第21話 戦いの後

 魔族との戦いは、一瞬で終わった。

 胴体から真っ二つになった魔族の体が、切られた部分から黒い煙を発生させながら、ゆっくりと消えていく。それと同時に、魔獣たちも消滅した。

 生みの親である魔族が死んだから、彼らも生きていけなくなったのだ。


 その様子をジッと見つめていると、


「皆、無事か⁉」


 バックス様を先頭にして、討伐隊が到着した。バックス様は、立ちすくむ私たちを見つけると、乗っていた馬から飛び降り、駆け寄って来られた。彼に倣い、後ろにいた兵士たちも馬から降りて剣を構える。


「アウラ殿、怪我はないか⁉」

「は、はいっ、私は大丈夫です! 魔族に襲われた人々の傷も癒やしたので、皆さんも無事です!」

「皆を守ってくださり感謝する! それで魔族は今どこに⁉」

「あ、それは……」


 私は、消滅しかかっている魔族の死体を指差した。死体の横には、無言で立ち尽くすマーヴィさんの姿もある。


 バックス様の瞳が大きく見開かれたかと思うと、少し警戒されながら魔族の死体に近付いた。抜いた剣先で死体を突き、死んでいるのを確認されると、父親が来ても微動だにしない息子の肩を叩いた。


「マーヴィ……あれは、お前がやったのか?」

「あ、ああ……そう、みたい……です」


 マーヴィさんが、ハッと顔をあげる。


 そうみたい、だなんて。

 マーヴィさんの一撃が魔族を真っ二つにしたのは、間違いないのに。


「凄かったんですよ! たった一振りで魔族を真っ二つにしたんですからっ!」

「たった、一振りで……?」


 釈然としない様子のマーヴィさんに代わり彼の活躍を伝えると、バックス様はポカンと口を開いたまま何も言わなくなってしまった。


 驚く気持ちはよく分かる。


(魔族を一刀両断するなんて……守りだけでなく、剣の腕も凄かったんだ……)


 彼は盾役として敵を引きつける役目を担っていて、彼の剣の腕を見る場面が殆どなかったから、今まで知らなかった。

 

 マーヴィさんは私の発言に対し、何も言わなかった。

 しばらく魔族を断ち切った自分の剣を無言で見つめると、考えを振り払うように軽く頭を横に振った。


「アウラ、結界を解いてくれ。怪我人を街に運ぼう」

「分かりました」


 結界を解くと、討伐部隊の兵士達が怪我人を運び出した。


 途中、意識を取り戻した人もいたみたい。

 死人が出なくて本当に良かった。


 討伐部隊の一部は怪我人を連れて街に、バックス様を含む残りの兵士たちは、他に魔族や魔獣がいないかを調べるため、周囲を巡回することとなった。


 私は乗ってきた馬を別の場所に繋いでいたため、一先ず討伐部隊の方々と別れ、後から帰ることになった。


「……はぁ」


 直ぐ隣で聞こえた大きなため息は、マーヴィさんのもの。

 私に付き添って、この場に残ってくれたのだ。


 彼の黒い瞳が私を見る。その視線はとても鋭い。


「もしかして怒って……ますか?」


 恐る恐る訊ねると、マーヴィさんはこれ見よがしに大きなため息をついた。


「……怒っていない……と言えば嘘になる。こんな危険の中に一人で突っ込んでいくなんて……」

「す、すみません……」

「だが怒るに怒れない。あんたがあのタイミングで飛び出さなければ、襲われた者たちは今頃死んでいた。だからあんたは正しい判断をしたと思う。それに――」


 思慮の浅さを咎められて肩を落とす私に向けるマーヴィさんの表情が、少しだけ和らいだ。


「信じていた」

「えっ?」

「無茶をせず守りに徹し、俺たちの到着を待ってくれるだろうと。あんたの結界の頑丈さは、良く知っているからな。あれに守られているならどんな敵だろうが大丈夫だと思っていた」


 マーヴィさんの黒い瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。


「ありがとう、アウラ。そして……本当に無事で……良かった」


 心臓が大きく跳ねた。

 私が無事で良かったと呟くマーヴィさんの声色が、今まで聞いたことのないほど心に迫っていたからだ。


 よほど心配させてしまったみたい。


 マーヴィさんは私の判断が正しかったと言ってくれた。もちろん、私も人々を助けるために飛び出したけど、理由はそれだけじゃない。


 罪悪感に心をチクチク突かれながら、私は小さく呟いた。


「私が飛び出した理由……実は、皆を助けるためと……もう一つ理由があったんです」

「もう一つの理由?」

「はい。私……もう一人でも大丈夫だという所を、マーヴィさんや皆さんに見せたかったんです」

「え、どうして……」

「だって私、ここにいる間、皆さんにたくさん心配をかけましたから。街を出て行くときぐらい、皆さんに心配をかけたくなかったんです」

「……街を、出る?」


 マーヴィさんはその一言だけ呟くと、薄く唇を開いたまま固まってしまった。


 私も、街を出ると自分で口にした途端、胸の奥が苦しくなった。


 本当はスティアの街を出たくない。

 出たくないけど――


 下唇を噛んで俯くと、突然マーヴィさんに両肩を強く掴まれた。私の顔を覗き込む彼の表情は、緊迫していた。


「何があった? 街を出たいと思うほど、何か嫌なことがあったのか⁉」

「い、いえ、そうじゃないんです! えっと……ほら、私がずっとマーヴィさんの所でお世話になっているのが、ご迷惑かなって……」

「何を今更。俺があんたを誘ったんだ。もし城が嫌なら、神殿に住むことだって出来るが……恐らく母が全力で阻止してくると思う。父もな。それほどあんたのことを気に入っているんだ。嫌じゃないなら好きなだけいれば良い」


 私の肩を掴む彼の手に力がこもった。


 マーヴィさんは優しいし、責任感も強い。

 自分がこの地に誘ったのだからと、いつも私のことを気遣ってくれる。


 だから……甘えてしまう。


 先ほど盗み聞きしてしまった彼とバックス様の会話を思い出し、私は喉に力を込めた。

 

「マーヴィさん……色んな貴族の方からご招待を受けているのでしょう?」


 マーヴィさんが目を丸くした。肩を掴む手から力が抜ける。

 彼の反応を見て、私は慌てて謝罪した。


「ごめんなさい。さっき、訓練場でバックス様とマーヴィさんが話しているのを聞いてしまったの。貴族であるあなたが、平民の私の衣食住を世話していると知られたら、他の貴族やお相手のご令嬢の心証が良くないんじゃないかと思って……」


 この地は、領主と領民たちの距離がとても近い。だけど、貴族と平民の区別を付けている者たちからすれば、良くは思わないはずだ。


 領主夫妻やその息子が、平民女の世話をしているとなると、なおさら。


「だから街を出ようと考えたのか? 街を出るために、魔族に一人で立ち向かうとしたのか?」

「……はい」


 まるで責めるような強い口調に、私は身を縮こまらせながら頷いた。


 だけど――彼が口にした理由に、しっくりこない自分がいる。


 さっきマーヴィさんが言った通り、迷惑を掛けたくないのなら、街のどこかに移り住み、自立して生きていけば良い。


 私、どうして街を出なきゃって思ったんだろう。

 どうしてその方法しか……思いつかなかったのだろう。


 考えている私の傍で、マーヴィさんの深すぎる溜息が聞こえた。私の肩から手を離し、不機嫌そうに両腕を組みながらこちらを見下ろす。


「言っておくが、招待は全て断った」

「え、断った……んですか?」

「当たり前だ。領地の立て直しの大切な時期に、そんなものに参加している余裕なんてないだろ。そもそも魔王討伐の旅の話を、好奇心で聞きたがる奴等の酒の肴にしてやるつもりもないし、魔王討伐に貢献したあんたを平民という理由で見下す恥知らずとの付き合いは、男だろうが女だろうが、こっちから願い下げだ」


 マーヴィさんは半眼になりながら、一方的にまくし立てる。


「とにかくだ。あんたが迷惑になっていることは、何一つない。むしろ父も母も領民たちも、あんたがこの地にいてくれて嬉しいと喜んでいる」

「……マーヴィさんは?」


 気付けば、口が勝手に動いていた。

 何故こんなことを訊ねようと思ったのか、自分でも分からなかった。


 こんなことを聞くなんて私、もの凄く面倒くさい人間だ。分かっていても、唇から零れた言葉を訂正し、無かったことにしようとは思わなかった。


 マーヴィさんは何も言わない。ただジッと私を見つめ返している。

 だけど彼の黒い瞳が揺れたかと思うと、私の後ろへと向けられた。穏やかだった表情が一変する。


「アウラっ‼」


 叫び声とともに、私の体を抱きしめたマーヴィさんの後頭部に、黒い何かが強くぶつかった。

 

 魔族の攻撃を正面から受けてもびくともしなかったマーヴィさんの体が地面に倒れ、そして、


 ――動かなくなった。

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