第7話

 軽音部のパフォーマンスは目を見張るものだった。—特に俺にとっては。俺と同じ音楽選択の奴ら(たまに話すが名前は覚えていない)の演奏ももちろん上手いが、やはり水銀さんの歌唱は贔屓目を抜きにしてもかなり上手い。実際、割と前にカラオケに行ったときも90点を超える点数を何回も出していたし。きっと、俺も余計なことなど考えずにただ彼らの演奏に傾聴していただろう—演奏されているのが俺の作詞した曲でなければ。


 え?なんでこの曲なの?普通はもっと街中でよく聞くような大衆的な曲が演奏されるんじゃないの?というかなんで奏は演奏していないんだよ、あいつ作曲者だろ。てかやばい、自分の書いた詞を自分の好きな人が歌っているとか多幸感と羞恥心で頭がおかしくなる。あーもういいや、細かいことは全部後回しにして今はとりあえず水銀さんの歌を堪能しておこう。麗華ちゃんかわいいねぇ!




「どうだった?私の歌上手だった?」


 無事に軽音部の発表を終えた水銀さんが小声でそう問うてきた。元名さんはといえば、タブレット端末を開いてなにやら絵を描いているようだった。頑張っているなぁなどと思いつつ水銀さんの問いに返答する。


「うん、上手だったよ。歌詞も相まって滅茶苦茶めちゃくちゃ感動した」

「それは嬉しいな。この曲、私が好きで部長にリクエストしたものだし」

「というと?」

「えっと、新歓で演奏する曲を決める会議のときに私がこの曲を挙げたの。他にもいろいろと候補は出ていたんだけど、なんでも部長が作曲者さんと知り合いらしくてね~。まさしく、鶴の一声って感じだったよ。」

「それはすごいね。どういう繋がりなんだろう?」


 分かり切った疑問を、されど口にする。作曲者が奏と知らなければきっとこれが自然の反応だからだ。


「その辺はあんまり聞いていないから私も…。まぁでも、多分同級生とかだったんじゃない?」

「有名人が同級生かぁ。いいな、楽しそう。水銀さんは誰と一緒のクラスになりたいとかあるの?」

「うーん、いろいろ候補は挙がるけど…。あ、mieさんとかと一緒になりたいかも。ほら、さっきの曲の歌詞書いている人。綺麗な歌詞を書いたり、かと思ったら悲痛な叫びを綴ったり。なんというか、歌詞のジャンルが広い人でね。どういう風にあんな歌詞を書いているのか聞いてみたいかも。巽くんは?」


 mieは俺の音楽活動をするときの芸名である。干支で辰と未がそれぞれ5番目と6番目→掛けて30→三重→mieというような由来である。活動を始めたときはそんなに長期間やる予定は無かったため適当につけたのだが…。こうして普段の活動を水銀さんに絶賛してもらえるなんて俺の日々の努力も報われるというもの。なんだったらこの場で正体を明かしてしまおうか。…いや、やめておくか。


「俺は…ベンゾインさんかな。作曲の仕方とか教えてもらいたいし」


 ベンゾインは奏の芸名である。なんでも辞書の適当なページをひらいてそこにあったいい感じの単語を選んだらこれになったそうな。俺よりも大分適当である。ちなみに彼の作曲の仕方は既に聞いたことがあるし、なんなら一部の曲は一緒に作曲している。

 ふとステージの方に眼を遣ると、発表順が三つ前の華道部が勧誘をしていた。


「それじゃ、出番も近いし準備してくる」

「頑張ってね」

 確かに悲鳴を上げる胃の声に気付かないふりをしながら、忍び足で階段をくだって行った。


***


 パイプ椅子に座り、走る拍動を深呼吸してその速度を緩めさせる。大きな息を吐いた後に残されたのはただ一つの思考のみ。


「俺変なこと言っていないよな…?」


 発表時の記憶は極度の緊張に起因して正直あまり残っていない。反応はそれほど悪くなかったような気がするが、如何せん朧げにしか覚えていないせいでどうにも安心はできない。準備をしていた水銀さんとすれ違ったときに「お疲れ」と微笑とともに囁き声で言われたが…それだけじゃ上出来か否かの判別はつかなさそうだ。


「次は美術部の発表です」

「はい。美術部部長の水銀麗華と」

「ふ、副部長の元名凪です」

「突然ですが皆さんは—」


 先の会話から察せられるように、元名さんはあまり人前で話すことが得意ではないのだろう。美術部の発表は水銀さんを主軸として進められた。内容に関しては…まぁ普通だが、ところどころミーム的なものも入っており、受けはよさそうだった。それにしても、こうして他の部活の発表を見ていると自分の作ってきたスライドはもっと良いものにできたのでは、という後悔や呵責に似た念を抱く。もっとも、来年の新歓に俺は関わらないだろうし、覆水は盆に返らない。憂うだけ無駄だろう。


「お疲、れ…」


 階段を上ってくる二人に向けて放った言葉は、しかし尻すぼみになった。少し俯いて何かを呟いている様子の元名さんに、水銀さんがたしなめるように接していたからだ。


「えっと、どういう状況?」


 俺の投げた問いに水銀さんが答えるより早く元名さんが詰め寄ってきた。


「た、巽君、私変なこと言ってなかったよね!?」

「あ、ああ。特段変なことは言っていなかった気がするけど…」

「本当に???」

「う、うん…」


 先ほどの小動物然とした様子からは想像できない圧に屈しながら絞り出すようにそう答える。助け舟と先の質問の答えを求めて水銀さんに視線を送ると、苦笑しながら答えた。


「えっと、さっきまで私たちが発表してたでしょ?で、そのときにテンパっちゃって変なこととか恥ずかしいミスとかをやっちゃっていないか心配みたい」

「なるほど、そう言うことなら大丈夫だと思うよ。俺も二階から見ていたけど反応も上々だったし、足りなさそうな情報も水銀さんがいい感じにサポートしていたし。」

「そ、そう?なら安心かな…」


 そういうと元名さんはほっと胸をなでおろした。

 その後は二人と雑談をし、歓迎会の終了後にパイプイス等の片付けを終えた後にお開きとなった。

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