジをしなかったから、あのドジがフリなのはなんとなく気づいていた。


 美優がドジなフリをしなくなっていくと、それまで美優のドジを助けていたシュウが美優の手助けができる機会が減っていった。


 シュウは美優の手助けをするために勉強とか運動とかを頑張ってるって言ってたから、美優がドジをしなくなってしまうと頑張る理由がなくなってしまう。そうなってくると気になってしまったのだろう。


 その状況をどうにかしたくて、シュウは美優とシュウ共通の友達であるあたしに美優のことについて相談してくるようになった。


「最近美優って自分でいろいろできるようになっててさ……それ自体は良いことなんだけど、俺でもまだ美優の助けになれることがないかなって。こういうのって、同じ女子の方が相談しやすいかなって」


 放課後の教室で、あたしとシュウが一対一でそんな話し合いを初めてしたのは運動会の後の初夏の日だったか。


「……もちろん! あたしに任せてよね! なんだかんだ言ったって美優はまだ危なっかしいし、シュウの助けだって必要なはずだし?」


 なんて、満面の笑顔でシュウの要望に応えれば、シュウも花が咲いたように明るい笑顔を返してくれた。


 いつかなくなるはずだった小学生の淡い恋心。


 それが、どうあがいても捨てきれない重くて固くて濁ったものになった始まりは、この瞬間だった。






 中学に上がってからも、あたしはシュウから美優のことについてよく相談を受けていた。


 まぁ、そもそもこの頃になると相談っていうよりは普通に遊ぶことも増えてて、美優のことについての相談っていうのは半ば名目みたいな感じになってた。


 もちろんシュウにはそんなつもりがなくて、シュウから相談を持ち掛けてくるときはたいていちゃんとシュウが悩んでることがある時なんだけど、あたしから「相談」を持ち掛けることもあって、そういう時は二人でちょっと出かけて遊んだりしていた。


 あたしは別に、美優にあたしがシュウのことを好きだってことを伝えたことは無いんだけど、シュウのことが好きな美優からしたらなんていうのは一目瞭然だったみたいで、あたしは美優から「シュウ君と出かけるときは事前に私に連絡して」と言われていた。


 ここで美優があたしにシュウと出かけることを止めろって言ってこなかったのは、ひとえにシュウに嫌われたくなかったからだと思う。


 あたしとシュウは小学校の頃からの友達で、二人で遊ぶことも珍しくない。それが急に二人で遊ばなくなったらシュウの方が疑問に思うだろうし、あたしは別に美優に遠慮したりはしないから「美優に二人で遊ぶの止めろって言われた」ってシュウに言うと思うし。


 そんなことになってシュウから嫌われるくらいなら、むしろ自分も昔から知ってるあたしがシュウと遊びに行くことで、他の女が近づくタイミングを掴まさせなければいい、みたいなことを考えたんだと思う。


 それでもあたしに事前に連絡しろって言ってきたりしたのは、あたしに対する牽制以外の何物でもないけど。


 まぁ、あたしもただ言われっぱなしっていうのもなんだし、時々わざと美優に連絡せずにシュウと出かけたりしてたけどね! 別に美優に言われたことを必ず守らなきゃいけないなんてこともないし。ちょっとした意趣返しだ。






「白神って髪綺麗だし、背も高いし、なんかモデルみたいだよな」

「えー! シュウったら何言ってんの! あたしなんかがモデルなんて……」


 シュウは二人で出かけると「いつも相談に乗ってもらってるお礼」なんて言って、できるだけあたしの要望に沿った場所に行ってあたしを楽しませようと考えてくれた。


 中学生二人だとちょっと入りづらいような喫茶店みたいなところもあたしを引っ張って連れて行ってくれたし、ゲームセンターなんかで二人でゲームをしたりもした。


 あたしは中学生になった頃から急に背が伸び始めていて、中学二年生くらいまでは成長期の来てないそこらの男子なんかより背が高くて、そのことで男子から「デカ女」なんて言われてちょっとからかわれたりもしていた。


 あたしも普通の中学生だったから、クラスの男子とかにからかわれるとそのことで普通に悩むし、傷つく。もちろん美優とか他の友達とかは「気にする必要ないよ」なんて慰めてくれるし、からかってきてる男子だって本気で言ってないことだってわかってた。


 それでも心の中にしこりみたいなものができ始めてきたときに、シュウがあたしを相談の名目で連れ出して「モデルみたいだな」って言ってくれたのだ。


 あたしはシュウの言葉が嬉しかったけど、同時に恥ずかしくもあって、思わず否定してしまった。この頃のあたしは美優から美容のことは聞いてて実践もしてたけど、まだまだ化粧とかもしたことなくて、モデルみたいな美人に例えられるなんて恐れ多いという気持ちだったのだ。


「歩き方も綺麗だしさ。俺、白神がモデルやってるところとかちょっと見てみたいかも」

「いやいやいや、流石に……ね? あたしがモデルなんてできないよー」

「そんなことないと思うけどな。もったいない……」


 残念そうな顔でそう言ったシュウは、その日は美優の話は全くせずにあたしと一日遊んでくれた。さりげなく車道側を歩いてくれるだとか、肩が触れそうな距離で移動したりだとか、それまで遊んできた中であたしが好きだった場所に何も言わずに連れて行ってくれたりだとか。


 あたしがからかわれてて、それで落ち込んでることを察して元気づけてくれた。


「今日一日めちゃくちゃ楽しかった。白神のモデル姿、いつか見てみたいわ」

「もー! そんな日来ないから! 今日はアリガト!」


 なんて、元々好きだったのに、あたしが落ち込んでるのを察して元気づけてくれる男の子、もっと好きにならない理由なんてなくない? シュウを自分のものにしたいって思って当然じゃない?


 美優っていう強力なライバルがいるのもわかってるし、たぶん美優は何があってもシュウから離れそうにないだろうなっていうのもわかるから。


 シュウと、あたしと、美優と。


 この関係をどうしていくべきか、あたしは考え始めたのだ。

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