あなたのためのアイドル様(美優視点)
その日は週に一日シュウ君と過ごす日で、シュウ君とお出かけをしていた。
私とシュウ君は高校生になっても相変わらず仲が良くて、創作の幼馴染とかはよく思春期になるとお互い恥ずかしがって距離を離してしまったりとか、そもそも現実の幼馴染なんて仲良くもないみたいなんてこともよく聞くけど、その点私とシュウ君は全然そんなことは無くて、毎日登下校は一緒だし、休日もどっちかは一緒に過ごしていた。
その日もそんな休日の一日で、私とシュウ君はショッピングモールに買い物に出かけていた。
シュウ君とお出かけするときはいつも目いっぱいおめかしをして出かけるから、その時の私は自分でも太鼓判を押せるくらい可愛いかったと思う。実際、シュウ君と歩いてるときも周りの人からの視線を感じまくってたし。
正直言ってシュウ君以外からの視線なんて全然気分のいいものじゃないんだけど、それだけ私が注目を浴びる存在だってことは、一緒に歩いてるシュウ君のステータスにも繋がるから、そこだけは悪い気分じゃなかったかな。
そんな風にシュウ君と歩きながら注目を浴びてた私だったんだけど、シュウ君が傍にいてくれたから誰かに声をかけられることもなくて、楽しい休日を過ごしていた。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
その日は二人でウインドウショッピングをしたり、本屋に寄ったりした後、モールの中のファミレスでお昼ご飯を食べた。そこで大きなパフェを注文して二人で食べたんだけど、パフェのアイスでお腹が冷えちゃったのか、シュウ君がちょっと苦しそうな顔でトイレに行ってしまった。
本当は常にシュウ君と一緒にいたい私だけど、流石にトイレの中まではついていけないから、トイレの前のところでシュウ君を待ってたんだけど、そこでいきなり知らない女の人に声をかけられた。
「あ、あの! 少しお話いいですか!?」
「……私ですか?」
どこか緊張した面持ちで話しかけてきたその女性は、名前を
私をアイドルにスカウトして、今でも私のプロデューサーをやっている奈々さんと、私はここで初めて出会った。
「私をアイドルに?」
「ええ! あなたを見た瞬間ビビっときました! ぜひうちの事務所でデビューしてもらいたいなって!」
この時の私は、正直に言ってこの話に全く乗り気じゃなかった。アイドルなんて興味なかったし、せっかくのシュウ君とのお出かけの時にいきなり知らない人に話しかけられて、二人の時間に水を差されたことに怒りさえ覚えていたくらいだ。
だから最初は断ろうと思ったんだけど、そこでふとシュウ君のことを考えた。
私は、シュウ君に私に夢中になってもらうために自分磨きを始めた。その成果は目に見える形で表れていて、磨き上げた容姿は高校でもトップクラスだと思っているし、現にこうやってアイドルにスカウトもされている。
シュウ君にも「子供の頃と雰囲気変わったよな」なんて言われることもあって、努力は少しずつ実を結んできてると思う。
それに、最初はシュウ君に夢中になってもらうために始めた自分磨きだけど、途中からは「私が可愛ければ一緒にいるシュウ君の評価も上がる」と思っていたところもある。
シュウ君はそこらの漫画とかライトノベルのラブコメ主人公みたいな、何も努力してないのに何故か美少女に好かれているみたいなキャラと違って、私の手助けをするためにシュウ君にできる範囲で一生懸命努力してきている。
そのことは、私のためという理由はさておいて、シュウ君が努力していることは周りの知り合いや友達も理解していて、シュウ君と私が一緒にいても仲が良くてからかわれることはあっても、釣り合いが取れてない! みたいなやっかみとかを言われることは無かった。
シュウ君の周りにシュウ君のことを悪く言う人はいない。だから、ここで私がアイドルになってもっと有名になれば、それはシュウ君のステータスにも繋がるのでは? と考えたのだ。
とはいえ、これは私だけの独りよがりな考えだっていうのも理解してるし、これをシュウ君に押し付けるような真似はしたくない。もしかしたらシュウ君は私がアイドルになることを嫌がるかもしれないし、まあそもそもアイドルになったからといって必ず有名になれるわけでもない。鳴かず飛ばずの地下アイドルとか地方のアイドルとかがたくさんいて、テレビとか雑誌に出れるアイドルはほんの一握りの売れっ子だけだっていうのは、流石にアイドルに興味がない私でも理解していた。
それに常識的に考えて親に何も言わずに相手の話に乗るのもおかしな話だし、そもそもこの時点だと相手が本物かどうかもわかってなかった。
「家で親にも相談しなきゃいけないんで、今すぐここで返事はできません」
だから私はそう言って断りの言葉を告げた。連絡先を聞こうかとも思ったけど、向こうから私をスカウトしてきたのだから、それが本気ならここで私を逃すはずがない。黙ってても向こうから連絡先を渡してくるだろうなって思って、私からは連絡先に関しては何も言わなかった。
「あ、もちろんそうですよね! ご両親とかご家族とか――」
「お待たせ美優……って、知り合い?」
黒羽さんがそこまで言いかけた時に、ちょうどシュウ君がトイレから帰ってきて私に声をかけてきた。
シュウ君の問いかけに「ううん、知らない人。芸能事務所のスカウトさんなんだって」っと返事をした。「プロデューサーもやってるみたい」とも付け足しておいた。
「えーと……彼氏さん、ですか? とかにもご相談が必要ですよね! 私の名刺をお渡しするので、結論が出たら名刺に書いてある番号に直接電話でも、メールでもいいのでお返事ください!」
シュウ君の顔をちらりと見ながらそう言う黒羽さん。その黒羽さんの言葉にシュウ君は「彼氏じゃなくて、幼馴染なんです、俺たち。よく勘違いされるんですけど」と返事をしていた。
私はこの時、この人のところでアイドルをやろうと決めた。
――彼氏さん、だって。やっぱり、私とシュウ君ってお似合いすぎて初めての人でもそう見えちゃうよねぇ~……えへへ……♡
パパとママは「美優がやってみたいと思うならやってみたらいい。やるなら一生懸命やらなければいけないけど、自分に合わないと思ったのならきっぱりとやめなさい」とだけ言って、私がアイドルをすることに反対はしなかった。もともと説得もそんなにしなくてもいいかな、と思ってた二人だったけど、全く反対もされなかったのも意外で「反対しないの?」なんて思わず聞いてしまったくらいだ。
「反対して止めるくらいなら、美優は最初から私たちには聞いてこないでしょ? 美優がそういう時に言うこと聞くのなんてシュウ君くらいじゃない」
なんてママから言われて、流石私のママ、私のことがよくわかってるなと思ったものだ。
パパとママの許可を貰ってから、私は改めてシュウ君に相談しに行った。
私の気持ちとしてはアイドルをやってみたい。私が有名になれば、将来私と一緒になるシュウ君のステータスになるのは間違いないから。
シュウ君が将来どんなお仕事に就くかはまだ何とも言えないけど、どんな職業に就くとしても元有名アイドルの妻がいるというのは、社会的な信用や信頼、評価を得やすいはずだ。
でも、シュウ君にとって私がアイドルになることが気分のいいものじゃなかった場合、その時はきっぱりと断るつもりだ。私の考えは所詮私の独りよがりな考えで、シュウ君の気持ちより優先させるべきものじゃないし。
「ね、シュウ君はこの間の話どう思う? 私はアイドルになるの、どうしたらいいと思う?」
シュウ君の部屋でシュウ君に相談する。シュウ君は部屋にいるときはいつもベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでたり、学校の予習復習をしてたりする。
その日はパソコンデスクに座って動画を流してたけど。ちらっと見た動画の内容は、その時の有名アイドルのライブ映像だったと思う。
「美優がやってみたいなら、やってみればいいんじゃない?」
シュウ君は軽い調子でそういった後「美優ならアイドルやって、人気になれるでしょ」なんて続けた。
そうやって軽い調子でやってみたら? っていうシュウ君がちょっと意外で、私は少し驚いてしまった。
「へ? いいの?」
「まあそもそも俺が止めろ! なんて言える立場じゃないと思うし」
シュウ君はいつも私のことを心配して行動してくれてたから、芸能界なんていう悪い噂の枚挙にいとまのない場所に私が行くことに対して、そんなに軽く認めてしまうことが意外だった。
もしかしてシュウ君私のこと心配してくれなくなっちゃったのかな……なんて思ってたら、シュウ君が言葉を続けた。
「やれるとこまでやって、ダメならダメでいいんじゃない? そん時は俺が慰めてやるよ」
――は? カッコイイんだけど?
照れながら「慰めてやるよ」なんていうシュウ君に思考が一瞬それだけになってしまった。
「シュウ君がそう言うなら、私アイドル目指してみる!」
何とかそれだけ絞り出した私は、その日はその後ずっとシュウ君を眺め続けたのだった。
それから私は黒羽さん――今では奈々さんって呼ぶようになったプロデューサーに返事をして、アイドルの階段を上り始めた。
最初はレッスンとか、地元の小さなイベントから下積みを重ねていって、徐々にだけど知名度を上げていっていた。
学校のみんなにも私がアイドルを始めたことを伝えていて、そういった地元のイベントとかに出るときはみんなが応援に来てくれたり、もちろんシュウ君も応援に来てくれたりで嬉しかった。
それがある時、たまたま近くに来てた有名なカメラマンさんが私のことを気に入って写真を撮ってくれて、その写真が載った雑誌がSNSでバズって私の知名度が一気に跳ね上がる出来事があった。
「隠れた宝石が光り輝く! 高島美優の虜になる瞬間がやってきた!」
なんて意味不明なキャッチフレーズなんてつけられて、私は地方のアイドルから、一気に全国区のアイドルに躍り出た。
地方ののんびりとした雰囲気から、一気に殺伐とした全国区のアイドルになったら、普通の人ならあまりの環境の違いに病んでアイドルを止めてしまっていたかもしれない。特に私みたいなアイドルに対して向上心なんてない人間なんかは。
でも、どうやら私にはアイドルをやれる天才的な才能があったらしくて、いきなり有名アイドルになって仕事が激増しても、それを難なく処理できるだけの余裕があった。
カメラに笑顔を向けると、メディアが湧く。
歌を動画サイトに出すと、すぐさま再生数が爆増する。
あまりの忙しさに奈々さんの方が参ってしまいそうなくらいで、そんな中でも私は時間を見つけては何とかシュウ君と一緒に学校に通うなんてことをしていた。
はっきり言ってこの忙しい時期になると私は学校にほとんど通えなくなっていて、出席日数なんて全く足りなくて本来なら進級なんて望むべくもないし、高校の勉強の内容もだんだんついていけなくなっていて、もちろん仕事の合間とかに時間を見つけては勉強したり、勉強にかこつけてシュウ君の部屋に遊びに行ってたりしてたんだけど、とにかく高校二年生の後半はほとんど学校に行けてなかった。
普通なら留年確定なんだけど、私が学校に行けてない理由は誰が見ても明白で、学校側も対応を考えたみたいで、私は特別に高校三年生に進級できるようになった。学校としても有名アイドルがいることは宣伝になって喜ばしいけど、留年して卒業できませんでしたってなると外聞が悪くなるから、私のことは当初の予定通り三年で卒業してもらうことにしたらしい。直接言われたわけじゃないけど、たぶんそう言うことなんだと思う。奈々さんも同じようなこと言ってたし。
有名になること自体は私の当初の目的通りだったからよかったんだけど、一足飛びに一気に有名になってしまったから私の予定が崩れてシュウ君と一緒にいる時間が劇的に減ってしまったことが唯一の不満だった。
もちろんこの忙しさは一過性のもので、いずれは落ち着くだろうし、アイドルなんていうのはそう長く続けられるものでもないから、数年もすれば私はまた一般人になってシュウ君と一緒の時間を過ごすことができるとも思っていたけど。それでもまぁ、不満なものは不満なわけで。
私は泊りがけの活動なんて絶対嫌だったから、どうしてもってとき以外は必ず家に帰ってた。
私の部屋とシュウ君の部屋は近いけど、窓越しに移動できるなんて創作の中の幼馴染たちみたいな距離感でもなかったから、私は家に帰ってきてもあんまりシュウ君と過ごす時間が取れなかった。窓越しに会話はできるけど、夜中にそんなことをしてたら近所迷惑だからあんまりできないし。
だから、時々一緒になれる学校の登下校の時間をとっても大切にしていて、その日もシュウ君と一緒に登校できて私の機嫌は最高潮によかった。
「ふんふんふーん♪ 久しぶりにシュウ君と一緒に登校できるねー!」
なんて鼻歌を歌いながらシュウ君と歩く。私のそんな様子にシュウ君は私が有名になる前と変わらずに苦笑いをしていて、それがますます私を上機嫌にさせていて。
久しぶりに過ごすシュウ君と二人の時間に、私は気が抜けてたんだと思う。
シュウ君と一緒にいるときに奈々さんから連絡が入ることはこれまでも何度かあったけど、この時の私は頭がお花畑みたいになっていて。
「……また仕事ですか? それはいいですけど……私、この時間が潰されるのが一番嫌いって前にも言いましたよね?」
普段は奈々さんにこんな刺々しい言い方なんてしないんだけど、予定にない仕事を入れられてシュウ君との時間が減ることが決まってしまって、さっきまでの機嫌との落差が激しくて、思わずシュウ君の前で素の自分の表情をしてしまった。
「もう美優は、俺がいなくても大丈夫みたいだな」
突然シュウ君からそんなことを言われて、私の頭の中は真っ白になってしまった。
「――あっぶな! 美優、気をつけろよな」
………………シュウ君? 何言ってるの? 俺がいなくても大丈夫? ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない。…………日本語喋ってる? え? いつの間にかシュウ君って私の知らない言葉覚えたの? すごいねー。でもそんな言葉覚えてほしくなかったなー。私はシュウ君がいないとダメなのに、なんでそんなこと言うの? シュウ君は私がいなくても大丈夫なの? 私はシュウ君がいないと寂しくて死んじゃうよ? …………シュウ君。シュウ君…………本当に、今更何を言ってるの?
私は、いつの間にか目の前にいたシュウ君の肩をガシっと掴んだ。気づいたらスマホが手の中になかったけど、そんなこと知るもんか。
「シュウ君……絶対、絶対許さないから……」
「お、おい、美優? どうした?」
「せっかく小さい頃から頑張ってきたのに……今更他の女のところになんていかせないから……!」
「何言ってんだ美優? ちょっとおかしいぞ? 疲れてるのか? 大丈夫か? 今日は休むか?」
絶対絶対に許せない! シュウ君が他の女のところに行くだなんて神様仏様閻魔様が許したって私が許さない!
まだまだ時間があるなんて悠長に構えてる場合じゃない……。これは早急にシュウ君を私だけのシュウ君にする必要がある。
シュウ君に無理強いはしたくない。でも、多少強引にいかないとシュウ君は私から離れて行っちゃうかもしれない。
だったら、どうする? ――そんなの決まってる。使うしかない。私のアイドルとしての身分を。
「シュウ君」
私は肩を掴んだままだったシュウ君に微笑みかける。
「シュウ君。学校、行こ?」
「お、おぉ……」
困惑した顔のシュウ君を連れて、私たちは学校に向かった。
この日の出来事は、通学路での出来事だったから結構な人に見られてたみたいで。
私からシュウ君が離れるかもしれないということを知られたくなかった人にも見られていたということに、この時の私はまだ気づいていなかった。
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