二章 白神有紗とシュウ

君は天才アイドルのお友達

 朝様子のおかしかった美優だったけど、その後は普通に過ごしていた。


 美優は有名になってから、学校に行くとクラスに他の人が見に来るようになった。まあ、テレビに出まくってる有名アイドルが同じ学校にいたら見に行きたくなる気持ちもわかる。


 俺と美優は結局高校一年、二年、三年とずっと一緒のクラスだった。美優は高校二年の時は明らかに出席日数が足りてなかったから進級できないかもしれない、なんて思ってたけど、学校側の配慮で進級できたみたいだった。


「じゃ、シュウ君。私は明日またお仕事だけど、シュウ君は普通に学校だよね? お勉強頑張ってね!」


 一日が終わって、美優との帰り道。俺と美優の家は隣同士だから最後まで一緒に帰る。昔は一度家に帰ったら制服から着替えてお互いの家に遊びに行ったりなんてこともしてたけど、流石に今の美優が俺の家に来たり、俺が美優の家に行ったりなんてことはしなくなった。


「俺より美優の方が大変だろ? 無理だけはすんなよ」

「……うん! ありがと!」


 そうやって、その日は普通に過ごして。


 ――そういえば、俺と美優って普通に一緒に学校行ったりしてるけど、パパラッチとかに写真とか撮られてたりしないんだろうか? 美優は何も言ってこないけど、事務所とかも何も言わないのだろうか。


 本当に今更だけど、ふとそんなことを考えた。






「ね、ね! シュウってさ、ホント―に美優と付き合ってないんだよね?」


 翌日、美優はその日も仕事で俺一人で学校に行った後。

 教室で鞄を机の横にひっかけて椅子に座ったところで、そんな声をかけられた。


「何度も言ってるだろ。俺と美優はただの幼馴染だって」


 明るい髪色に、少し長めのポニーテール。学校指定の制服を気崩して、高校生にしてはばっちりとしたメイクを決めて笑顔で接してくる同級生。


「白神には何度も話しただろ。なんで今更?」

「えー、だってさー……美優がアイドルになってから一緒にいるの見た男の子なんてシュウしか見たことないし? 昨日だって一緒にいたじゃん。だから再確認ってカンジ?」


 俺の隣の席にドカッと座って、短いスカートから伸びる長い足を組んで俺に視線を向けてくるのは、美優の小学生からの友達で俺の相談相手でもある白神有紗しらがありさだ。机にひっかけてある鞄にはキャラクターもののアクセサリーがジャラジャラと着いていて、可愛らしくデコレーションされている。


「本当に今更だな。まあ一緒に学校来たりするのは習慣みたいなもんだよ。知ってるだろ?」

「だから確認だって。それで? 昨日言ってたことってホントなわけ?」

「昨日言ってたこと?」


 白神が自分の髪先をくるくると指でいじりながら聞いてくる。


 俺と白神は俺がよく美優のことを相談していただけあって、それなりに仲がいい。俺も気安く喋られるし、白神も気安く話しかけてくる。


 俺は別に女子と話すことが苦手という訳ではないけど、それでも男子と話すのに比べて気後れしてしまうのは確かなので、白神みたいに軽い調子で話しかけてくれるのはありがたいと思っている。


 というか、美優の友達はけっこうたくさんいるけど、あんまり俺と話してくれる子が少なくて、そういう点で言えば白神ともうあと一人の子には感謝している。そういう人がいないと俺も美優のことを相談できないしな。


 小学生の頃はそんなことなくて結構いろんな女子とも話せたはずで、白神もその中の一人だったんだけど、中学生に上がった頃からか何故か女子と話す機会が減っていったんだよな。それでも美優とか白神とかは一緒にいてくれたから、高校三年生になっても仲良くできてるんだけど。


 そんな白神が言う、俺が昨日言ってたことって何のことだ? 俺って何か白神に言ったか?


「俺昨日白神に何か言ったか? ごめんけどなんにも覚えてないわ」


 そう言った俺に白神が「違う違う」と手を横に振りながら答える。


「美優に朝言ってたじゃん? 『もう俺がいなくても大丈夫だな』みたいなこと」

「あー……確かに言ってたな。でもそれがどうかしたのか?」

「どうかしたじゃないし! 昨日は美優がいたから誰も何も言わなかったけど、裏で結構騒いでたんだからね!」

「騒いでたって言われても……美優が言ったことで騒ぐならわかるけど、なんで俺が言ったことで騒ぐわけ? 逆じゃね?」


 今を時めく天才アイドルの美優が言ったことで周りの人が騒ぐならわかるけど、その隣にくっついてる俺みたいな、世間様から見たらなんも知らん誰だよこいつみたいな人間の言葉で騒ぐって、なんじゃそりゃ。


 そんな俺の様子に、白神が興奮したようにまくし立てた。


「シュウは美優が凄くなりすぎて自覚ないかもしれないけど、この高校の中だとシュウだって結構目立ってるんだよ? 小中の頃から知ってる人だっているし、高校入ってからだってシュウ頑張ってたじゃん。美優と一緒にいたからっていうのももちろんあるけど、シュウ個人だって結構みんな知ってるんだよ?」

「初めて聞いたんだけど?」

「そりゃみんな本人に『お前目立ってるよ!』なんて言いに来ないって。……ていうか、そうじゃなくて! そのシュウがみんなが登校してるところに、美優にあんなこと言ったから『あの二人何かあったんだ……』ってめっちゃ噂になってるよ! あたしだって昨日見た時そう思ったし……」

「……マジ?」

「マジ」


 ……マジ?


 いや、いや……何それ? 噂? 知らないけど?


 俺は白神の言葉を受けて、教室の中をぐるっと見回す。白神の声は特別大きいわけじゃないけど、澄んでよく通る声をしているから教室中に聞こえていた。


 俺が視線を時計回りに移していくと、俺と白神の会話の様子をうかがっていたクラスメイト達の視線がサッと逸らされた。


 ……マジ?


「シュウがあんなこと言うからさ、『あの二人やっぱり付き合ってたんだけど、別れたんだな……』みたいなこと言うやつがいるわけ。だからさっき確認したんじゃん? ホントに美優と付き合ってないの? って」

「うげぇ……そういうことだったのか……別にあれはそんな意味で言ったんじゃないのに」

「そりゃあたしにはわかるよ? でもそもそもみんながみんなシュウと美優の関係知ってるわけじゃないし。美優って人気アイドルだから好き勝手言いたい奴もいるしね」

「美優に迷惑かかってそうでキッツ……ちょっと今日美優に謝っとくわ。教えてくれてありがとう、白神」


 いや、昨日はみんな普通だったから何とも思ってなかったけど、美優がいたから何も言ってなかっただけで裏ではそんな噂が出てたのか……。


 確かに俺と美優はよく付き合ってるみたいなことを言われてきたけど、美優がアイドルになってからは流石に言われたことは無かった。アイドルに恋愛事はタブーみたいなのは常識みたいなもんだし、仮に俺が恋人だったとしたら美優の性格的にアイドルなんてやらないだろってみんな思ってたからな。


 それでもそういう噂が出るってことは、やっぱり内心そう思ってるやつがいたってことなんだよな。


 昨日もふと思ったけど、美優は俺が一緒にいても恋人がどうとかスキャンダルがどうとかって話は俺にしたことないし、美優の事務所からそういう話をされたって話も聞かない。漫画とか創作の中だとアイドルの事務所の人が来て「うちのアイドルに関わるのを止めてくれ」みたいなことを言われたりする展開があったりするけど、今のところ俺のところにそんな話をしに来た人はいない。まぁ現実じゃそんなもんなのかもしれないけど。


 はぁ……どうなんだろうな、俺。美優と一緒にいるのが当たり前すぎて、美優がアイドルになって有名になっても一緒にいたけど、やっぱり距離感ってものを一回ここでしっかり考え直す必要があるんだろうか?


 昨日の言葉は別に手助けがいらなくなったから美優から離れようって話じゃなかったんだけど、美優のアイドル業にとって俺って存在が本格的に障害になるなら美優から距離を置いて草葉の陰から見守るくらいになった方がいいのだろうか?


 なんて思い悩んでいると、白神が「まぁまぁ、シュウ。そう落ち込まないでさ?」と声をかけてきた。


「美優は別にシュウといること嫌だなんて思ってないはずだし? 謝られたりしたら困っちゃうよ、たぶん。シュウは美優と接してあげればいいって。学校のことはさ、今日とかあたしと一緒に考えてみようよ。放課後ファミレスとかでさ! どう?」

「女神か? ありがとう白神……!」


 白神の提案に思わず飛びつく。


 まあ美優のことでよく相談に乗ってもらっていた白神のことだから、俺のことも美優のこともよくわかってるし、今後俺がどうしたらいいかなんてこともいい感じに答えてくれるかもしれない。


 正直昨日の朝の美優の様子はいつもと違ってなんだかおかしかったし、そういったことも含めて話してしまおう。


 その日の学校は、自意識過剰かもしれないけどなんだかちょっと視線を感じたような気がして落ち着かないまま一日を終えて。


 放課後、俺は白神と一緒にファミレスに行って、学生らしくドリンクバーとから揚げ、ポテトで長時間居座ってと話し合った。


 俺も白神もいろんな話をして満足したところで、その日は解散した。






 それから何日かは美優が仕事で学校に来れない日が続いて。


 美優が学校に来ないと、クラスはいつも通りに進んでいって、表面上はいたって平和に学校生活を送っていた。


 というか、やっぱり俺みたいな一般人の言ったことでどうこうなんてあるはずないし、これが普通なんだよな。なんて思っていたんだけど。


『高島美優熱愛発覚か!? 放課後お忍びデート!』


 なんて週刊誌の記事が飛び出して。


「なんだよ、これ……」


 その週刊誌を掴む手に思わず力が入ってしまった俺を取り巻く環境が、この時から明確に変わり始めたのだった。

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