第2話 旅立ち

 城を出るなら、新たな職を探す必要がある。

 私は、花奏師だ。

 王城の聖花たちに演奏を届けることが仕事。


 だけど、誰にもーーいえ、ただ一人にしか言っていないけれど。私の演奏には、聖花を守る他に、もうひとつ、効果がある。


 それは、怪我や精神を癒せるということ。


 この力があれば、きっと、どこでだって生活していける。


 そうでなくても、演奏の技術は毎日、磨いてきた。


 どこかの一座に入るのもいいし、あてのない一人旅をするのだっていいでしょう。


 私の実家ーートドリア侯爵家は、いつだって、私の味方だ。私がレガレス陛下以外との婚姻を望んでいないことを知っている。


 だから。


 きっと、大丈夫。


◇◇◇


 出立の日は、すぐにやってきた。


 花奏師長は、私がいないと困る、と言ってくれたけれど。

 マーガレット様がいるから、大丈夫。

 それに二人を見るのは、やはり辛いのだ、と告げると、許してくれた。


 師長も私の想いを知っていた……知らないのは、マーガレット様とレガレス陛下だけ。


 マーガレット様たちには出立の日も、城を出て行くことも、伝えなかった。

 優しくて純真なマーガレット様には、止められるに決まっているから。


 でも、そんなの余計惨めになるだけだ。


 友人、と言っておきながら、こんなに自分のことしか考えていない。


 だから、私ではだめだったんだろう。


 改めてそう思いながら、空を見上げる。

 ーー青い空には、雲ひとつない。


 太陽に手をかざす。

 もちろん、太陽に手なんか届くはずないけれど。それでも、ずっと、焦がれていた。


 初めて出会った、あの日からずっと。


 でも、そんな想いも、もうおしまい。


 選ばれなかった私は、けれど、それでも、ラファリアとしての人生を生きていかなければならない。


 

 私は一度だけ、城の方を向いた。


 六年前の思い出が、演奏が、花の香りが、甦り、引き返したくなる。


 それでも、選ばれたのはマーガレット様だ。

 私じゃない。


 その事実を噛み締めて、今度こそ、前を向いて、歩き出した。



◇◇◇


 さて、どこにいこう。

 実家は、いつでも迎える用意はできている、と手紙を送ってくれたけれど。


 でも、実家に帰るつもりはなかった。


 気を遣わせることはわかっていたし、もう十分我儘を言った。これ以上煩わせるのは、違うだろう。


 ……そういえば。


 王都の街並みを歩きながら、ふと、立ち止まる。


「お酒、飲んでみたいなぁ……」


 私は成人しているものの、花奏師だから、お酒を飲んだことがない。


 花奏師は、聖花がお酒を嫌うため、任期中は飲酒できないのだ。


「うん。……せっかくだし、飲んでみよう」

 

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