第2話 999日前

 次の日、私の眼前に骸骨の踵が一足ぶら下がっていた。

 小ぶりのぷいっとしたどこか愛嬌のある踵だ。童の踵かもしれない。その踵は白く濁り煙って見えた。私はいつも寝ぼけているから、そう見えているだけかも知れない。

 私はだるいからだと呆けた脳をまどろみの枕から起こしている最中だった。

 どうやら私は何者かの『ゆめ世』にたどり着いたようだった。つまり何者かは私を雇用したのだ。何者かの『ゆめ世』ではあるけれど、私は雇われてみようと思う。


 ただ、何者かの『ゆめ世』は私に一足の童骸骨の踵を見せている。これはなんの冗談なのだ。悪趣味がすぎる。

 だらりと垂れた童骸骨の踵は息を吸うように、ゆれてはあがり息を吐くようにゆれてはさがっている。

「吸う吐あ吸う吐あ吸う吐あ」と息吸い吐く私の息と息とが、童骸骨の踵とうなずくように踊っていた。「うんうん」それで。まるで私に「わかったわかった」と言うように。


 私の眼前をつぅとあがる童骸骨の踵は、私の頭にひとつの空を開けてくるんと巻いてういていた。そして、童骸骨の踵から伸長した骨の先端は円を完成することなくぽかんと横向きの口を開けている。

 まどろみからもどった私は、それはもう童骸骨の踵から伸長したものではないとわかっていた。

『?』だ。

 あろうことか、それは『?』だった。

 何度見ても『?』だ。私の体中の感覚が、意識が『?』に探りを入れて巡っていた。過去から未来から失敗から、すくない成功体験からも、私は『?』を追ってみた。

 ━━ない。そんなものは、ない。私の身の上に『?』が頭上にうく事情などあるわけがなかった。呪い方面も考えて見たけれど、恋に破れてフラれれたことあれど、フッたことのない私に恨まれるような諍いもなかった。はずだ。そうだろう、私をフッた者よ。

 これは、もう、何者かの『ゆめ世』の理のひとつなのだろう。でも、もう一度言う。なんの冗談だ。ちょっと、目立つではないか。


 私はこれから、私のつむじからひとつ空をあけて『?』がういている者として『空生講御師くそこうおし』として働く契約をしたのだ。うん。

 私はいま私のゆめを見ているわけではない。はっきりとした意識をもっている。『?』を、あっさり受け入れたその精神性に、問題がないとは言えないけれど。私は何者かの創りだした『ゆめ世』で暮らして見たい。そんなふうな私だ。私は騙されているわけではない。私は不可思議なものに従順なのだろう。

 つい、先だって、くらくらしながらなんとかかんとか頼みごとをしたことは、くらくらの頭で覚えては、いた。でも、なにせ、くらくらしていたのでよくわからない。我からどうどうと狐につままれるのも悪くない。まあ、いいのだ。どうせ無職だったし。とにかく働き口が見つかってよかった。


 それにしてもだ。見るからに『?』の材は骨ではなかった。色は曇天にして質は最高級のダウンハガーのように柔ら気だ。エベレスト登山にも耐用可能な保温性と軽さを備えているように見える。そして、この『?』には生きもののような愛嬌さえあった。

 これはつまり『?』の像をした『雲』なのではないか。

 その動きは終わることなく常に内から外へながれをうんでいた。縁は曖昧模糊として雲流を空に吐きだし続けている。


 とんちきな風景といっていい。一塊の雲が私のつむじからひとつあいた空ににゅうんとういていた。漫画の吹き出しみたいに。それは『?』型の雲だった。これは、何者かの『ゆめ世』を間借りした私がうんだ最初の嘘言でもあるかもしれない。何者かの『ゆめ世』と私のゆめが混濁したもうひとつの、しのばずの世界だ。なんなんだそれは。私は私の吐いた言葉を捕まえられないでいる。追いかけても追いかけても私の言葉が逃げていく。私はまだ頭がくらくらしているのだろう。

 私は思う。これは私の『もの生む空の世界』だ。


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