第3話 千日後
『ゆめ世』と呼ばれていた世界と、『もの生む空の世界』は接近し混じり合い混濁していた。カオスだ。あれから千日経っているのだ。私はなぜか、とうとつにこの世界を任されてしまった。
「任せてほしい」といった記憶も、ないようなあるようなよくわからなかった。『もの生む空の世界』という不思議な雑貨屋の定員になった気分で暮らしている。ただ、この世界の持ち主である何者かにはあったことはない。あって話たいこともなくは無いのだが。
千日前、『ゆめ世』と『もの生む空の世界』に大した違いはなかった。ただ、千日間も『もの生む空の世界』に入り浸るとなれば、少々私の我が出てしまう。当たり前のことだ。私には茶目っ気があるのだから。
現に、いま私の隣の
私の暇つぶしのいたずら心が生んだ初めての生き物だった。『何処へゆくにもつねに右をむいて泳ぐ魚。それが『ゆ魚』だ。
『もの生む空の世界』という名についてもそうだ。千日前の私が思いついた。その日一日を小躍りする勢いで、私は私を褒めちぎったものだ。ああ、懐かしい。私のわがまま心は、時に、詩的なものを生む。そんな中年男がこの世界のやり手の店員のようなことをしている。
なあ『ゆ魚』、かわいいのう。「右向け上」。すると『ゆ魚』がゆらゆら上空にむけて泳ぎはじめた。かわいいなあ。
私の甘ったるいこだわりと、詩的なものへのあこがれと、持て余した幼児性のなんだかわからないキッチュのなれの果てが、『もの生む空の世界」なのだ。ああ、ほんとに生んでよかったな。『ゆ魚』。よしよし。
もう、私の『もの生む空の世界』での暮らしは千日を過ぎて、だらだらのだらだらの体たらくだった。それでも私がこの『もの生む空の世界』から放逐されないのは、お勤めだけはしっかり務めあげているからだろう。
千日前に唐突に開かれたあたらしい日日は、私の心になめらかにすうと染み入った。飲みなれたpHの水のように、そこに逆らうというような外向きの弁の働きはなかった。私のからだはぜんしんぜんめんぜんたいからこの暮らしを受け入れていた。
千日前、「なにもなかった」、はずでもない。それなりの暮らしが私にはあったはずなのに。それでも、私にとっては「なにもなかった」と、切り捨ててしまうような暮らしであったというのは、残酷なことかもしれない。
いまの私に、喪失感はない。そもそもなにが失われてしまったのかすらわからない。『もの生む空の世界』はどこまでも平らかな『
この暮らしの楽しみのひとつは、嘘言を生むということだ。私は千日の間に、するする嘘言を生んでいる。『ゆ魚』はほんの一例なので、私はたいへんな子沢山でもあった。『もの生む空の世界』は私が生んだ色とりどりの嘘言の楽園になってしまった。
そうだ。『?』もかわらずに私のつむじ上でういている。いつもうなずくように「うんうん」ゆれていた。本人にしてみればそれは、踊っているのかも知れないが。
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