テロリストの独白

囲井丼

テロリストの独白

 私は昔から換気を愛していた。特に理由はない。ただ空気を入れ替えるという行為が私の気分を高揚させるのだ。幼少期の頃から、夏も冬も関係なく自室の窓は開け放しだった。どんな強風も大雨も私の換気への偏愛を揺るがすことはなかった。

 ところで、先日私はホームレスになった。金銭的なトラブルが原因だ。定住する家がないことはさして問題ではない。しかし、私は換気を愛しているのだ。換気とは、外気を室内に取り込み、室内の空気を外に押し出すことで、空気の循環を促す行為だ。自分が常に外気に含まれている場合、換気という行為は成立し得ない。ホームレスになるということは換気の機会を失うことでもあったのだ。

 この驚愕の事実を受け入れることができず、私は自殺志願者のような顔で数ヶ月を過ごした。ところが、ある日街で空き缶を拾っている時に閃いた。逆になっただけだ。内と外が逆になっただけなのだ。つまり、自分が外気に含まれているなら、室内の空気を外気に取り込み、外気を室内に逃がせば、換気が成立する。全身に電流が走った。これで外にいても換気ができる。 

 私はすぐにスポーツ用品店に向かい、なけなしの金で金属バットを買った。決行は今夜だ。

 夜が更け、人々が寝静まった頃、私はバットを持って街へ繰り出した。手始めに国道の左手にある美容室の窓をバットで破壊した。私は流れ出る美容室内の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。快感が脳天まで突き抜ける。これだ。しびれるようなこの感覚。久々の換気は想像以上に刺激が強く、しばらくその場から動けなかった。気分が落ち着いたので、私はさらなる快感を求めて次々に建物の窓を破壊した。レストラン、会計事務所、小学校、寝具店など終日営業の店を避けておびただしい数の窓を割ってまわった。室内の空気(今の私にとっては外気だが)を吸い込むたび、理性は失われ、快楽に飲まれていった。

 そこそこの満足感が得られたところで、私は小さな公園を見つけた。ベンチに横になり、夜空を見上げた。星が割れた窓ガラスの破片に見えた。そして私は電池が切れたように眠りについた。

 …これが〇〇市連続窓割り事件の真相だ。メディアの報道では、これはテロだなどと言われているが、全くの見当違いだ。これはテロリズムでもなんでもない。ただの換気だ。空気の循環だ。自然現象だ。それでも私をテロリストだと言うのなら、甘んじて受け入れよう。私はテロリストだ。そしてこれはしがないテロリストの独白だ。なんの意味もない。

 

 

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