第4話 ニンフ達の遊興③ 島崎唯子

3年2組の教室 6時限目 理科

 島崎唯子はノートに絵を描きながら教壇を眺めていた。


 ――眼鏡と顔の輪郭線……なるほど、前髪のバランスで印象が変わるのか……


「そろそろ時間かな。今日はここまでにします。次の授業までに、良く復習しておいてください」


 教壇に立つ白衣の男性は、淡々と進めてきた授業を淡々と終わらせた。  

 チャイムとともに、号令がかかる。

 授業が終わると、島崎は描きかけのノートを閉じ、そのまま廊下へと駆け出した。


「渡邉先生っ」


 声をかけられた白衣の教師は、その細身の身体を少しひねって振り返ると、


「島崎さん」


とだけ答えて、すぐまた歩き続けた。

 島崎は渡邉の顔を覗き込むようにまとわりつきながら、その隣を歩く。

 渡邉が担当教諭になった4月から2ヶ月経つが、理科の授業後恒例の光景だった。


「先生、先生がこないだ勧めてくれた映画、マトリックス? 観てみました!」


「そう。どうでした?」


「スゴかったですっCG? 目が離せなくて!」


「それは良かったです」


 少し長めの前髪、さらさらの髪、不健康そうに色白の肌、知的に光る眼鏡、の奥の切れ長の目。

 少女漫画好きな島崎には2次元キャラのような渡邉は魅力的だった。

 物静かで、細身で、白衣が似合って、淡白で。


「アクションシーン結構派手ですよね! 先生がああいうの好きだとか、ちょっと意外でした」


 自分だけが秘密を知ってしまった、と言わんばかりに嬉しそうに言う島崎に、チラ、と目線を動かしてから渡邉は答える。


「別に、特別好きなわけじゃありません。何か勧めて欲しいと聞かれたから、有名どころを教えただけです」


「そうなんだ! じゃあ、渡邉先生の好きな映画を教えてください! 今まで観た中でのベスト3!!」


 渡邉が担当するようになってから、授業の後はたくさんの生徒が渡邉のところへ集まった。

 対応しているとなかなか職員室へ戻れないので、少し対応したら「次の授業の準備があるので」と教室を出るようになった。

 それでも、職員室までの廊下をついていく生徒が居て、職員室の他の教師から「渡邉先生はアイドルじゃないぞー、ほどほどにしろー」と注意されたりした。

 それもあってか、渡邉は基本塩対応だ。

 渡邉の優しい雰囲気や笑顔に釣られた生徒は、塩対応にがっかりして授業後の追っかけを止めた。


「ベスト3ねぇ……」


 考えるように遠くを見回す渡邉に、通りすがる他の生徒が一人、また一人、と挨拶をする。


「こんにちは」


 ――わ! 渡邉スマイル出た。


 島崎は見逃さずにうっとりした。

 優しげな笑顔で挨拶を返された生徒達もキャアキャア言っている。


「3つ無くても、逆に多くても良いですよ!」


 話題を戻そうと島崎は再度促した。


「島崎さんのベスト3はどんな映画ですか?」


「え、……と」


 逆に聞き返されて島崎は焦ってしまう。

 漫画やアニメ好きな島崎が思い出す映画は、アニメばかりだ。

 それもイケメンが出てくる少女向けで、名前を挙げても渡邉に通じるとは思えない。


「私はあんまり映画は見ないんです……だから先生にお薦めを聞いて観てみようかなって!」


 そうこうしているうちに職員室に着いてしまった。


「映画ベスト3は少し考えさせてください。じゃ、授業の復習はちゃんとやってくださいね」


 渡邉は満面の爽やかスマイルを島崎に投げ掛け、職員室へと消えていった。


 ――もー渡邉先生ってば! 道中での塩対応とは別人みたいな優しい笑顔、ギャップ萌えなんですけど~!!


 笑顔の余韻に浸っていると


「島崎、お前また来てるのか」


 体育教師の高尾の呆れるような声で現実へと引き戻された。


 ――うわっウザいやつに会っちゃった。早く逃げよ。


 島崎の心の声が聞こえたのか、表情かおに出ていたのか、高尾は顔をしかめて続けた。


「漫画や空想も個人の自由だが、 現実をしっかり見ろよ。授業中のお絵描きは止めてちゃんと勉強しろ」


「はーい! 失礼しまーすっっ」


 ――うっざ! 体育の時間に絵なんか描けるわけないし、他の授業中のことなんて関係ないじゃん。


 高尾が言い終える前に島崎は職員室前から逃げ出した。


 ――次の授業時間のノートへの落書きは、渡邉スマイルにしよう! 金井さんと見つめ合わせて禁断の恋をテーマに描くのも良いかも! なんだかここ数日、金井さんの物憂げオーラが増してて、美しさと色気が爆上がりなんだよねぇ。誰も気づかないのかなぁ、あんな美少女と同じクラスで見放題なんて贅沢なのに。

 ヤバっ、妄想はかどり過ぎて早く描きたいっ。

 推しと推しの共演、幸せすぎる!


 ニヤつく顔を隠しながら島崎は教室へと駆け戻った。

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