第20話 魔族の襲撃

 私は魔族が現れた場所に近付くと馬を下り、出来るだけ音を立てないように進んでいった。


 現場に辿り着くと男性の言っていた通り、逃げ遅れた人々が見えたけれど、血を流しながら倒れている。


 不幸中の幸いか、皆まだ生きているみたい。

 しかしあの男性と同じく大怪我を負っていて、一刻の猶予もない。


 魔族は一体。

 知能が低いタイプのようで、人とほぼ同じ形をしているけれど、獣のように四つん這いになってウロウロしている。全身は赤黒く、毛が生えていなくてツルッとしていて、顔には、目の部分と額に大きな瞳がついているけれど、鼻と口はないという異様な出で立ちをしていた。

 体はひょろっとしているけれど、私の二倍はある。


 魔族の近くには、全身の毛が鋭い針のように尖った魔獣が四体いる。一見狼のように見えるけれど、口が縦に割れていて牙が飛び出していた。手足には鋭利な爪が生えていて、赤く染まっている。


 魔族は何も食べないけれど、魔獣は人を食べる。

 このままだと、領民たちが食われるのも時間の問題だ。


(恐らく今頃、バックス様に報告がいっていて、魔族討伐のための準備が進められているはず)


 増援が来るまでに私が出来ることは、怪我した領民たちを癒し、結界を張って守ること。

 

 魔王討伐の旅の中で山ほどやってきたことだ。

 今は私一人だけれど、やることはあのときと一緒。


 だから、 

 

(……できるわ。たった一人でも。いえ、一人でもやり遂げないと)


 緊張でカラカラになった口内を唾で湿らせると、汗が噴き出している両手を強く握った。

 

 地面に落ちていた太めの木の枝を拾うと、怪我した人々が倒れている場所から少し離れたところへ投げた。


 枝はくるくる回りながら、私が予想した場所へガサッと大きな音を立てながら落ちた。


 魔族と魔獣の視線が一斉にそちらへと向き、枝が落ちた方へと走っていく。


(今だ!)


 私は隠れていた茂みから飛び出すと、倒れていた人々を何とか一カ所に集め、結界を張った。キラキラと輝く半円状の結界が人々を守ると同時に、魔族と魔獣たちがこちらに戻ってきた。


 間一髪だった。


 突然現れた結界と私に、魔獣たちが殺気立ちうなり声をあげた。


 結界が破れないと分かっていても、たった一人で魔獣と魔族と対峙するなんて魔王討伐の旅の間ですらなかったから、緊張しすぎて心臓が激しく脈打っている。

 この人たちの命を私が握っていると思うと、責任の重大さに体が硬くなる。


 目の前の敵から出来るだけ視線を逸らさないようにしながら、私は怪我をした人々に癒しの魔法をかけた。

 先ほどの男性と同じく、酷い怪我がみるみる癒えていく。血を失ったせいで顔色は悪いけれど、人々の呻き声は途切れ、呼吸が少し穏やかなものになった。


 良かった。

 最悪の状況は避けられたみたい。


 だけど魔族たちは結界の外をウロウロしていて、隙があらば襲い掛かろうと身構えている。それが怖くて堪らなかった。


 これ以上の戦いを乗り越えてきたはずなのに……


(こんなときにマーヴィさんがいてくれれば……)


 いつの時も前衛に立ち、銀の大盾と鍛え抜かれた体で私たちを守ってきたマーヴィさんの後ろ姿を思い出し――そして気付く。


 私が過酷な戦いの中でも、今ほど恐れを抱いていなかったのは、いつもマーヴィさんの背中に守られていたからだと。

 彼の守りに、絶対的な信頼を置いていたからなのだと――


 結界が大きく揺れた。

 ビクッと体が震え、目の前の光景に心臓が止まりそうになる。


 魔族が結界に貼りついていた。

 両手だけでなく体全体を結界に貼り付け、凹凸のない顔ついている三つの瞳を見開きながらこちらを覗き込んでいる。


 その瞳は私と目が合うと、ニタリと細められた。


 怖かった。

 今までにないくらい心臓が早鐘を打っている。

 噛みしめられた奥歯が震え、カタカタと音を立てる。


 結界に守られ大丈夫だと分かっていても、蛇に睨まれた蛙のように私は動けなくなっていた。そんな私を嘲笑うかのように、魔獣たちが結界に体当たりを繰り返している。


 目の前の魔族。

 そして魔獣たちがぶつかる音と、それによって揺れる結界。


 大丈夫……

 動揺するな……


 という理性と、


 怖い……

 怖い……


 という感情が頭の中で戦っている。

 だけど次第に理性が力を失い、恐怖が頭の中を支配した。


 同時に、何かが優しく私に語りかける。


『結界を解けば、もう恐怖を感じることはない』


(結界を……解けば、もう怖い思いをしなくていいの?)


 まるで導かれているかのように私は両手を広げると、誰かの言う通り結界を解こうとした。


 そのとき、


「アウラっ‼」


 私の名を呼ぶ声が聞こえたと同時に、結界に貼りついていた魔族の姿が吹き飛んだ。


 目の前に広がったのは――ずっと安心感を与えてくれた大きな背中。


「マーヴィ……さん?」

「大丈夫か? 怪我はないか⁉」

「は、はい、私は大丈夫です!」


 そう答えつつも、私は心の中で冷や汗をかいていた。

 だってマーヴィさんがやってこなければ、魔族による精神攻撃に操られて、結界を解いていたところだったから。


 隙を見せないようにと魔族を見ていたことが、仇になったみたい。


 マーヴィさんが現れてから、先ほどまでの恐怖が綺麗サッパリ無くなっている。

 状況は何も変わっていないはずなのに、マーヴィさんが来てくれただけでこんなにも気持ちが変わるなんて――


「マーヴィさんっ、横から魔族です‼」


 先ほど吹き飛ばされた魔族が、獣のようにマーヴィさんに襲い掛かった。


 敵の体当たりが大盾に直撃する。

 しかしマーヴィさんの体勢は全く崩れない。


 そのまま敵を押し倒すように大盾を突き出すと、魔族の体が後ろにぐらついた。


 次の瞬間、赤黒い胴体に一線が走り――真っ二つになった魔族の体が大地に横たわった。

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