あなたは私の王子様(美優視点)

 カシャカシャとカメラのシャッター音が鳴り響く。


 私に向けてマイクが差し出される。


「今日は何を食べましたか?」

「普段何をしていますか?」

「趣味はなんですか?」

「友達とはどんなところに遊びに行くの?」


 いろいろな質問が矢継ぎ早に繰り出されてくる。


 私はそれに、決められた答えを決められたように答えていく。


 そこに


「では高島美優さん。最後にファンの方々に向けて一言お願いします」


 私は満面の笑みを作って、可愛らしく媚びた声音で答える。


「私はファンのみんなを愛してます! これからも応援よろしくね!」


 本当のことを一つもしゃべらない嘘つきな私は、世間を賑わすだ。






 私が初めてシュウ君を認識したのは、幼稚園に入ってすぐの頃だった。


 シュウ君とは家が隣同士で、本当は赤ちゃんの頃から顔を合わせていたらしいけど、流石の私でも赤ちゃんの頃の記憶なんて持ち合わせていないので、私が私として行動し始めて、初めてシュウ君と会話をしたのが幼稚園の頃だという話で。


 シュウ君は幼稚園の頃からかっこよかった。


 周りの子供たちとは違って、よく周りを見てて、よく気が付く男の子だった。


 私が幼稚園の頃よそ見をしていて砂場の淵に足を引っかけて転んだ時、私の傍にすぐに駆け寄ってきて心配してくれたのはシュウ君だけだった。


 もちろんその後幼稚園の先生とかちょっと離れた位置にいた友達とかも来てくれたけど、一番初めにシュウ君が駆けつけてくれたことがとても嬉しかった。


「みゆちゃん、だいじょうぶ? いたくない? いたいのいたいのとんでけする?」


 私を心配して、転んだ私より何故か泣きそうになっているシュウ君を見て、私は背中にゾクゾクとした何かが這い上がっていくのを感じた。


 人によっては「たったそれだけのことで?」って思うかもしれない。でも私にはそれだけでよかった。


 ここで駆けつけてきたのがシュウ君以外だったらまた違った思いを抱いたのかもしれない。でも、現実として私の元に来てくれたのはシュウ君で、私はそのことがとても嬉しくて。


 私はその瞬間から、シュウ君のことが好きになってしまった。


 幼稚園児の好きだとか嫌いだとか、そういった感情は一時のものだったり一過性のものだったり、たいていはそんなものだと思う。


 でも私は違った。


 その瞬間から、私はもうシュウ君しか見ていなかった。


 世の中の男は「シュウ君か、それ以外か」それだけしかない、シンプルな世界に私の心は移動してしまったのだ。


 だから、私はシュウ君が私から離れないように、とてもとても考えて行動した。


 砂場の淵で転んで、泣く。

 シュウ君が駆けつけてきてくれて、いたいのいたいのとんでけをしてくれた。


 工作の時間に材料を落として、泣く。

 一緒に先生のところまで行って、新しい材料を貰って一緒に作ってくれた。


 お弁当の日にお弁当を忘れて、泣く。

 シュウ君のお弁当を半分こしてくれて、おやつも一緒に食べた。


 私は、シュウ君が常に私のことを見てくれるように行動し続けた。


 私がドジをすればシュウ君が来てくれる。

 私が失敗すればシュウ君が慰めてくれる。


「美優は俺がいないとダメだな!」


 私が何か起こすたびに、シュウ君がお兄さんぶって私の頭を撫でてくるのがとても嬉しかった。


 小学校低学年くらいまでは、そうやって過ごして、私はシュウ君の注意を私だけに向けさせ続けた。


 でも、小学校も高学年になってくると、流石にそれも厳しくなってくる。


 世間一般的に考えて、小学校高学年にもなってそんなドジをやらかしてるのは、何かしら問題を抱えていたりするとみられてもおかしくない。私は、シュウ君にそんな風に思われたいわけじゃなかったから、ドジなふりをしてシュウ君の気を引くのは徐々に少なくしていった。


 その代わり、私は私自身にシュウ君に夢中になってもらおうと、私磨きを始めることにした。


 幸いにして私は周りの女の子より自分の容姿がいいことに早々に気が付けたから、自分のその長所を磨くことに戸惑いなんてなかった。私が戸惑ってる間に、万が一他の女にシュウ君が盗られでもしたら私は耐えられないからだ。


 シュウ君はとてもかっこいい男の子に成長していっていた。


 地元のスポーツ少年団に入って、運動神経を磨くシュウ君。

 塾に通って、勉強を頑張るシュウ君。


 小学生っていうのは、目に見えるステータスにとても敏感だから、そういうものが目に見えてわかりやすかったシュウ君は、学校でも人気者だった。


 私以外の女がシュウ君に無遠慮に話しかけに行くと、どうしようもなくイライラするけど、そんな感情をシュウ君に見せるわけにはいかない。


 シュウ君には、綺麗な私だけを見ていて欲しいから。


 でも、そんなどうしようもない嫉妬とは裏腹に、シュウ君が人気者になること自体は私は嬉しかった。


 私の好きな人はすごいんだぞって周りのみんなにも理解してもらえるし、何よりシュウ君が努力しているのはだって知っていたからだ。


 ドジな私の手助けをするために、シュウ君は自分を磨いている。そのことが本当に嬉しかったから、シュウ君が人気者になるのは私への愛が周囲に認められているみたいに感じられた。


「最近美優、しっかりしてきたし、ちょっと雰囲気変わったよな」

「えへへ~わかるぅ?」


 中学に上がる前に、シュウ君にそう言われて、私は密かに舞い上がっていた。






 中学に上がると、私はシュウ君以外の男から告白をされるようになっていた。


 小学校の頃とかにシュウ君と一緒にいてからかわれたりすることもあったし、中学になってからはシュウ君と付き合ってるんじゃないかって噂が流れて、それを聞かれたり言われたりするようになったりしてたけど、その度にシュウ君がやんわりと否定していた。


 実際のところ、外堀から徐々に埋めていこうかなって考えで、私が友達とかに会話の流れで私とシュウ君の話をして、それが周りに伝わっていってシュウ君に私とのことを聞く人が出てくる、って感じでやって、シュウ君が万が一否定せずに受け入れてくれればラッキーって思う程度の気持ちで私が流した噂だったりしたのだけど。


 そんな感じで、私とシュウ君はいつも一緒にいるけど付き合ってないって周りの人に知られていって、それでついに告白をされるようになったのだ。


 シュウ君以外の男なんてそこらの石ころと同じくらいの価値しかないので、告白に呼びだされたからって別に律義に応じる必要はなかったんだけど、どうせならとシュウ君に告白の現場に着いてきてもらうことにした。


 私が目の前で告白を断るところを見せることで、私は誰とも付き合いませんよ、というアピールをシュウ君にするためだ。


 シュウ君は私が告白されるたびにちょっとをするから、私が告白されることに嫌な思いを抱いてることは間違いない。


 それが私に対する好きの気持ちなのかはまだわからないけど、最終的にはそういう気持ちになってもらうために、私にできることをしていくのだ。


 シュウ君が私に好意的なのは間違いないから、たぶん私が好きって気持ちをシュウ君に伝えれば、シュウ君とお付き合いはできたと思う。


 でもそれじゃダメなのだ。


 別に男女の交際は男の子の方から告白してほしい、なんて理由じゃない。


 シュウ君から明確に好きって気持ちが私に向いていない時に付き合ったとしても、他の女に目移りしてしまう可能性があるからだ。


 もちろんシュウ君が私を傷つけるようなことなんてしないとは思っているけど、現実問題としてシュウ君はモテる。


 中学に上がってからも毎朝のランニングとか、部屋の筋トレとかで体をある程度鍛えているし、勉強も頑張っている。人当たりもいいし、男女垣根なく喋りかけたりする。


 いつもは私が隣にいて睨みを利かせているから他の女が寄ってこなくて、シュウ君は自分がモテないと思ってるけど、実際はそんなことないのだ。


 だから、私に完全に矢印が向いてない状態で付き合った時に、私のスキをついて他の女がシュウ君に接近してきて、シュウ君を寝取ってしまうなんてことも十分考えられる。


 私と付き合っていない時にシュウ君が他の女に目移りする可能性もあるかもしれないけど、それは大丈夫だと私は確信している。


 私がシュウ君の傍でシュウ君の気を引く行動をしている限り、シュウ君は絶対に私のことを一番に考えてくれる。


 これは理屈じゃなくて、絶対にそうなんだという私の確信だ。

 小学生の頃はこの確信に自信が持てなかったけど、中学生になってからはそんなこともなくなった。


 でも、一方でたぶんシュウ君は私と付き合っちゃうと、その時点でしちゃって、他の女を見る余裕ができてしまう。


 私がいくら努力して可愛くなったって、美人は三日で飽きるっていうし、シュウ君に限って私のことを自分から裏切るようなことはしないと思うけど、それでも万が一ということもある。


 だから、私はシュウ君が私しか見なくなったときに、シュウ君とお付き合いを始めたいのだ。






 シュウ君は時々、私の友達と遊びに行っている。いつも一緒にいるって言っても、流石に毎日ずっと一緒にいるわけじゃないから、私とシュウ君が別々に行動する日も当然ある。


 そういう日に、シュウ君は自分の友達と遊んだりするのだけど、たまに私の友達とどこかに出かけていることがあるのだ。


 顔で付き合う人を選んだことは無いし、そんなことをするつもりも無いけど、私の友達は私から見てもとても可愛い。顔もそうだし、性格もとてもいい。だから私も友達として一緒にいるわけだし。


 シュウ君がけど、それでも私の心はうるさいほどにざわついてしまう。


 シュウ君のいじらしさにキュンキュンする反面、一緒に遊びに出かけている友達に激しく嫉妬してしまうのだ。


「ねえシュウ君。昨日はどこ行ってたの?」

「昨日? えっと……白神しらがさんと遊びに行ってたけど」

「ふーん、そう……有紗ありさとね……」


 こういう時は、友達にスマホでメッセージを送る。


《昨日シュウ君と何してたの?》

《どうして私に一言も連絡なかったの?》

《私前にもシュウ君と遊びに行くときは教えてって言ったよね?》

《シュウ君とどこに出かけたの?》

《何時から何時まで遊んだの?》

《今日学校で話せる?》


 一通りメッセージを送って《ごめーん! 伝えるの忘れてた! もちろん話せるよー!》って返事が着て、ようやく私は心のしこりが取れてシュウ君に向き合える。


「……よし! シュウ君、学校行こ!」

「もう友達とのメッセージはいいのか?」

「大丈夫、どうせ学校で会えるしね!」

「それもそうか」


 そうして、二人で学校に行く。


 シュウ君が私のためを思ってしてくれている行動だっていうのはわかってるけど、こうやって私の嫉妬心を煽ってくるのは本当に良くないと思う。しかも、シュウ君は完全に無意識にやってるから、私が一人で悶々とする羽目になる。


 シュウ君、シュウ君……私の気持ちを弄んで、そんなに楽しい?






 高校はもちろんシュウ君と一緒の高校に進学した。


 シュウ君は勉強を頑張ってたおかげで成績が良かったし、私も頭は悪くなかったから県内でもそれなりの進学校に合格した。


 高校生になってからも、私はよく呼び出されて告白されていた。その度に中学の時と同じようにシュウ君に着いてきてもらって、告白を断る場面を見てもらっていた。


 自惚れるわけじゃないけど、たぶん同級生で一番可愛いのは私だったし、学校全体を見渡しても私がトップだったと思う。


 それまでの私の努力が実を結んだ結果だと思うから、これは素直に嬉しかった。


 でも、自分が可愛いということを鼻にかけて行動してしまうと、周りに敵を作ってしまうから、私は自分の可愛さに無頓着なふりをした。私一人だったら別に敵を作っても気にしないけど、私に敵ができて困るのは私じゃなくてシュウ君だから。


 私に敵ができると、いつも私と一緒にいるシュウ君まで嫌われてしまう。それは到底許せることじゃなかったから、私はクラスに馴染むように努力した。


 幸い、中学からの友達も何人かいたし、シュウ君は昔から人当たりがよかったから、シュウ君や友達と一緒にいれば周りと馴染むのは簡単だった。


「シュウ君」

「はい、これ」


 シュウ君と長年ずっと一緒にいたおかげで、シュウ君の名前を呼ぶだけで私が何をしてほしいかを察してくれるようになってくれた。


「おまえら熟年夫婦みたいだな」


 なんて言われたときは、表情には出さなかったけど内心で「いいぞ! もっと言ってやれ!」なんて思ったりもして。


 そうやって何年も何年もゆっくりと時間をかけて、少しずつ少しずつシュウ君の中に私を植え付けていって。


 高校、大学、社会人。まだまだ時間はたっぷりある。焦る必要はない。最後にシュウ君が私だけを見てくれるようになるまで、ずっとずっと一緒にいればいい。


 そう考えていた私に転機が訪れたのは、シュウ君と出かけていたある晴れた日のことだった。

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