第6話 電車内にて

 東京へ向かう電車の中。まばらな空席を眺めながら隅に座ったその人、神余奏は今頃講堂で行われているであろう新入生歓迎会に思いを馳せていた。


 軽音部の部長からボクの曲を演奏していいかと尋ねるメッセージが飛んできたのは、確かバレンタインの数日前とかだった。その曲のMVは他の曲よりも多少伸びていたとはいえ、ちゃんとしたレーベルに所属してテレビの音楽番組に出るようなアーティストのものと比べたら足元にも及ばない、なんてことを部長に伝えたが、なんでも部員が作ったオリジナル曲の方が相応しいに違いないだのなんだので結局それに決まってしまった。もっとも、ボクは最近はあまり部活に顔を出していないし、作詞は巽が手伝ってくれた—というか、九割方は彼がやっている。加えて、アップロードしているMVも部活とは全く関係ないから真にふさわしいかは甚だ疑問である。

 とはいえ、軽音部の皆に演奏してもらったり麗華ちゃんに歌ってもらったりできるのは(恥ずかしさもあるけど)嬉しいし、何より何も知らされていない巽の驚く表情を想像するのは愉快である。本当ならボク自身が傍にいて巽の表情を窺いたかったが、部長に誘われたときに作品の納期との兼ね合いで断ってしまったためそれも叶わなかった。ただ、その辺は凪ちゃんに見ておくよう頼んでおいたので新歓が終わった後に彼女に教えてもらおう。

 丁度そんなことを思ったとき、振動を感じてスマホを開くと、凪ちゃんからメッセージが来ていた。


『巽くんの顔 ちょっとテキトーだけど』

そんな文と一緒に送られた一枚の画像には黒線だけで描かれた巽の似顔絵があった。その絵は陰影などが省かれて表情を伝えることだけに専念されており、彼が驚愕や羞恥のような感情を抱いていたことが推察された。

『相変わらず絵上手いね。というか写真撮ればよかったのに』

『流石に向こうからしたら初対面だし、いきなり撮るのも失礼でしょ。それに、私は対面で話すのは苦手だから。』

『でも、SNSのアカウント名を伝えたならある程度話せるんじゃないの?』

『…奏ってときどきどこからその情報仕入れているのってことあるよね。

 周りに人がいたからなのかは分からないけど、反応は結構淡泊だったよ』

『ボクからは教えていないから初めて聞く情報だったはずなんだけどなー?』

『わざわざ秘匿しておく必要もなかったでしょ…』

『サプライズみたいな感じにしようと思ってね。

 それで、他に何か無かったの?』

『なんか口調が異様に丁寧だった。メッセージの時と違うのは当然だけど…。正直気持ち悪かった』

『辛辣だねぇ』

『他にちょうどいい形容詞が浮かばなかったの。

 あ、彼の出番も近づいてきたから残りは後でね』

『了解』


 既読のつかないメッセージを虚ろに眺めていると、降車駅を告げる車内アナウンスが流れた。なんとなくいい進捗を生み出せそうな予感の中、一人ホームに降り立った。

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