アカネ・リーフェスタの憂鬱

 お城の中で見かけた三つ目の噴水に、がっしりとした兵士さんが集まっている。お城の全体図を広げて、なにやら会議をしているみたい。


「みんな、ご苦労様」


 アカネ姫が声をかけると、兵士さんたちは一糸乱れぬ動きでビシッ! と敬礼のポーズをとる。


「楽にして。それに、いまは防衛策を話しあう時間でしょう? それを優先なさい」


「は! ご視察、ありがとうございます!」


 兵士さんたちは敬礼の姿勢を解くと、再びお城の図を囲んで話を始める。


「提案があるのだけど」


 アカネ姫はそう言って、ドレス姿でヨロイの兵士たちの間に割って入る。


「いまは防衛任務をふたりひと組でやっていると思うけれど、三人ひと組にするのはどうかしら? 王国の外で戦う兵士を呼びもどし、城と国民を守ることを優先して……」


「おやめください、アカネ様!」


 アカネ姫の言葉の途中で、勲章をつけたひときわ体の大きな兵士さんが声をあげた。


「防衛任務のことは、我々兵士におまかせください」


「で、でも、あなたたちの負担も軽減されて、なによりも国民が安心できるかと……」


 その反論も届かず、勲章の兵士はきっぱりと言う。


「アカネ様は姫君です! 守られることが、アカネ様のお仕事なのです!」


「…………」


「国のことは男に任せていただきたい! 女性のあなたに、防衛任務のことはわからぬでしょう」


 その言葉にアカネ姫は一歩下がって、アオバはだまってしまう。


 そして……私は一歩踏みだした。


「そんな言い方、ないでしょ!」


 兵士たちがぽかんとして、私に注目する。一瞬ひるんだけれど、止められない!


「お姫様だから? 女の子だから? そんな理由で、アカネ姫の言葉をないがしろにしているとか……ありえないっ!」


 顔を真っ赤にする私に、兵士たちは困惑している。


「なにを言っているんだ、あの少女は」

「国を守るのは男の仕事、当然だろう」

「いくら姫君でも、女性の考えで防衛任務を動かす方がありえん」

「それが、この国の伝統だしな」


 そんな声まで聞こえてきて、私の怒りのボルテージがぐいーっと上がる!


「ちょっと、あなたたち……!」


「メイ」


 私の声をさえぎったのは、アオバ。腕をつかんで、ぐいと引きよせられてしまう。


「アオバ、はなしてよ!」


「……ごめん。でも、ガマンしてほしい」


「なんでっ? こんなの、おかしいってば!」


 言いながら、私はアカネ姫を見る。アカネ姫は両手をお腹の前で組んで、ぺこりと兵士たちに頭を下げた。


「ごめんなさい、出すぎた真似をしました。……防衛任務のことは、お任せします」


 兵士たちは、またも同時に敬礼をする。それをにらみながら、私はアオバに引きずられていった。




 人気のない部屋に入るとすぐに、アオバは私に謝ってきた。


「ごめんね、メイ。機嫌、直してほしいな」


「……きちんと説明してくれなきゃ、直らない」


 私はほおをふくらませて、イジワルを言ってみる。アオバは自分の前髪をなでてから、言葉を選んで話しはじめた。


「さっき、メイはアカネ姉さんに言っていたよね。どうして、姉さんが国王にならないのかって」


「うん。アカネ姫だったら、りっぱな国王様になれるよ!」


「ボクも、そう思う。でもね……この国の伝統が、そうさせてくれない」


 伝統? どういうこと? 私がたずねる前に、アオバが答えてくれる。


「リーフェスタ王国の国王は15歳以上の男性しかなれない、という決まりがある。国王だけじゃなく、国を動かす重要な仕事に就くのは、男性だけと決まっているんだ」


「じゃあ、アカネ姫は国王になっちゃいけないってこと? ただ、女の子だからって理由で……?」


「えぇ。そうですわ」


 答えは、うつむいていたアカネ姫から返ってきた。


「王女に必要なのは、剣の腕や兵士を動かす裁量ではなく、作法と教養。王女とは、そういう存在なのです」


 昨日、アカネ姫が剣の達人だって話をしたら、兵士たちがあわててかくしていた。もしかして、その理由って……


「カンタンなことだゼ! お姫サマに負けるような兵隊ダ、なんてウワサになったら、オトコどもは形無しだからナ!」


 軽率な声は、リドリィのもの。リドリィは重苦しいムードも関係なく、天井ギリギリを飛びまわっている。


「『王族だから手をぬいてもらえた』『女性相手に本気でやったわけがない』なんテ、アカネの才能は否定されたんだッケカ? ついには剣も取りあげられチマってヨ」


「ひどい!」


 生まれとか、女の子だからとか、そんなことを理由に……アカネ姫の努力をなかったことにするなんて!


 さらに頭に血が上っていく私に、アオバの冷静な声が届く。


「だからこそ、ボク……キューターリーフがいるんだ」


「え?」


「国を思う姿に、男女のちがいなんて関係ない。そう示すために……ボクは、アカネ姉さんの分まで戦うよ」


「…………」


 強気な笑顔に、怒りがみるみる治まってしまう。前向きなヒーローの言葉に……私もアカネ姫も、明るい気持ちを取りもどしていた。


「えぇ、そうでしたわね。……では、お城の巡回をつづけましょう!」


 アカネ姫は高いヒールの靴で器用に駆けて、部屋を出ていった。


「私たちも、行こう」


「うん! お城も回れて、アカネ姉さんの手伝いもできるから……」


 ……ド、ゴォオン!


 アオバの声は、爆発音にかき消された。

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