第3話 ニンフ達の遊興② 林真帆

 一ヶ月ひとつきも経たないうちに、大西の側にいつも一人の少女が居るようになった。いや、逆なのか。

 一条美月、どちらかといえば地味な存在だが、清楚で可憐、真珠色の肌に緑の黒髪、大きくぱっちりとした目と赤みの強い唇でビスクドールのような美しさの少女だった。

 普通に考えれば常に目を惹きそうな容姿なのだが、一人でいると他の生徒の中に埋没して存在をまるで感じさせない。

 正直、大西のそばに現れるまで、そんな新入生が居たとも知らなかった。

 それが、大西の側に居ることで、常に大勢の目を惹くようになった。

 大西の明るさが、否応無く一条を照らすのだ。

 また、一条の美しさが、大西の放つ明るさに華を添えた。

 小鹿バンビに黄金の角が生えたようだっだ。

 二人の存在感は、当然のように学内で徐々に強まった。

 一年経った今、真帆たちグループは無視ができなくなっていた。


「また、周りに聞こえるような大きな声で」


大西さんあの人って一条さんのお兄さんの自慢話、好きよね。自分に自慢出来るネタがないんだろうけど、一条さんのネタで自慢とかうっとおしー」


 とりまきがディスりトークを始める。

 自分達だって、私をダシにしてマウント取るじゃない、自爆してるわよ、と真帆はいつものように内心で皮肉った。


「もう学内で知らない人いないんじゃない? 一条さんのお兄さんがスーパーイケメンって。くど過ぎ」


「騒いでるのは大西さんだけでしょ? どの程度のイケメンなんだか」


 大西香鈴奈が広めて回っている一条美月の兄。

 ここ横浜からそう遠くない有名大学の大学院生で、王子様級のスーパーイケメン。

 頭脳明晰、容姿端麗、性格も人柄も良く、妹溺愛の守護神ガーディアンとかいう女子校受け抜群のオプション付き。

 普通に考えれば素直にうらやむしかないのというのに、無理矢理否定していることが「敗北」を感じさせるのよね、と真帆は思った。


 ――いつもは当然のように私をダシにして「自分達・・・」が「勝利」しようとするのにそうしないって。「私でも勝てない」って、私のことまで「敗北」決定してくれてる訳なのよね。

 確かに私の周りには、そんな異性はいないけど、貴女たちに勝手に敗北決定されるのは不愉快なんですけど。


 真帆はつい、無言になった。

 気づかないのかとりまきは話し続ける。


「イケメンといったら、今春から来た理科の渡邉先生がダントツじゃない?」


「同感っ!! 優しそうな雰囲気と笑顔が最高!」


「大人の雰囲気がね~! あ、そう言えば、2組の川島さん、お姉さんの同級生の高校生と付き合い始めたらしいの、聞いた?」


「えーっ知らない、そうなの?」


「そう、ちょっと調子乗ってるみたいで、皆に話して回ってるみたい」


「それって、……下品ーっ川島さんらしいといえばらしいのかも、ね? 真帆」


「ほんとね。自分で広めるとかいやらしい」


 川島は、一年の頃、何かと真帆に張り合ってくるような同級生クラスメイトだった。

 真帆の中では相手にもならないような存在だったが、それだけに何かと噛みついてくるのを煩わしく感じていた。

 真帆が同学年で相手として認めていたのは、金井栞一人だけだった。

 両親の社会的地位と本人の容姿の美しさ。

 2組の金井栞だったら、張り合われても気分が良かったかもしれないし、自分磨きにプラスになったかもしれない。

 このニュースも金井栞の話だったら焦ったりしたのだろうか。

 川島では自慢気に広めている下品さしか感じないわ、と真帆は少し可笑おかしかった。


「いやらしいと言えば、ほんとにいやらしいの! 川島さん! この夏には、その彼氏とロストバージンするんだって言って回ってるらしいの!」


「「えぇーっ!!」」


「高校に上がる前には経験しておきたいとか、エッチを知らないとかダサいとか、結構凄いこと言ってるみたいよ」


「「いやらしい~っっ」」


 真帆は愉しそうに笑うとりまき達に合わせて笑ったけれど、心の中が無性にチクチクし始めるのを感じていた。

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