紡ぐ
不意に呼び止められた美少女は目を見開いて息を飲んだあと、ツカツカとすずに近づいてきたかと思うと、
「来て」
そう言ってすずの手を取った。
やっぱりアキラ先輩だったんだと確信した瞬間だった。
あのときも混乱して会話もなく空き教室に連れて行かれた。今回ももちろん混乱していた。なにしろ、あの先輩が二〇分足らずで美少女になっていたのだ。
けれども、このとき先輩に手を引かれるままになっていたのは、そうしているのが自然なことだったから。そう、後で思い返せばとても浮かれていた。
先輩に声をかけることができたのは、本当に偶然だった。
特に目的もなく立ち寄ったショッピングモールで、なぜかいつも人気のないコインロッカーから紺のキャンパス地のビッグトートバッグを取り出す先輩がいた。
まだボタンのお礼をしていない。財布の中身を頭の中で確認する。
大丈夫、フラペチーノ代は出せる。いや、凛々しい先輩ならブラックコーヒーだろうか。そもそも、お礼に一緒にお茶なんておこがましいだろうか。でも、他に思いつかない。……などとうだうだ考えている間に、先輩は近くのトイレに行ってしまった。
それから二〇分足らずで美少女が出てきたというわけだ。
そして今、ショッピングモール内のカフェに連れられてきてしまった。はカフェでもビックサイズのパフェが売りのカフェ。完全に予算オーバーと頭を抱えたくなったすずに、先輩はズイとメニューを突きつけてくる。
「さぁ、遠慮せずに注文して」
「え、でも、その……」
「口止め料だから、遠慮されると困るの」
「口止め料って」
「口止め料は口止め料よ。わたしのささやかな楽しみをバラされたくないの」
お礼がしたくて声をかけたのに、これでは本末転倒ではないか。流されては駄目だとわかっていたけれども、パフェは暴力的に魅力的すぎた。お礼は次の機会にすればいい。今はお言葉に甘えて、先輩と二人きりの時間を優先することにした。我ながら流されてるなとか、自分にあまいなとか自己嫌悪が首をもたげたけれども、先輩とパフェの前では問題にならなかった。
「ちなみに、わたしのオススメはこれ」
「……じゃあ、それで」
「ドリンクは?」
「アイスティーでお願いします」
「お願いされました」
神妙な顔のすずに、先輩はおかしそうに笑って店員に注文した。
「先輩、先日はボタンありがとうございました」
今言わなくては言いそびれそうだったので、店員がいなくなるなりすぐに頭を下げる。
そんなすずに、ようやく先輩はあのときの新入生だと気づいた。
「あのときの子だったの?! ……そんなお礼なんて言われても。実はあの後、無理矢理で絶対迷惑だったよねって反省してたんだ」
「迷惑だなんて!!」
カフェに入ってからずっと笑顔だった先輩の顔が曇ったのを見て、自分でもびっくりするほど大きな声を出してもらった。
「本当に迷惑じゃなかったです。むしろ、嬉しかったです」
「ならよかった。あ、自己紹介まだだったね。わたしは柳アキラ」
「矢野すずです」
「じゃぁ、すずちゃんって呼んでもいい?」
「はい、全然いいです」
「すずちゃん、前は眼鏡かけてなかったよね?」
「それは、コンタクトがめんどくさくなって……」
幼馴染に釣り合うようにとコンタクトにした。
けれども、あの日から背伸びすることをやめた。翌日の放課後、涼と改めて話し合った。
彼も彼で、周りにカップルだと見られるうちにそういうものだと思ってたらしい。すずからのメッセージで新しい人間関係を築いていくのがお互いのためだと気づいたと。
お互い嫌いになったわけではないけれども、ただの仲が良い幼馴染の距離感に戻るのは難しく、あれ以来顔を合わせれば挨拶だけになった。
コンタクトをする理由がなくなってやめたわけだけれども、先輩がコンタクトがいいというならと考えていると、
「たしかにめんどくさそう。でも、眼鏡のすずちゃんも可愛いよね」
「可愛いですか?」
「可愛い可愛い。嘘じゃないから」
嘘だなんて思ってないけど、恥ずかしいやら嬉しいやらで言葉につまっていると、タイミングよくパフェが運ばれてきた。
すずのプリンビッグパフェとアイスティー。
先輩のマンゴープリンDXパフェとホットカフェラテ。
思わず感嘆の声が洩れる。
「すごい」
「でしょ。早く食べよう」
先輩に促されて、すずはパフェのてっぺんのプリンにスプーンを入れる。
パフェなんて久々だ。最後に食べたのは小学生何年生だっただろうか。
崩さないようせっせと攻略するのにしばし専念した。
「実はわたし、誰かとパフェ食べるの憧れてたんだ」
「ふへ?」
モカアイスを攻略するのに夢中だったすずは、瞬きを繰り返す。
「もちろん口止めもあるけど、女子と女子らしいことしたことないんだよね」
先輩はすずよりも大きいパフェを攻略する手を止めずに器用に話し続ける。
「すずちゃん、わたしが着替えたの気にならない?」
「ん……もちろん気になります」
「いいよ、食べながら聞いて。わたしも食べながら話すから」
スプーンを置こうとしたすずを制して、少しさみしそうに笑った。
「よかった。誰かに聞いてほしかったんだ。すずちゃんみたいな可愛い子でよかった」
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