君は天才的なアイドル様【15万PV感謝!】

Yuki@召喚獣

一章 高島美優とシュウ

君は天才的なアイドル様

 色とりどりの煌びやかなライトに、大きなステージ。ドーム会場の客席は見渡す限り人で埋まっていて、推しの色のペンライトを振り回している。


「みんなー! 今日はありがとー! いっつも応援してくれて嬉しいよー! みんな大好き! 愛してる!」


 数万人の人間の視線を一身に浴びるステージの中央に、そのアイドルはいた。


 艶やかな黒髪を肩の付近で切りそろえ、可愛らしいアイドル衣装を身に纏う。ぱっちりと大きな瞳は、覗き込んだ人間全員を吸い込んでしまうような、魅惑の瞳。


 見る人全てを引き付ける容貌に、その桜色の可愛らしい唇から発せられる「愛してる」の言葉に、沸き上がる観客。


 テレビ画面の向こうで輝くステージ。

 俺の幼馴染は、今を時めく天才的なアイドル様だ。






 俺が高島美優たかしまみゆと出会ったのは、幼稚園に入ってからだった。いや、正確には生まれてすぐに会っていたらしいのだが、如何せんそんな小さな頃の記憶なんてものは持ち合わせていないので、俺の記憶の中で初めて会った記憶のある場面が幼稚園の中だったということなのだが。


 美優は小さな頃はドジで、よく転んだり、物を落としたり、忘れ物をしたりしては、声をあげて泣いていた。


 幼稚園の外遊びの時に、砂場の淵に足を引っかけて転んで泣く。

 教室の中での工作の時間に、材料を落として台無しにして泣く。

 お弁当の日に、家にお弁当を忘れて泣く。


 そんな美優を見て、俺は幼いながらに「こいつは何とかしてやらなきゃいけない」と思ったのだ。


 俺と美優は家が隣同士で、幼稚園に通うのも、小学校に通うのも、中学校に通うのも一緒に登校していた。


 幼稚園から小学校に通っている間、俺は美優のためにいろいろなことをしてきたと思う。


 美優と一緒に行動して、足元に注意を払ったり、物を作る時は一緒に作ってあげたり、家を出るときにはその日に必要なものを確認したり。


 そうやって俺が手助けをすると、美優はいつだって「えへへ……ありがと! シュウ君!」なんてにへらと笑ってお礼を言ってくれた。


 もちろんこんなのは美優から求められたことではないから、俺は別に美優に何かを求めることはなかったし、求めようとも思っていなかった。


 ていうか、小さい頃は俺もやっぱり子供だから、美優を助けたいという気持ちはもちろんあったけど、それと同じくらいお兄さんぶっていられるのが楽しかったっていうのもあって、そうやって美優を助けることに関しては俺も楽しんでいた。


 ただ、小さい頃は男女の違いなんていうものはほとんどないから、俺が助けられることも多かったけど、小学校高学年くらいから男女の違いみたいなものが徐々に出始めて、俺が助けられることも少なくなってきて、俺はそれに得も言われぬ焦りみたいなのを感じていた。


 お兄さんぶれなくなることが嫌だったのか、それまでルーティーンのように美優のことを手助けしてきたことができなくなるのが嫌だったのか、その時の俺の気持ちは今の俺にはいまいち理解できないけど、それでも「このままでは駄目だ」と思っていたのは確かで。


 美優は大きくなっても小さな頃のままドジでおっちょこちょいのままだったから、「俺が助けてあげないと!」なんて思ってて、だから俺は美優の友達の女子とかによく相談をするようになった。


 俺は美優を手助けする手前「人を手助けするやつが、そいつよりダメな奴だったらダメだろ」なんて思ってたから、小さい頃から自分でできる努力は結構していた。


 勉強は小学生の時はだいたい百点だったし、運動とかもスポーツテストとかではいつも目立つ方だった。運動会のリレーとかもアンカーに選ばれたりしていたし、もちろんそうするために地元のスポーツ少年団に入ったり、週に二回とかで塾に通わせてもらったりもしていた。


 小学生っていうのは、今から考えるとそういうを高く評価していたから、俺が女子に話しかけてもみんな邪険にすることなく話に乗ってくれた。


 美優を助けるために、男の俺が何ができるか。俺は真剣に美優の友達に相談していて、美優の友達も俺の相談に親身になって応えてくれた。


「シュウ君ってよく私の友達と何か話してるけど、何話してるの?」


 なんて美優に聞かれることもあったけど、美優の手伝いができなくなってきたって相談してる、なんて本人に言えなくて、俺は聞かれるたびに誤魔化していた。


 俺が誤魔化すと美優はちょっと不機嫌になるけど、俺が「今日は美優の家に遊びに行っていい?」って聞くと、途端に上機嫌になってそれ以上聞いてこなかった。


 小学校高学年はそんな感じで過ごして、中学校に上がってからはますます男女で差が出てきて、そこまで行くと逆に俺の中で小学生の頃にあった焦りみたいなのが無くなっていた。


 男女で違いがあるのなんて当たり前だし、そこを気にしたって仕方ない。


 それに、中学生とかになると、みんな情緒も育ってきていて、小学生の頃は誰が好きだとか、そういう話で止まっていた恋愛が、誰と誰が付き合ってるだとか、そういった「男女の付き合い」みたいなところまで発展していて、そういう波は中学校全体に広がっていた。


 俺と美優は幼稚園からずっと一緒にいて、もちろん中学生になっても一緒に登校してたりしたから、周りから見たらように見えたらしい。


 まぁ、俺だって男女のペアがいっつも一緒にいたら付き合ってんだろうなって思うから、そう周りが思うのも当然だと思う。


 でも実際のところ俺と美優は付き合ってなくて、だから俺はお前ら付き合ってんだろって言われるたびに「俺と美優は別に付き合ってない」って否定してた。


 美優は中学生になると、小学生の頃よりずいぶんしっかりした女の子になっていて、転ぶこともなくなったし、物を落とすこともなくなってきたし、忘れ物もあんまりしなくなった。


 それでも時々とんでもないドジをやらかしたりするから、やっぱり俺は美優から目が離せなくて、周りから付き合ってるだろってからかわれてもずっと一緒にいた。







 成長するにつれて、美優はどんどん可愛くなっていっていた。


 小さな頃から可愛らしい顔立ちをしていたけど、体つきが大人に近づいていくにつれて、顔だちもだんだん大人っぽくなっていって、もちろん中学生だから大人の女性に比べるとまだまだ子供っぽいあどけない顔をしていたけど、それでも子供としてじゃなくて女性として「可愛い」「美人」と言われるような顔立ちになっていった。


「ねえシュウ君。私告白されるみたいなんだけど……」


 そうなってくると当然、美優のことを好きになるやつも出てきて、美優はよく告白されるようになっていた。


「シュウ君、今回も着いてきてくれるよね……?」


 何故か美優は俺に告白の現場に着いてきてもらいたがっていた。俺としては美優が告白される現場を見るのはし、どうせ断るんなら俺がついてる意味もなくない? なんて思ったりもしてたけど、美優に頼られるっていうのも嬉しくて、そういう思いを伝えることもしなかった。


 美優は告白を一度も受け入れることがなかった。


 毎回俺が見ている目の前で、告白を断っていた。


 もちろん俺は少し離れたところで、告白している相手からは見えないような位置にいたけど。流石に告白をしている場面を他人に見られていい気分な人間はいないだろうし。


 俺は中学生になっても勉強とか運動とかは頑張っていて、部活に入ると流石に毎日時間がとられてしまうから入らなかったけど、毎朝美優と登校する前にランニングをしたり、部屋にいるときに筋トレをしたり。勉強も予習復習をしたり、授業を真面目に受けたり、小学校から通っている塾に継続的に通ったりしていた。


 そういう態度でいると、教師からは真面目な生徒みたいに見えるらしくて、中学三年生の頃には教師の方から学級委員を任されていたりもした。


 それと、美優の友達に相談するのもずっと続いていた。


 小学生の頃に相談に乗ってもらってた友達にも継続的に相談してたけど、中学に上がってから美優と友達になった友達にも相談したりをしていて、小学生の頃は相談する場所は小学校の教室の中だけだったけど、中学生にもなると行動範囲も広がってきて、学校以外のところにも出かけて美優のことを相談したりしていた。


 やっぱり美優の友達は親身になって俺の相談に乗ってくれて、俺は相談に乗ってくれたお礼にできる限り美優の友達に楽しんでもらおうといろいろな場所に遊びに行ったりした。


「ねえシュウ君。昨日はどこ行ってたの……?」


 俺が美優の友達と遊びに行くと、次の日に美優が暗い声でそんなことを聞いてくるから、俺は素直に美優の友達と遊びに行ったことを伝える。


 そうすると美優はスマホを取り出してどこかにメッセージを送って、しばらくするとすっきりとした顔になる。この時の美優はちょっとだけ怖い。






 俺と美優は一緒の高校に進学していた。


 中学校で可愛らしく、美人に成長した美優は、高校に入学した当初から目立っていた。


 流石に漫画やアニメみたいな、他のクラスから美優を見に人だかりができる、なんてことはなかったけど、ざっと見た感じ新入生の中では美優が一番可愛かったと思う。幼馴染のひいき目なしに、だ。


 高校生にもなると、美優も流石に小さな頃のようなドジでおっちょこちょいな感じはもう見せなくなっていて、ほとんど俺の手助けなんて必要なくなっていた。


 俺はそれを寂しく感じることもあったけど、美優が一人でちゃんと生活できるならそれに越したことはなかったから、その寂しい思いは胸の中にしまっていた。


 美優が俺の手助けを必要としなくなっていっても、俺と美優はなんだかんだいつも一緒にいた。


「シュウ君」

「はい、これ」


 長年一緒にいたから、名前を呼ばれるだけで美優が何をしてほしいかなんとなくわかるようになってしまった。


 そんな俺たちの様子を見た友達は「熟年夫婦か……?」なんて言ってきたけど、失礼だな。


 美優への告白は中学生の頃から変わらず続いていて、俺はそのたびに美優に付き合わされていた。


 美優は俺を告白の現場に連れていくことに関して「シュウ君に見ててもらった方が安心するから」なんて言ってたけど、何が安心なんだろうか? 断られたら襲ってくるやつがいるとか思ってるんだろうか。


 そうやって過ごしていた高校一年生の時に、美優が芸能事務所にスカウトされるという出来事があった。


 街中で俺と出かけているときに、芸能事務所のスカウトの人に声をかけられたのだ。


 その時の俺は、芸能界なんてテレビの向こう側の遠い世界のことで、俺の人生に全く関係のないことだと思ってて、はっきり言うと興味なんて全くなかった。だから、スカウトされた美優に「どうしたらいいと思う?」なんて相談されたとき、軽い気持ちで「美優がやってみたいなら、やってみればいいんじゃない?」なんて返事をしたと思う。


「美優ならアイドルやって、人気になれるでしょ」


 本当に、何気なくそう言ったと思う。


 美優は学年で一番可愛いし、もしかしたら高校で一番可愛いかもしれない。そんな美優が一生懸命頑張って努力すれば、アイドルになって輝くのも夢じゃないかもな、なんて。


 本当にそうなれるとはあんまり思ってなかったけど、「やれるとこまでやって、ダメならダメでいいんじゃない? そん時は俺が慰めてやるよ」なんて美優に言ったりして。言った後にめちゃくちゃ恥ずかしくなったけど。


「シュウ君がそう言うなら、私アイドル目指してみる!」


 それから、美優は芸能事務所に所属して、アイドルを目指して頑張るようになった。


 最初はレッスンや、地元の小さなイベントから下積みを重ねていって。


 徐々に徐々に人に知られるようになっていって、人気になっていって。


 美優にはアイドルに対する天才的とでもいうべき才能があったみたいで、気づけばあれよあれよという間に人気アイドルになっていた。


 俺たちが高校三年生になる頃には、美優は忙しくて学校に来る頻度も減っていて、その分テレビで見かける頻度が上がっていた。


 俺はよく美優が出る番組を、自分の友達と見たり、美優の友達と見たりしていた。特に美優の友達なんかはよく俺のことを誘ってくれて、美優の番組の感想を言い合ったりしていた。


 お隣の実家には帰ってきてるけど、朝早かったり夜遅かったりするから、俺との時間も当然減っていて、最近ではたまに高校に行く登下校とかでちょっと一緒になるくらいしか美優と過ごす時間がなかった。


「ふんふんふーん♪ 久しぶりにシュウ君と一緒に登校できるねー!」


 俺と一緒に登校する美優は、俺と一緒にいるときだけは昔と同じように笑ってふわふわとしているけど、ふとした時にマネージャーから電話がかかってきて、その時に見せた美優の表情が表情で。


 なんだかその顔を見た時、俺の中で「美優の中で俺の助けなんて完全に要らなくなったんだな」という思いが沸き上がって。


 高校三年生にもなって、もうほとんど大人に近いところまで成長しているのに、こんなことでめちゃくちゃ寂しい気持ちになるのに、なんだか自分が情けなく思えてしまった。


 俺はそんな俺の気持ちを誤魔化すように、そんな気持ちを美優に知られるのが恥ずかしくて、軽い調子で美優に言ったんだ。


「もう美優は、俺がいなくても大丈夫みたいだな」


 俺がそう言った瞬間、マネージャーと電話をしていた美優の手からスマホがするりと落ちていって、俺は反射的に地面に落ちる前に美優のスマホを掴んでいた。


「――あっぶな! 美優、気をつけろよな」


 そう言って美優にスマホを渡そうとしたけど、美優がスマホを落とした姿勢のまま微動だにしなくて「おい、美優? 美優? 大丈夫か?」なんて声をかけた。


 しばらくそのまま固まっていた美優が、突然再起動したかのように動き出して、俺の肩をガシっと掴んできた。手に持っていた鞄は地面に投げ捨てられた。


「シュウ君……絶対、絶対許さないから……」

「お、おい、美優? どうした?」

「せっかく小さい頃から頑張ってきたのに……今更他の女のところになんていかせないから……!」

「何言ってんだ美優? ちょっとおかしいぞ? 疲れてるのか? 大丈夫か? 今日は休むか?」


 いや、マジでどうしたんだ美優。こんな様子の美優は見たことないんだけど。


 他の女のところとかなんとか、意味わかんないんだけど? なんなんだいったい。


 ……え? いや……え? もしかして、美優って俺のこと好きなの?


 いや、まさかそんな……今までそんな素振りなんて……それに美優は今を時めく天才アイドルだぞ? 俺なんかよりよっぽどイケメンで収入とかもある芸能人なんかに会いまくってて、俺なんて土俵にも上がらないだろ?


「シュウ君」


 俺の肩を掴んで、うつむいてブツブツと何事か呟いていた美優が、顔を上げて俺に微笑みかけてきた。


 その微笑みを見た瞬間、俺は背中にぞわりと悪寒が走るのを感じた。


「シュウ君。学校、行こ?」

「お、おぉ……」


 美優は俺の肩から手を放して、放り投げていた鞄を持ち直すと、学校に向かって歩き始めた。


 俺はそんな美優の後ろを追って行って、いつものように横に並んだ。






 この登校中の俺と美優の出来事は、結構学校の近くで行われていて、いろいろな人に見られていたらしく。


 何故か俺の環境が、少しづつ少しづつ変わり始めてしまうことに、この時の俺はまだ気づいていなかった。

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