第3話
月曜日——それは多くの社会人や学生にとって憂鬱な曜日である。そして、昨夜奏に伝えられた内容も相まって、寝起きの俺のテンションは過去最低レベルに落ち込んでいた。ただ、心は死んでいても身体は機械のように習慣化されたルートを辿る。布団をのけ、寝ぼけ眼をこすりながら自室を出る。
「おはよー」
「ぁぉー」
もはや原形をとどめていないような挨拶を母さんに返す。蛇口をひねり、椀状にした手のひらに貯めた水を顔に当てると、眠気は僅かに薄れ、心なしか気分も少し軽くなったように思えた。
***
ところどころに挟まる退屈な授業を寝ながら迎えた放課後。課題をカバンにしまうと、俺は奏や水銀さんの居るC組へ向かった。
「巽~一緒に帰ろう~」
「今日は新歓の準備があるから無理だって言ったろ」
「そうだっけ?」
昨夜も伝えたはずのことをわざわざ聞き直してきたのは何か彼なりの考えがあってなのか、それともただ単純に忘れていただけなのか。…十中八九後者な気がする。
「水銀さん、一緒に講堂に行こう?」
「うん、ちょっと待ってて」
水銀さんは美術部の部長であり、現状俺の友人の中で唯一の部長仲間だ。…そして、片思いの相手でもある。
水銀さんの支度が済むまでの間、俺は奏と話していた。曰く、今週末には離任式が控えているらしい。実際に離任する先生方の人数は4,5人ほどらしいが、それでも昨年度の様子からすると2,3時間は要する可能性も十分にありそうだ。今年度に転任・辞任する先生方は一人も大した関わりがないのも相まって余計にやる気が削がれる。…今からでも1年生のころに戻れれば、そんな面倒くさいものに出席する必要もないのかなぁ。
「おまたせ~」
先々のことを思って僅かばかり気が滅入っていたが、水銀さんの声を聴いたら下がった分以上に気分が高揚した。多分彼女の声は俺の気持ちを高ぶらせることにおいてはどんな薬よりも即効性も効力も優れていると思う。全人類が彼女の声を日々聞いていればこの世から鬱という存在は消えるのかもしれない。そんなことないか。
そんな思考を刹那のうちに終わらせると、奏に別れを告げ、俺たちは講堂へと言葉を交わしながら進んだ。
講堂に着くと、既に十名ほどが待機していた。今年度に講堂で勧誘する部活は30と少しばかりあり、ほかに生徒会の役員も一部参加することを考慮すると、俺たちは他の人よりも僅かに早く来た、というところだろうか。とはいえ、数分もしないうちに会議は始まるだろう。
「15時30分になったので、予定通り前日準備を始めたいと思います。まず出席確認を行いますね。ではまずクイズ研究部——」
水銀さんと話しているとすぐに始まりの時は訪れた。
「——全ての部活動の代表者が揃っていることの確認が取れました。では最初に、1番目に発表するクイズ研究部から…」
***
前日準備は各部活の発表形式と手順の確認、それと2階に待機席としてのパイプ椅子の設置だけだったため、1時間もせずに終わった。途中、男子バスケ部の方で何か不手際があったらしいが、それも生徒会長さんが優秀だったために滞りなく解決した。
「物井君、」
水銀さんと教室に戻ろうとしたとき、優しげな声に呼び止められた。前を見れば、栗色のショートヘアを揺らした白衣を着た女性が立っている。俺のクラスの担任であり、俺が部長を務める化学部の顧問でもある
「新入生歓迎会について話したいことがあるんだけど、このあと時間空いてるかな」
この学校には二種類の新入生歓迎会がある。一つが先ほどまで準備をしていた講堂で複数の部活が順番で発表する形式のもの、そしてもう一つがそれぞれの部室等で行われる普段の活動風景なんかを見せたりする形式のもの。蔵波先生の今回の用事が後者の方であることは想像に難くなかった。
「ええ、大丈夫ですよ」
「じゃあ、ちょっと化学講義室の方で待機しておいて。私は先にパソコンの準備をしておくから」
俺が「了解です」と返すと先生は軽くうなずいて去っていった。シャンプー由来であろう金木犀の香りが鼻腔をくすぐる。
「…じゃ、そんなわけだから。また明日」
「うん、また明日」
水銀さんに挨拶をし、一人講堂を出る。春の陽気を感じさせる風がふわりと頬を撫でていった。
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