前編 日常というピース(欠片)

第2話 ニンフ達の遊興① 大西香鈴奈

一条邸が警察の訪問を受けた11月より5ヶ月前の6月

希望ケ丘女子学校 講堂からの廊下


「今年の阿久津さん、ザ・刑事って感じの人だったねー」


美月の横を歩く香鈴奈は軽く伸びをしながら言った。

1年に1回、希望ケ丘女子学校では地元警察署に依頼し、全学生に向けた講話を実施している。

全校生徒が講堂に集められ、先程その講話が終わったところである。


「刑事ドラマみたいな雰囲気がかっこいいって騒いでた先輩たちも居たけど、私は途中で眠くなっちゃったなぁ。警察官でも、秀平さんみたいなイケメンを呼べばいいのに! 皆もっとしっかり話を聞くと思うんだけどなぁ~」


誰に聞かれても構わない、むしろ聞かせたいのかといった声量でしゃべる香鈴奈に、美月は首を振った。


「いや、逆に厳しいと思うな。秀ちゃんが50分も真剣な顔で話したら、もうそれ、ちょっとした写真集だよ」


「写真集? 何それ」


 二人の会話に興味を持った、近くを歩く同級生クラスメイトが近寄ってくる。

 美月は彼女たちにも目線を配りながら続けた。


「お父さんとお母さんがトロントに行ってから、秀ちゃんの保護者キャラが年々強くなってるのね。真面目なこと言われることが増えたんだけど、整った顔に真剣な眼差しって破壊力すごいの。見慣れてる私でもうっかりするとつい見惚れちゃってて、秀ちゃんの話全然聞こえてなかったりする……」


「「えぇ~っ」」


 贅沢な悩みに一同ワッと盛り上がる。淡々と困り顔で話す様子に、少しも嫌みを感じないのは美月の長所かもしれない。


「うわっ想像出来た。動く写真集。確かに何も聞こえなくなりそう……」


 香鈴奈の同意に、他の子達もめいめい話し始める。


「めっちゃ見すぎて、私と目があった! とか、私を見てた! とか騒いじゃうやつだ!」


「あー! ライブとかで良くあるやつ!」


「1対1とかムリ!」


「「絶対ムリ~っ」」


「阿久津さんくらいがちょうど良いのかもね!」


前言撤回! と香鈴奈は美月に笑いかける。


「ちょうど良くても寝てたくせに~」


 美月は愉しそうに笑い返す。


「えぇ~! 眠くはなったけど、寝て……たのバレた?!」


「「バレバレだよ~っ」」



***



 ワイワイと楽しそうにはしゃぐ香鈴奈達を不快そうに眺める集団がいた。

 下級生の少し後ろを距離をとりつつ歩く、3年生だ。

 ――2年の大西香鈴奈。

 3年1組の、林真帆を中心とした仲良しグループの4人は皆同じことを心に思っていた。


 大西香鈴奈は、去年入学してきた新入生の中で、一際明るい存在感を放っていた。

 楽しそうなおしゃべりの声や、笑い声が聞こえると思って見ると、いつもそこには大西香鈴奈がいる。

 特に美人という訳ではないが、小さな顔にバランス良く配置された目鼻、愛くるしく変わる表情。中学生らしい細く伸びる手足は、常に元気に動いていて小鹿バンビのような魅力にあふれている。

 「周囲に愛されている」を体現するような少女。

 ――気に入らない。

 当時2年生だった真帆たち4人は、大西香鈴奈という存在を認めるやいなや、否定することになった。

「騒がしい子が入ってきたのね」

「ご両親は地方公務員ですって。だからじゃなぁい?」

 旧財閥系企業の役員で、政財界にも力を持つ父を持つ真帆の敵ではない、と見下すことにした。

「家柄通り、外見も庶民的じゃない」

「真帆とは勝負にもならないわよ」

 真帆は余裕たっぷりの表情で微笑むことで、同意を返した。


 いつも先に周りが口にするので自分から言うことは少なかったが、真帆自身、女優として芸能活動の経験もある母譲りの容姿には、誰と比べても、自信と満足を感じていた。

 そして、同等クラスの両親を持ち、外見にも磨きをかけている、このとりまきの友人たち。

 中等部では一番華やかなグループで、その中心は私。

 あんな小鹿バンビ、気に留めるまでもない。

 そう思っていたのだが、状況は望まぬ方向へと変わっていた。

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